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<新聞と社会の木鐸>

しかし、実際の会見で政府に異議を唱えるような質問をする記者は一人もいません。以前、東京新聞の社会部の望月衣塑子記者が「米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設工事をめぐる質問」をしましたが、そのときに会見場で中央に陣取っていたほかの記者の振る舞いが今の新聞記者の姿勢を象徴しているように感じました。

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<お母ちゃん4>

同居したときの我が家は狭い家でしたので、お風呂の脱衣所もありません。脱衣所の代わりをしていたのは狭い廊下です。妻はそこを脱衣所として使っていました。20才を過ぎたばかりの若い女の子が赤の他人の家族と一緒に暮らすのは本当に大変だったはずです。お母ちゃんはそれをわかっていました。

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<お母ちゃん3>

ある日とうとう、僕はお父ちゃんと「姉妹との関係」のことで大喧嘩をしてしまいました。お互いが怒鳴り合い、罵り合ったのです。僕はお父ちゃんに向かって「そんな人間は『クズだ!』」とまで叫んでいました。 我が家が崩壊した瞬間です。家の時間がとまりました。お母ちゃんは立ち尽くし、妻はうつむき、娘は泣いていました。

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<お母ちゃん2>

実際、親が裕福な人が多かったのですが、そうした人が多い環境で時間を過ごしていますと、育った環境の重要さを認識する場面が多くあります。当時、僕は「結婚するなら、同じ生活水準の人」と心に決めていました。 生活水準が違うと一緒に暮らすことは不可能、と思っていました。

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<お母ちゃん>

僕が幼稚園の頃、バナナは高級品でした。ですから、普段バナナを食べることはほとんどなく、なにか特別なことがない限りありつけない果物でした。風邪かなにかで病院へ行った帰り道、僕をおんぶしながらお母ちゃんは「バナナを買って帰ろうか」と僕を喜ばせてくれました。

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<ジャニーさんと秋元さんの違い>

当時は写真週刊誌全盛の時代でしたが、北さんが暴露本を出すということで、対応策を練るためにほかのメンバーが道路の一角に集まっている写真が報じられました。自分でも不思議なのですが、僕はその写真がきれいに頭に刻み込まれています。北さんを除くほかの3人のメンバーの深刻な表情が写っていました。

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<庶民と著名人の違い>

一昨年にお亡くなりになりました平尾誠二さんについて報じる映像を見ることが増えています。言うまでもなく平尾さんとは同志社大学から神戸製鋼へ、そして日本代表、さらに代表監督まで務めた「ミスターラグビー」とまで言われていた人です。

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<40年来の友>

彼は北陸地方に住んでいるのですが、今回会うことになったのは彼が出張で東京に出てくることになったからです。彼と友人になったのは境遇が近かったからです。僕が入学した大学は僕の境遇に似つかわしくない雰囲気の学校でした。公立高校から進学した僕からしますと、生活レベルが一つ上の人たちが多い学校だったのです。社会を知らない僕は、もちろん入学するまでそんなことを意識することもありませんでした。

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<大人と子供の違い>

ウンチクのほとんどは現場では全く役に立たないというか、現実的ではないことばかりでした。僕の先輩も全く同じようなことを話していました。インスタントラーメンとお店を構えるラーメン業界では、扱う商品は同じですが、経営的な面では全く違います。しかし、先輩はラーメンを扱っているという自負から自分の主張を展開していました。

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<コツコツ>

このように、芸能界では事務所を辞めることでタレントが「干される」という状態が連綿と続いていますが、芸能事務所とテレビ業界は持ちつ持たれつの関係で成長してきていますので、仕方のない面があります。テレビ業界は芸の事務所の影響を受けて当然です。