<チェック・アンド・バランス>

pressココロ上




人間は神さまと違い不完全な存在ですので、必ず過ちを犯します。ある意味、だからこそ人間とも言えますが、そんな人間が社会を動かしているのですからどこかに歪は生じているはずです。そうした歪を正すために必要なことは、なにかしらのチェックを働かせることです。

チャーチル氏は「民主主義は最善ではないが、ほかの形態よりはまし」と喝破しましたが、最善ではない民主主義をどうにか有用たらしめるために必要なことは「チェック・アンド・バランス」を取り入れることです。

「チェック・アンド・バランス」を辞典で調べますと「権力が特定部門に集中するのをさけ、各部門間相互の均衡をはかること。特にアメリカ合衆国における政治の基本原則。抑制均衡。」と解説されています。権力が集中していますと、不完全である人間が悪行を働いても、それを止める術がないことになってしまいます。

「死ぬこと以外かすり傷」で有名な某編集者が女性ライターから告発されました。今の段階では真相はわかりませんが、編集者という立場が権力を持っていることは間違いありません。

昔から問題になっていますが、編集者はライターの生殺与奪権を握っています。採用の可否でライターの人生が全く違ったものになるのですから、編集者に従うしかない存在です。自分に歯向かえない人間と接する機会が多くなりますと、自然に傲慢になるのは当然の行き先です。

ライターや漫画家など体験者の記事を読みますと、原稿料や経費などの支払いの遅延はまだ許せるほうで、未払いだったり、ライターが女性の場合はセクハラ・パワハラも行われているようです。そうしたことが起きるのもすべて編集者がライターに対して強力な権力を持っていることが根本にあります。

「権不十年」という言葉がありますが、これなども人間が完全でないことを自覚させる言葉です。誰でも十年も権力を持っていると心根が腐ってくるものです。某編集者は権力を持って十年も経っていませんが、腐り方のペースは人それぞれです。

腐った編集者を生まないためには、編集者の人間性をチェックするシステムを導入する必要があります。単に売上げだけで人間を評価しますと、無名ライターを踏み台にした編集者だけが称賛されることになります。編集者の足跡に連なった無名ライターの屍は誰にも知られぬままに葬り去られることになります。

「よき会社人になる前に、よき社会人になれ」を実現させるためには、出版業界にもチェック・アンド・バランスが働くようなシステムを構築することが大切です。昨今の出版業界は業績悪化が報じられていますが、チェック・アンド・バランスが働かなかったことが影響しているのかもしれません。

出版業界関連で言いますと、先週、新聞業界でも同じような危惧を思わせる事件がありました。

検察庁法改正案への抗議は大きなうねりとなり、結局、賭けマージャンを理由として黒川検事長が辞職することで一応の決着を見ました。ですが、そもそもの問題は官邸(安倍首相)が検察の人事を自分たちの都合のいいように決めようとしたことです。

かつて伊藤 栄樹検事総長は「巨悪は眠らせない」と検察の決意を話していましたが、そのためには検察の独立性を守っていることが必要です。政治家が自分に都合のいい人を検事総長にしていたのでは、巨悪は裁かれないことになってしまいます。検察も政界も強大な権力を持っているのですから、それぞれの権力を正しく生かすにはお互いがチェック・アンド・バランスをすることが大切です。

特に、今の自民党はチェック・アンド・バランスが働かない状況になっています。以前は派閥間の争いが自民党内のチェック・アンド・バランス機能を果たしていました。しかし、以前ほど派閥が機能しなくなっており、しかも安倍首相に対抗できる人材がいない状況では政治におけるチェック・アンド・バランスが全く働かなくなっています。

森友・家計学園問題しかり、桜を見る会しかり、以前ですと首相が退陣に追い込まれてもおかしくない事件でした。それでもなお首相を続けていられるのは「チェック・アンド・バランスが働いていないから」に尽きます。権力はなにかしらのチェックが働かないと暴走する宿命にあります。

マスコミが第4の権力と言われて久しいですが、政界をチェックするはずのマスコミもその役割を果たさなくなっています。黒川検事長が辞職に追い込まれたのは文春砲が炸裂したからですが、賭けマージャンの相手が新聞記者というところがミソです。本来ですと、検察をチェックすべき役割を担っているはずですが、チェックどころか友だちになっています。

昔からマスコミ業界では、取材の要諦は「夜討ち」「朝駆け」、最近では「夜回り」「朝回り」と言われているそうですが、どちらにしましても取材相手の懐に入ることが目的です。親しくなることで「本音を聞き出す」手法ですが、この手法が相手との距離を縮め、いつしか一体になっていきます。

元TBSの偉い記者が、就職をエサにして女性に暴行したことで訴えられた事件がありました。この事件は、上からの圧力で捜査が打ち切られた、という噂が流れましたが、この記者は、安倍首相の懐に入り込んで安倍首相と一体になった人でした。安倍首相の本まで出版していますが、一体になるほどの親しい関係になって、どうやって政界をチェックしようというのでしょう。

記者クラブ制度の弊害が指摘されて長いですが、改善される気配が全くありません。政府から発表されることを上から下に流すことにいったいなんの意味があるのでしょう。まさしく大本営発表と変わりありません。ジャーナリズムのかけらも感じられません。記者クラブの幹事会社はなんの疑問も感じないのでしょうか。

正義はそれぞれの立場により変わってきます。そのうえに、完全でない人間が営んでいるのが社会です。その社会において平和な世の中にするには「行き過ぎないこと」が必要です。そのためには「チェック・アンド・バランス」は欠かせません。

結局のところ、不完全な人間が社会を営むには「チェック・アンド・バランス」が最も大切です。その機能を働かなくしようとする権力者には注意が必要です。

ちなみに、わが夫婦が長い期間結婚生活が続いているのはチェック・アンド・バランスが働いているからです。(^_-)-☆

じゃ、また。







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