<世界と対戦>

pressココロ上




妻は今、二日に一度の割合で世界と戦っています。以前はリアルで僕と戦うだけだったのですが、今は世界が相手です。科学技術の進歩に驚かずにはいられません。

さて、なんの話かといいますと、TVゲームの話です。妻がTVゲームが好きなことはこのコラムでも幾度か書いたことがあります。僕が正月が近づくたびに思い出すのは「ゲームのやりすぎで正月三が日に妻をおんぶして救急病院に連れて行った」出来事です。

遊んでいたゲームの名前は忘れてしまいましたが、やはり当時も妻はTVゲームにはまっていました。暇さえあれば、いえいえ暇がなくても、小さなゲーム機を両手で持ち夢中になっていました。我が家は基本的にお正月はテレビを見るのですが、妻はテレビを見終わったあとにゲーム機の画面を目で追っていました。

お正月ですので翌日も仕事はお休みです。ですから、翌日に起きる時間を気にする必要もなく心おきなくゲームに取り組むことができます。実は、妻は前日の大みそかも紅白歌合戦を見終わったあと、年越しそばを食べてからゲームをやっていました。実は実は、その前日も夜遅くにゲームをやっていたのです。

そしていよいよその日を迎えます。

お正月の二日目の朝、僕が先に起きテレビを見ていたのですが、なかなか妻が起きてきません。僕は妻を起こしに部屋に入りました。すると、妻が「気持ちが悪い」と言うのです。僕は「少し休めば治るだろう」くらいの気持ちでいたのですが、一時間ほどして見に行きますと、今度は「目がぐるぐる回る」と言い出しました。

その数年前妻はメニエール病と診断されたことがあります。メニエール病とは耳の奥にある平衡感覚をつかさどる器官が異常をきたす病気です。「完治の治療法はない」とされている病気で、安静にして落ち着くのを待つ以外に対処法はないようでした。

「目が回る」はメニエール病の典型的な症状です。お正月ですので一般の病院はお休みです。そこで僕が車に乗せて救急病院に行った次第です。駐車場から診察室まで歩くこともできませんので、僕がおんぶをしたのですが、待合室に入ったときの順番を待っている患者さんの目が痛かったことを覚えています。

そうした経験がありますので、妻にはしばらく「テレビゲーム禁止令」を発令していたのですが、数か月もしますと再開することになります。しかし、それ以降は「1時間以上はやらない」という条件をつけていますので倒れるほど体調が悪くなることはありませんでした。

そんな妻がここ数年はまっていたゲームは「ドクターマリオ」でした。このゲームは「医師のマリオが繁殖したウイルスをカプセルを使って退治していくゲーム」ですが、一人でも楽しめますし、対戦することもできます。妻はいつもは一人で楽しんでいますが、僕に時間があるときは対戦しています。

やはり、一人で楽しむよりは対戦相手がいたほうが楽しさは倍増するようで、僕が「やろうか」と声をかけるとうれしそうな顔になります。ちなみに、妻は性格がひねくれていますので、喜びを素直に表すことは絶対にしません。喜びを僕に表すと「負けた気持ち」になるようです。なにに「負けた」のかは定かではありませんが、とにかく妻は僕に負けるのを「よし」としない性格です。

喜びを素直に表出させない妻ですが、僕は妻との付き合いが長いので本心を感じ取ることができます。妻の表面上の「うれしそうな顔」は「とても喜んでいる」ことの表れです。その証拠に対戦を断られたことは一度もありません。

諸行無常とは昔から言われていますが、世の中のあらゆるものは移り変わり、時間の経過とともに古くなっていきます。それは、妻はもちろんですが、ゲーム機器も同様です。妻とゲーム機器でどちらが長持ちするかと言いますと、それは断然「妻」です。メンテナンスは必要ですが、多少コキ使ってもちゃんと動きます。

それに比べてゲーム機器は長くても10年くらいでしょうか。妻が週に4~5日も遊んでいますので、いつも使っているゲーム機が使えなくなってしまいました。調子が悪くなってからも、執着心が強い妻はゲーム機器を叱咤激励してなんとか使っていました。

妻の「叱咤激励」とは、ゲーム機を叩いたりスイッチのオンとオフを幾度も繰り返すことです。ゲーム機は調子が悪くなったあとも、妻の「叱咤激励」に応えていたのですが、遂にフンともスンとも言わなくなってしまいました。

かわいそうなゲーム機…。天命を全うしたようです。

遊ぶゲーム機がなくなってしまいますと、やることがなくなる妻です。ふとした瞬間に寂しそうな背中を見せることがありました。すると、その妻のようすを見ていた息子が、なんとニンテンドーのスイッチをプレゼントしてくれました。

そのときの妻のうれしそうな顔が忘れられません。妻は、僕以外の人には喜びを素直に表すことができる人でした。

これまでのゲームとニンテンドーのスイッチの一番の違いはインターネットにつながっていることです。最初は、このシステムが妻を困らせていました。実際に困っていたのは息子ですが、妻はスイッチで「ドクターマリオ」を使うことができないことが多かったのです。電源を入れてから「ドクターマリオ」にたどり着くまでに壁に突き当たることが多く、そのたびに息子に使い方を教わっていました。教えを請われるほうの息子は自分のやっていることが中断され困っていたはずです。

今の時代のゲーム機はほぼパソコンと同じです。機能が増え、そして高まっていますのでできることがたくさんあります。そのことが、機械に疎い人にはゲーム機を使いにくくしているのですが、それでも、人間というのはどんな人でも進歩するようです。

一か月もしますと、妻は使いこなせるようになっていました。そして、今ではテトリスを楽しむようになっています。しかも「世界を相手に」です。僕は詳しくはわからないのですが、ネットで対戦相手がいるようで毎回世界の100人くらいを相手に戦い、順位がでるそうです。ちなみに、これまでで最高位は2位だそうです。僕の想像では、ネットで対戦ゲームをする人は10代から20代が主流のはずです。そんな中で来年還暦を迎える妻が2位に入ったのですから、妻のすごさがわかるというものです。

今の時代は認知症が問題になっていますが、妻がゲームに夢中になるのもそれほど悪いことでもないかもしれません。頭も手先も使いますので認知症を予防するのに役立つ効果がありそうだからです。

一般的には「光があれば影がある」と言いますが、妻のゲームに関しては「影があれば光もある」といったところでしょうか…。

ただ、対戦しているときに、たまに妻の口から出る「チッ!」という舌打ちだけは気になって仕方ありません。

じゃ、また。




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