<コロナウィルスが教えていること>

pressココロ上




コロナウィルスによる社会不安はいよいよ危急のときの迎えている感があります。先週のコラムでは僕自身の肺炎の話を書きましたが、その時点では自分の中ではまだコロナウィルスについて強い危機感は持っていなかったように思います。

その証拠に、クリニックに行ったときにマスクをしていませんでした。先生に呼ばれて診察室に入り、「高熱と咳が止まらない」ことを伝えたところ、「このご時世ですので、マスクをしてくださいね」とやんわりと注意を受けました。実は、先生のこの一言が僕の中でコロナウィルスに対する危機感を一気に高まらせました。

僕はたまたま単なる肺炎でしたのでよかったですが、もしコロナウィルスに感染していたなら僕だけの問題ではなくなってしまいます。その重大さをクリニックに行くまで実感していませんでした。僕のような高齢者の入り口に立っている人間でさえそうなのですから、若い人はなおさらのはずです。コロナウィルスを抑え込むには、普通に生活している一般の方々に危機感を持ってもらうことが大切です。

東京都の小池知事から会見で「ロックダウン」という言葉が出ましたが、日本語にしますと「都市封鎖」ということのようです。僕からしますと「都市封鎖」という言葉は「ある地域を封鎖して周りの地域との行き来を制限する」ことを連想しましたが、本来の意味はそれより厳しく「対象エリアの住民の活動を制限する」ことのようです。

「住民活動の制限」となりますと、生活に及ぼす影響はかなり大きくなるはずです。実際、中国の武漢やイタリア、フランスなどでは「外出が禁止」されているそうです。頻繁にニュースで流れていた映像は、インドの外出禁止令で警官が外出している人を棒で叩いたり腕立て伏せをさせたりしている映像でした。

現在、中国を抜いて感染者が一番多い国になった米国では、感染者の半分ほどを占めるニューヨークで外出禁止令が発令されたようです。「外出が禁止される」と聞きますと、やはり買いだめが起きて当然です。ネットニュースなどではそうした不安を多く伝えていますが、そのニュースがさらに不安を煽り、買いだめが増幅される要因になります。

テレビ番組で評論家が「買い溜めが起きる責任はマスコミにもある」と話していました。スーパーの空っぽになった棚を放映することが、「大衆の不安を高めている」と批判していました。昔から言われていますが、「犬が人を咬んでもニュースにならないが、人が犬を咬む」とニュースになります。空っぽになった棚は映像的には格好のネタですが、その映像が与える影響を考えてほしいものです。マスコミ業界の方々の自制心に期待したいと思います。

海外の「外出禁止令」は強い強制力がありますが、日本では「個人の権利を守る」という観点から、海外ほどの強制力はないそうです。ですから、仮に「ロックダウン」が発令されたとしても、それはあくまで「要請」であり、またそれよりも強制力がある「指示」までが限界だそうです。

つまり、「指示」を守らなくても罰則も罰金もないわけですから、「強制力はほとんどない」に等しいことになります。果たして、これで感染を抑え込めるのか疑問です。しかし、反対に考えるなら「個人の権利が守られている証」ですから、かつて戦争に突入していった不幸な過去のある日本としては悪いことではありません。

そうした社会状況の中で感染を拡大させないためには、各人が公共心を持って行動することが大切です。公共心とは「公共のためを思う心。社会一般の利益を図ろうとする精神」と辞書に書いてありますが、「自分だけの利益を考えること」の対極にある精神です。

先ほど、米国が「感染者数で世界で最も多い国になった」と書きましたが、米国をみていいて不思議なのは「ボランティア精神が染みわたっている国であるにもにもかかわらず、国民皆保険制度が受け入れられていない」ことです。「困っている人を助ける精神、すなわち相互扶助という発想は、保険の土台となるもの」です。

ボランティア精神は相互扶助と根底でつながっているはずです。そうした風土がありながら、「国民皆保険制度」には反対する人が多いのです。この矛盾が、日本人の僕からすると不思議でなりません。

その米国は「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ氏を大統領に選びました。トランプ氏が当選したということは、米国人のほとんどが「アメリカ・ファースト」を支持していることでもあります。しかし、トランプ氏の当選には米国の投票システムが関係していると指摘する人もいます。

トランプ氏には岩盤支持者という層がいて、その人たちは投票者の40%前後を占めるそうです。米国の選挙は、この40%の支持さえあれば選挙で当選できるシステムになっているそうで、そこが問題だと解説していました。

選挙システムはともかく、トランプ氏の岩盤支持者である40%の人たちは「アメリカ・ファースト」を支持している人たちです。もちろん普通に考えるなら、ほかの国のことよりも自分の国のことを一番に考えてくれることは悪いことではありません。今の経済はグローバル化されていますが、グローバル化は国家間において競争をすることです。競争に負けることは損失を被ることですから米国人にとって「アメリカ・ファースト」は決して悪い発想ではありません。

ですが、「アメリカ・ファースト」の発想が行き過ぎると、それはアメリカ自身の損失として跳ね返ってきます。コロナウィルスはそれを教えてくれています。仮に、コロナウイルスを自分の国だけでは完璧に抑え込めたとしても、よその国で拡大していたならまたコロナウイルスが自国に入ってくる可能性があります。

グローバル化された社会では、「自国だけの安全・安心」は、決して「安全・安心」ではないのです。「自国の安全・安心」のためには「世界が安全・安心」でなければいけないのです。これは感染症だけに限ったことではありません。経済においても同様です。自分の国家だけが繁栄したとしても、グローバル化が進んだ今の時代は貿易の相手国も栄えなくては、いつかしっぺ返しがきます。

一時期は有利な貿易ができたとしても、いつまでも不公平な貿易関係が続くはずがありません。不公平な関係はいつかは破綻するしかありません。なぜなら、不利な状況を被っている相手側が存続できなくなるからです。

例えば、コンビニのFCシステムです。本部だけが得をするシステムが永久に続くはずはありません。少し想像すればわかります。本部の社員は週休2日制で余裕の業務を行っていながら、加盟店では年中無休・24時間営業を強いられています。従業員がいないときは安心して寝ることさえままならず、営業を続けさせられています。これほど不公平な関係はありません。今はまさにその限界を示しています。

かつて東京電力には社長・会長を務めた平岩外司さんという立派な経営者がいました。平岩氏は“日本財界の良心”とまで言われた名経営者ですが、平岩氏は勝負の勝ち方についてこう語っています。

「勝ち負けは、6勝4敗が理想である」

トランプ氏は貿易で完全勝利を目指しているようですが、完全勝利では世界は回っていきません。相手国の利益にも配慮することが、最終的には「本当の意味での勝利」になります。コロナウイルスはそれを教えてくれています。

じゃ、また。







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