<アドバイスおじさん>

pressココロ上




今週は、まずは先週のコラムのお詫びから。僕はコラムを書く時は、内容が被らないように前回書いたコラムを読むようにしています。前回書いた内容をある程度でも覚えているときは読みませんが、今回は読みました。すると、同じ文章を続けて書いていたことがわかりました。

「ダブっていた」のは全体の8割くらいでしたが、おそらく最後の一行を書く際に、なにかの手違いでそれまでの文章をコピペしてしまったようです。大変失礼いたしました。

では、本題に入ります。

先週読んだネット記事に「アドバイスおじさん」について書いているブログがありました。「アドバイスおじさん」とは、文字通り「アドバイスをするおじさん」ですが、もう少しわかりやすく説明しますと「アドバイスをしたがるおじさん」です。おそらくほとんどの人はこの言葉にあまりいいイメージを抱かないと思いますが、もちろん書いてある内容は批判的なものでした。

本来、アドバイスというものは「役に立つ」もののはずですが、反対に批判的に捉えられるのは「役に立たない」からです。そのブログには「役に立たない」どころか、「害になる」とまで書いてありました。これはつまり、アドバイスになっていないことになりますが、アドバイスになっていない助言ほど迷惑なものはありません。

「アドバイスをする」人の深層心理を推察しますと、そこにはマウンティングがあります。数年前から指摘されるようになりましたが、「マウンティング」と「上から目線」は密接な関係があります。

「マウンティング」を辞書で調べますと、「動物社会における順序確認の行為で、一方は優位を誇示し他方は無抵抗を示して、攻撃を抑止したり社会的関係を調停したりすること」と書いてあります。それから転じて人間社会において「自分のほうが優位であることをアピールすること」を意味します。

「アドバイスをする行為」にはその前提として「自分のほうが教える立場、つまり上の位置にいる」ことが必要です。ですから、「アドバイス=自分が上にいる」となります。アドバイスをしたがるおじさんは、まさしく「マウンティング」をしていることになります。

先ほど書きましたとおり、「アドバイスおじさん」が嫌われる理由は「教えてもらいたくない」という気持ちがあるからです。仮に、自分が尊敬している先輩からアドバイスを受けたなら、喜びを感じることはあっても嫌うことなどありません。喜びどころか感激さえするはずです。

例えば、野球をやっている選手が「イチロー選手」に教えてもらって迷惑と感じることなどありえせん。サッカー選手が「三浦知良選手」に教えてもらったなら喜び勇んでしまうでしょう。

「教える」と「教えられる」の関係で重要なことは、二人の関係性です。

僕がラーメン店時代に一番不愉快だったのは、このマウンティングでした。もちろん当時は「マウンティング」という言葉はありませんでしたが、「アドバイスをしたがるおじさん」はいました。それも「かなり」です。

人は初対面の人との上下関係性を推し量るとき、最初に目安にするのは外見です。まずは年齢で上下関係を推し量ります。年齢は古今東西、人間関係の上下を決める物差しになります。

次に目安にするのは着ているものでしょうか。安物のスーツを着ている人と高価なブランドものを着こなしている人が対面したときは、自然に安物のスーツを着ている人が下になります。その次の目安は社会的地位です。勤めている会社とか社内における役職名などです。

こうしたいろいろな要素からお互いが上下関係を認め合うのですが、そうすることでスムーズな関係を築けます。

ラーメン店の店主とお客様の関係で言いますと、もちろんお客様のほうが上です。前回のオリンピックの頃から「お客様は神様」という価値観が生まれていました。上の立場であるお客様が店主に「マウンティングをしたくなる」のは当然です。

「マウンティング」には年齢も大きな要素です。その意味で言いますと、とても若く見えた僕は格好のマウンティング相手でした。お客がほかにいないとき、もしくは少ないときに「アドバイスおじさん」に変身する人がいました。

例えば、「ここのお店は〇×△÷すればもっと売れるよ…」とか「味をこうすれば、もっとおいしくなるのに…」などですが、迷惑千万なアドバイスでした。もし、僕がもう少し老けて見られていたなら、「アドバイスおじさん」の出現回数も少なかったかもしれませんが、悲しいことに若く見られたために頻繁に「アドバイス」を受けました。当時、僕は「早く年をとりたいなぁ」と願っていたものです。

年配の野球評論家の中にも現役選手にコーチをしたがる人がいます。野球という伝統のあるスポーツ界では「先輩は神様」という概念が心身に染みついています。ですから無下に拒否することもできません。しかし、合っていないアドバイスは選手生命を脅かすこともあります。

昨日、野球界ではキャンプの解禁日でしたので、スポーツ番組では今年の新人を取り上げる内容が多く見られました。新人が大成するかどうかにも「アドバイスおじさん」が大きく影響してきます。新人は文字通り新人ですので、新人以外の人は全員が先輩にあたります。ですから、全員が「アドバイスおじさん」になることが可能です。

昔から言われていますが、新人の最初の難関は「自分に合ったコーチに巡り合えるかどうか」にかかっています。コーチの中には、自分のやり方を押し付ける人がいます。そのやり方が選手に合っている場合は、問題ないですが、中には合わない選手もいます。そうしたときに、押し付けられた選手はたまったものではありません。才能がつぶされることもあります。

現在、日本ハムで活躍している大田泰示外野手は2017年に巨人からトレードで移籍してきた選手です。巨人にドラフトで入団した時はそれこそ鳴り物入りでした。「松井二世」とまで言われた逸材でしたが、芽が出ないまま8年を過ごしたことになります。おそらく巨人にいたままでは、今の活躍はできなかったでしょう。

太田選手のように「環境が変わる」ことで才能が開花する人がいますが、スポーツ界においてはコーチの存在が大きく影響するように思います。コーチが本当の意味で選手をサポートしようと考えるなら、選手中心の発想になるはずです。しかし、自分中心のサポートを考えるなら、「独りよがり」ならぬ「コーチよがり」になってしまいます。伸びる選手も縮んでしまうのがオチです。

仮に、どんなに素晴らしいアドバイスであっても受ける側が納得できないなら、そのアドバイスは有害にしかなりません。プロスポーツの世界を見ていますと、それが如実にわかります。普通の会社であっても、上司の役職にいる人はそれを肝に銘じている必要があります。

あれ? ぼく「アドバイスおじさん」になってる…。

じゃ、また。







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