<大衆と民主主義>

pressココロ上




水泳の池江璃花子選手が白血病と診断されたことを公表しました。それを受けてマスコミはこぞって白血病の特集を組んだり解説したりしています。また、一般の人からの骨髄バンクへの問い合わせが通常の何倍も増えているそうです。もちろん著名人がり患したことをマスコミが報じることで病気に対する関心が高まることは決して悪いことではありません。多くの人が関心を持つことで病気に対する理解が深まるからです。

貧困問題に取り組みノーベル賞を受賞したマザー・テレサ氏は「愛の反対は憎しみではない。無関心だ」と語っていました。ですので多くの人が関心を持つことは社会をよりよい方向へ向かわせるには大切なことです。しかし残念なことに、人間はその関心が一時の感情の盛り上がりで終わってしまうところがあります。

今「人間は」と書きましたが、すべての人が「一時の感情の盛り上がり」で終わるわけではありません。中にはそうした出来事をきっかけにずっと常に頭の中で考えている人もいます。しかし、そのような人は多数ではありません。ほとんどの人は次の新しい出来事が起こると、そちらに関心が移って行きます。そのような人を大衆と呼ぶのかもしれません。

大衆の問題点は「あまり深く考えないこと」です。しかし、民主主義ではその影響力は大きなものがあります。なぜなら有権者の中で最も割合を占めているのは大衆だからです。大衆の動向が世の中の動向を決めると言っても過言ではありません。

政界にいる人やビジネス界の人にとって重要視しなければいけないのはこの大衆です。政治家になるには大衆の支持を得る必要がありますし、利益を出すことが使命であるビジネス界の人も大衆に受け入れてもらうことが必須要件だからです。しかし、大衆ほど移ろいやすいものはありません。

その大衆を動かすのに大きな役目を果たしているのがマスコミ・メディアです。最近ではSNSの発達により個人が情報を発信することも可能になっていますが、影響力といった点においてはマスコミ・メディアには及びません。それほど大衆に対して影響力を持っているマスコミ・メディアですが、最近のマスコミ・メディアは本来の役割を果たしていないように感じています。

池江選手が病気を公表したあとの桜田義孝五輪担当相のインタビューが問題視されていまました。しかし、インタビュー映像全部を見た僕の印象ではマスコミ・メディアが大きく報じるほどの問題発言ではないように思います。発言の8割以上は池江選手の体調を気遣っており「治療に専念してほしい」という趣旨を話していました。確かにあの場面では「がっかり」とか「若干下火にならないかなと思って、ちょっと心配しています」というネガティブな言葉は相応しくないと思います。ですが、僕にはそれほど「問題発言」とは感じられませんでした。

それにもかかわらずマスコミ・メディアがまるで鬼の首を取ったかのように大々的に批判的に報じていました。確かに言葉足らずの感はありますが、大々的に批判するほど問題がある発言とは思えません。僕からしますと、菅官房長官が記者会見で答えに窮するような質問をする記者に対して制限をするような対応をする姿勢のほうが問題です。

勘ぐって考えますと、安倍首相や菅官房長官を厳しく追究できない憂さ晴らしを桜田大臣にぶつけているように思えます。もし、そうであるならそのような姑息な対応しかできないマスコミ・メディアでは存在意義がありません。

僕は特定の政党を支持しているわけでも特段の主義主張がある人間でもありません。ごくごく普通のおじさんですが、その僕から見て今回の桜田発言の報道には違和感を持たずにはいられません。そして、それが現在のマスコミ・メディアの問題点を象徴しているようにも感じます。

日本のマスコミ・メディアに比べますと、米国のマスコミ・メディアはしっかりと役割を果たしているように見えます。記者会見では正面切ってトランプ大統領に厳しい質問もしていますし、批判的な記事も書いています。

前にも書いたことがありますが、国民の「民度」という言葉がマスコミでしきりに語られたことがあります。簡単に言ってしまいますと、「民度」とは国民の政治に対する理解度のレベルのことです。当時は海外から「日本の民度が低いからきちんとした政治ができない」とか「問題のある政治家が当選する」などと言われていました。

しかし、米国でトランプ大統領が当選したことを見ますと米国も日本と大差がないように思えます。トランプ大統領は「アメリカファースト」を掲げて当選しましたが、そこには世界協調とか世界平和という視点が全くありません。とにかく当選することだけが目的のように見えました。そのような人物を当選させたのですから米国の民度が高いとはいえないことになります。

先週はトランプ大統領の「まとめ記事」を作成したのですが、その過程でいろいろと調べていきますと、トランプ大統領が勝利した理由がなんとなくわかりました。トランプ大統領は大衆が喜びそうな言葉を使うことで支持者を獲得していました。その大衆が喜びそうな言葉の一つが「国境壁の建設」です。ある集会で大衆の反応が今一つのときに「壁建設」を口にした途端、一瞬にして集会の人たちのボルテージが上がったそうです。

この現象は裏を返しますと、トランプ大統領によって大衆がいとも簡単に操られていることになります。このように言葉一つで簡単に操られる人たちの「民度」が高いはずはありません。

トランプ大統領が当選したあと一つの理由は選挙制度にもあるように思います。トランプ大統領が国境壁の建設にこだわっているのは支持者たちとの公約を守るためです。反対に言うなら壁建設をできないときは支持者から見放されることを意味します。トランプ大統領の支持率は最低でも30%半ばはあるそうです。鉄板の30数%ということになりますが、ここが問題です。

つまり、今の支持者さえ確保しているなら30%半ばの支持率は得られることを意味し、そしてその支持率さえ確保できているなら大統領になれることになります。国民のたった30%半ばの人たちの意思が米国の行動を決めるのです。民主主義の限界です。

英国の元首相は言っています。

「民主主義は最悪の政治形態らしい。ただし、これまでに試されたすべての形態を別にすればの話であるが」

…とかくこの世は難しい…。

じゃ、また。







シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする