<総合的・俯瞰的観点>

pressココロ上




もうすでに多くの方がご存じでしょうが、日本学術会議の任命拒否問題が収まる気配がしないどころか益々燃え盛っています。ことの発端は共産党系の新聞が「任命拒否」を報じたことでしたが、それをほかのメディアが後追いをして、問題が大きくなりました。

その後の展開を見ていますと、当初菅総理と言いますか、政権側はさほど大きな問題とは考えていなかった節があります。僕の想像では、政権側は「任命の是非」ではなく、官邸がメディアや慣習を「どれだけコントロールできるかを示すこと」に重点を置いていたように思います。僕がそのように思い至った理由は、菅総理がうっかり「推薦名簿を見ていない」と口を滑らせたことです。

この「口滑らせ」は予定外の出来事で、あくまでこれは僕の推測ですが、この菅総理の「口滑らせ」がなければ、この問題は収束に向かっていた可能性があります。この「口滑らせ」で展開の方向が変わった感があります。この展開を見ていて僕が感じたのは、菅総理がしきりに「政治が官僚をコントロールする」と言っていたにもかかわらず、実際は官僚がコントロールしているという実態です。

僕がそのように思うのは、「任命の是非」を杉田和博官房副長官が決めていたからです。これは菅総理の「口滑らせ」により表に出てきたことですが、実際に決めていたのが菅総理ではなく杉田官房副長官だったことが露わになりました。

この事実は、仮に菅総理の考えが反映されていたとしても、実際に政治を動かしているのが官房副長官だったことを示しています。ちなみに、官房副長官とは官僚のトップの役職で、簡単に言いますと「官僚で一番偉い人」です。そこで僕が思い出すのは、かつて7人の総理大臣に仕えた石原信夫官房副長官です。

石原氏が官房副長官を務めていたのは8年という長期ですが、それも単なる8年ではなく激動の1987年~1995年の間でした。ちょうどこの頃は総理大臣が1~2年ごとに変わっていた時期で普通に考えますと、国のトップがそんなに頻繁に変わっていて、国家がきちんと運営されるのか疑問です。だからこそ、官僚の果たす役割がとても重要でした。ある意味、この時期は官僚が国家を運営していたといっても過言ではないのかもしれません。

…実は、「この時期は」に限った話ではないのですが…。

これまでにも幾度か書いていますが、その頃国の政策を決めていたのは閣僚会議ではなく「事務次官会議」という閣僚会議の前に開かれていた各省庁の事務次官が集まる会議でした。言い過ぎを覚悟で言いますと、そのあとに開かれる閣議は事務次官会議で決められたことの追認に過ぎないものでした。

その会議を取り仕切っていたのが、官房副長官でした。石原氏はその役職を8年間もつとめていました。この事務次官会議は自民党が下野し民主党政権が誕生したときに廃止されたのですが、それこそ民主党は「脱官僚政治、政治主導」を掲げていました。「事務次官会議の廃止」が原因とは言いませんが、民主党政権が混迷したのはご存じのとおりです。

安倍元首相に「暗黒の民主党政権」とまで言われてしまう始末でしたが、実際長くは持ちませんでした。外から見ていますと、空回りしている様がよくわかりました。つまるところ、「官僚をどれだけうまく使いこなせるか」が政権運営の鍵なのかもしれません。

官僚が国家運営を担うのは正しい政治のあり方ではありませんが、実際は程度の問題です。民主党は脱官僚を思うあまり、結局政権運営ができない状況になってしまいました。官僚が補佐しながら政治が決めて、官僚が現場を動かす形がやはり理想の形です。

その意味で言いますと、菅総理が推薦名簿を見ておらず、杉田官房副長官が選んだ結果を認証したのは全体の流れとしては当然のようにも思います。総理という立場は内政から外交まであらゆることをやらなければいけないのですから、すべてを細かくチェックするのは不可能です。

先に石原元官房副長官の話を紹介しましたが、石原氏が長期にわたって官房副長官を務めていたのは「有能さ」ゆえに尽きます。簡単に言ってしまいますと、7人の総理大臣が頼りにしたからです。「この人に任せておけば大丈夫」という信頼感があったからこその長期任用でした。

杉田官房副長官は安倍政権からの継続ですが、菅総理になってから退任した官僚もいます。ですから、杉田氏は菅総理に仕事ぶりを認められていることになります。野党は任命に直接かかわった杉田氏を国会に呼び説明することを求めていますが、菅総理はここは堂々と受けてほしいと思います。

菅総理は安倍政権の継承を掲げていますが、僕が菅政権になってから最も不安を感じているのは、「説明をしない」ことです。安倍元総理は任期途中から極端に「説明をしない」ようになってしまいましたが、それも継承しているように思います。

僕の感じでは、安倍政権の中にいてその運営ぶりを見ていて「説明をしなくても乗り切れる」という確信を持ったように想像します。なにしろ安倍元総理は、官僚に公文書を改ざんさせるほどの嘘の答弁をしながらも、今のところ逃げ切っています。それを間近に見ていたのですから強気になるのも致し方ありません。

「説明をしない」ことに通じるのですが、菅総理はメディアをコントルールしようと考えているようでとても不安です。大手メディアでは報じられませんでしたが、菅総理はメディアを選別して記者会見を開いています。具体的には、10月3日と10日(どちらも土曜日)の早朝に、内閣記者会加盟の常勤19社に所属する総理番記者との「完全オフレコ」の懇談会を開いています。

「完全オフレコ」の懇談会にどのような意味があるのでしょう。また「完全オフレコ」の懇談会に出席する記者の方々はなんの疑問も持たないのでしょうか。マスコミは政権の姿勢や行動を多くの国民に伝えることが役割です。それを「完全オフレコ」では伝えることができません。

学術会議委員を拒否した理由として、菅総理は「総合的・俯瞰的観点から」と説明しました。もっともらしい理由ですが、この言葉で理解した国民はどれだけいるのでしょう。僕は、その場にいたマスコミの人が誰ひとりとして追及しないことに落胆しました。ジャーナリズムが泣いています。

菅総理が安倍政権から継承した最も大きな政策は「説明しない」ことです。もちろんそれを許しているのは今の政治状況・弱小野党ですが、マスコミの方々にも大きな責任があります。安倍政権の途中から顕著になりましたが、政権を追及しないマスコミの方々にジャーナリストの資格はありません。

「完全オフレコ」の会社会見などには、大手マスコミも揃って欠席するのが「総合的・俯瞰的観点から」望ましい対応です。

以上!

じゃ、また。




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