<記憶に残る映像>

pressココロ上




僕には昔から変な能力があり、人の顔をすぐに覚えられるという得意技があります。人が話す言葉はなかなか覚えられないのですが、不思議と映像となると記憶に残るのです。その映像の中でも特に顔を覚えられるような脳の仕組みになっているようです。

これまでにも書いていますが、ラーメン店時代には一度来店したお客様はどのあたりに座ってなにを注文したかも覚えていました。当時は、映像のほかに言葉にも敏感に反応していましたので、注文は一度聞いたなら覚えることができていました。ですから、どんなに混んでいてもスムーズに注文をこなしていました。

しかし、年齢をとるに従い少しずつ記憶力が落ちていったのですが、記憶力が落ちてもなんの問題もないことを教える記事が記憶力の低下を進めさせた感があります。その記事はある経済誌のインタビュー記事でした。インタビューに答えていた人の名前は忘れてしまいましたが、IT関係の有名な方だったように思います。

20年くらい前の記事ですが、「これからは記憶力はほとんど意味を成さなくなる」と話していました。なぜなら記憶に関係することはすべてパソコンが行ってくれるからです。人間とパソコンでは、記憶力において比べようもないほどパソコンのほうが優れています。

それを読んでから「記憶する」ということに力が入らなくなってしまいました。認知症の検査で、記憶力をためす手法がありますが、あれなどやる気にさえなりません。人間は覚える気がなければなにも頭に残らないものです。

記憶力と勉学は密接に関係していますが、勉学について印象に残っていることを述べていたのは飯野賢治さんというIT関係の著名人です。具体的にはゲームクリエーターとして有名な方ですが、『Dの食卓』や『エネミーゼロ』等を開発した方と紹介しますとわかるでしょうか。

飯野さんは今から7年前に42才という若さで病気で亡くなったのですが、天才の一人と言っても過言ではないでしょう。飯野さんの自伝を読みますと、学校になど行かなくても立派な社会人になれることがわかります。その飯野さんがある質問コーナーで答えていた回答が僕に大きな影響を与えました。

その質問を簡単に言ってしまいますと「どうして勉強しなければいけないのか?」「勉強をする気になれない」という内容なのですが、これに対する飯野さんの答えが秀逸でした。「人間は興味のあることには、言われなくても勉強するようになる」というものでした。

この論法で言いますと、「覚えよう」と意識しなくても興味のあることは自然と頭に入る、記憶に残るのです。これが僕には衝撃的でした。それ以来、僕は記憶しようという気持ちが起きなくなってしまいました。

この質問には勉強に対する質問とともに人生に対する質問も含まれていたのですが、それに対する答えも秀逸でした。人生論だけの部分を切り抜いて転載したブログがありましたので紹介します。
https://studyenglish.at.webry.info/201211/article_20.html

僕には「人は興味や関心のあることは、自然に勉強したくなる」という説明がストンと心に落ちました。記憶力も同様で興味や関心のあることは、覚えようと意識などしなくとも自然と覚えてしまうはずです。それ以来、僕は「覚えよう」とする気持ちが失せてしまいました。興味があることは自然と覚えるのですから、覚えられないことは覚える必要がないこと、と思えたからです。

そんな僕が、覚えようとしなくても自然と覚えてしまうのが人の顔です。つまり、僕は人の顔に興味があるようです。先日、車を運転しているときに、たまたま歩道を歩いている70才過ぎの女性が目にとまりました。そして、見た瞬間に20年以上前に僕のお店で働いていたパートさんだとわかりました。

普通、20年も経っていますと顔つきも表情も少しは変化があるものです。しかも、見かけたのはほんの一瞬です。僕は思わず、隣に乗っていた妻に確認しました。妻はその女性をまじまじと見て「あ、本当だ」と驚いていました。ほんの一瞬見ただけでわかった自分に驚きました。

妻はたまにスーパーのサッカー台の脇などに置いてある求人誌を持って帰ることがあります。求人誌にもいろいろな情報が載っていますので、それなりに楽しいからです。今現在の賃金の傾向などもわかり参考になります。

先日、たまたまそのうちの一冊を読んでいますと、定期的に通院している歯医者さんへ行く途中に新しいコンビニができることが記載されていました。そこで注意深く求人内容を見ますと、縦3センチ横4センチの写真が載っていました。そこにはすでに働くことが決まっているらしい従業員5人が横一列に並んでいる姿がありました。

なにげにその写真を眺めていたのですが、5人のうちの左端に写っている顔に見覚えがあったのです。

「あ、お店で働いていたMさんだ!」

僕は、思わず叫んでいました。すぐに妻に見せますと、妻は虫眼鏡を持ってきて確認し、「本当だ」とわかってくれました。縦3センチ横4センチの写真の中の5人のうちの1人です。顔だけの大きさで言いますと、縦横ともに1センチにも満たない大きさです。その写真で僕はわかったのです。しかも会わなくなってから20年以上間隔が開いている人です。頭髪は薄くなり外見的もそれなりに変化しています。それでも僕は一瞬でわかりました。我ながら、これにはさすがに自分でも驚きました。

しかし、ときには数秒間見ていてもわからなかったこともあります。「どこかで会ったことはあるが、どこなのかわからない」という記憶です。中途半端な記憶はかなり心に引っかかります。

ある日、妻とスーパーに行き食品売り場を歩いていますと、反対方向から歩いてくる30代半ばの女性がいました。チェック柄のシャツを着て下はスリムのジーパンをきれいに着こなしていました。履いている靴はスニーカーで、全体的にボーイッシュな感じでおしゃれな出で立ちでした。

その女性の顔を見た瞬間、「あれ、どこかで会ったよな、どこだろ」と気になったのですが、全く思い出せません。食品売り場ですので、幾度かすれ違うこともありましたが、それでも一向に思い出せないでいました。

そのまま月日は過ぎ、それ以降は会うこともありませんでした。

僕は心臓の薬を服用していますので2か月に1度の割合で通院しています。ある日、その病院に行き、待合室で待っていますと診察室の隣の検査室から看護師さんが出て来ました。

「あ、この人だったんだ!」

僕は心の中で叫びました。食品売り場で見かけた人はこの看護師さんだったのです。いつもはナース服を身に着けていますので食品売り場で見かけたときとは、全く印象が違って見えました。制服というのは見た目以上にその人の印象に影響を与える効果があります。

これまでは以前に会ったことがある人が対象でしたが、僕は一度も会ったことがない人を言い当てたことがあります。

僕には娘がいるのですが、たまに娘から友だちの話をいろいろと聞くことがありました。その中の一人にAさんという友だちがいるのですが、Aさんは僕のコロッケ店に買いに来てくれたことがあります。自宅は一駅隣だったのですが、わざわざ遠回りして買いに来てくれたのでした。

そのときに初めてAさんに会ったのですが、娘から聞いていたとおりにかわいらしい感じの女性でした。Aさんについては家庭環境についても聞いたことがあり、ご両親と2つ違いのお姉さんがいることも知っていました。

そしてある日。

店頭に立っていますと店先の左側から小柄な女性がスッと現れ、僕の正面に立ちました。すると、僕はなにを思ったか「ああ、Aさんのお姉さんですよね」と口から出てきたのです。その女性は慌てたように答えました。

「え、、あ、あ、、はい…」。

それまで僕はAさんのお姉さんとは一度も会ったことがないのです。お姉さんの存在は聞いていましたが、体格とか雰囲気とか詳しいことは全く聞いていませんでした。それなのに、なぜか口から「Aさんのお姉さんですよね」と自然に出てきたのです。言われたほうも驚いたでしょうが、言った僕も驚きました。

もしかしたら、前世で会っていたのかもしれません。そうでなければ辻褄が合いません。僕の正面に立ったAさんのお姉さんのそのときの表情は、僕の60余年の人生の中で二番目に印象に残っている映像です。

えっ、一番印象に残ってる映像?

あれは10年くらい前のことでしょうか。季節は冬でダウンコートを着ていました。妻と一緒に知り合いの電気屋さんに行き、その帰りのことです。僕が先に店を出て、少し遅れて妻が出てきたのですが、僕がうしろを振り返りますと、妻は小走りで僕に向かってきていました。

妻は日ごろから、ダウンのポケットに手を入れて歩く癖があったのですが、そのときも両手をポケットに入れたまま小走りしていました。すると、なにかの拍子に躓いたようで身体が前によろめきました。

人間、両手が使えない状態で前に倒れかけますと、どうなるか。そうです。そのまま顔から倒れるしか道は残されていないのです。妻は両手をポケットに入れたまま、顔から地面に倒れこみました。そのときの倒れ方がまた、そりゃ本当におかしく、まるでマンガを見ているかのような面白い映像になっていました。

イメージとしては顔が地面にたたきつけられた瞬間、グシャという音が聞こえるような感じです。僕はその倒れ方がおかしくておかしくて笑いが止まりませんでした。僕は顔を地面につけて倒れている妻に近づきました。

僕が「大丈夫?」と妻を起こしたときの妻の血だらけの顔。僕は不謹慎ながらも、その顔までもがおかしくておかしくて…。その笑っている僕を見たときの妻の怒りの顔。睨みつけた表情が、、、「人生で一番印象に残っている映像」です。

じゃ、また。




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