<長期的視野>

pressココロ上




先週日曜の出来事ですので、もう一週間が過ぎてしまいましたが、プロ野球界で偉業が達成されました。ロッテの佐々木朗希投手が完全試合を成し遂げたのです。あの野茂英雄投手もダルビッシュ有投手も、ましてや大谷翔平投手でさえ成し遂げていない完全試合です。そのうえ13者連続三振、19奪三振という離れ業までやってのけています。これを若干二十歳の若者が達成したのですから、これを偉業といわずなんといいましょう。

この偉業が、佐々木投手の努力と才能の賜物であるのは当然ですが、同じくらい称賛されていいのはロッテというチームの育成方法です。鳴り物入りで入団したのですから、マスコミへのサービスの意味も含めて、一年目から一軍で登板させるやり方もあったはずです。

ですが、「まだ身体がプロとしてできていない」という理由から二軍で一年間みっちり鍛え、二年目も焦らせることなく、少しずつ一軍登板の経験を積ませていました。そして、三年目の今年いよいよ本格的に登板させることにしたのですが、今回「完全試合」を達成してしまいました。これをチームの勝利といわずなんといいましょう。

僕は30才くらいから経営雑誌を読むようになったのですが、ロッテという企業の創業物語は幾度か目にすることがあり、とても印象深く記憶に残っています。戦後のものがない時代からの成功物語はビジネス界でも注目を集めていました。しかし、近年では親族の内紛に関するニュースのほうが多く報じられ、あまりよいイメージがありませんでした。ですので、その系列企業であるプロ野球のチームが佐々木投手を立派に育てていることに、少しばかり驚いています。

思い返してみますと、佐々木投手は高校時代から指導者に恵まれていた感があります。憶えている方も多いでしょうが、甲子園出場がかかった大会の決勝戦で、監督は佐々木投手の肩への負担を考慮して登板を回避していました。結局、チームは敗退したのですが、その起用方法についてはかなり物議を醸していました。しかし、監督は佐々木投手の将来を案じて登板を回避させるという決断をしたのですが、今思い返してみますと、その先見の明は称賛されてしかるべきだったと思います。

佐々木投手の現在の活躍する姿を見ていますと、いかに先のことを見据えて現在のことを考えることが重要であるかがわかります。短期的にではなく、長期的な視野に立って目の前の出来事に対処することの重要性です。しかし、混沌とする世界の動きを見ていますと、長期的な視野に立つことは容易ではありません。誰も将来のことはわからないからです。

現在、ウクライナではロシアによる蛮行が行われていますが、10年前、いえ5年前、いえいえ2年前、いったい誰がロシアが隣国のウクライナに全面的侵攻をすることを想像したでしょう。確かに、2014年にロシアはクリミア半島併合という蛮行を行いましたが、あくまで一部の侵攻であり併合でした。ウクライナ全土を併合するなど誰も想像していなかったはずです。

僕が一番記憶に残っているのは、ロシアが侵攻した2月24日の前日にラジオで聞いた専門家の見解でした。当時、米国などがしきりに「ロシアがウクライナとの境界に軍隊を集結させている」と警告を発していました。ですが、その専門家は「ロシアがウクライナに侵攻しても、メリットよりもデメリットのほうが大きく、また成功する確率が低すぎること」を理由に「侵攻はあり得ない」と話していました。その翌日にロシアの侵攻がはじまりました。このように、一日先でさえ予想が困難なときに、長期的視野に立つことは意味がないかもしれません。

ですが、佐々木投手は首脳陣が「長期的視野」に立った指導法を採用したことで、今年の活躍があり今回の完全試合があります。物事に「たら」「れば」は意味がないと言いますが、もし佐々木投手が短期的視野に立つ首脳陣から指導を受けていたなら、早々と故障していたかもしれません。現在の首脳陣の話では、入団した当初はまだ「成長に身体がついていけてない状態」だったそうですので、身体が先に悲鳴を上げていた可能性があります。やはり将来を見据えて現在の行動を決めることは大切です。

先日のニュースによりますと、ロシアは欧米の経済的制裁により市民生活が徐々に苦しくなっているそうです。失業者も増えているそうですし、それ以前に食料の調達も困難になりつつあるそうです。それでも、プロパガンダに踊らされていることもあるでしょうが、多くのロシア国民は「ロシアの戦争(侵攻とは考えていないようです)は正しく、継続するべきだ」と考えているそうです。これが真実であるなら、ロシアがウクライナ侵攻を途中でやめることはないでしょう。

ウクライナ大統領夫人がCNNのインタビューに答えた際の言葉が印象に残っています。
「問題は、全世界が目撃しているものをロシア人が見ようとしていない点です。それもひとえに心地よくいたいがためです。結局のところ、故人についての記事を読んだり、悲しみに暮れる親類や友人の姿を見たりするよりも、『あれは全部フェイクだ』と言ってコーヒーを飲んでいるほうがずっと楽ですから」

ロシアの人たちが、特に高齢の人たちがプロパガンダに汚染されているのはこれまでにも見聞きしていましたが、さらに一歩踏み込んで「フェイクだと思い込んだほうが楽だから」という発想はありませんでした。侵攻に遭っている当事者だからこそ思い浮かぶ発想です。「楽だから」という言葉はまさに言い得て妙な表現です。

前回のコラムで「無知の罪」について紹介しましたが、「無知の罪」には「騙された」というニュアンスを含んでいますが、「楽だから」という表現には「騙された」という被害者感が全くなく、むしろ積極性さえ感じられます。善悪を考えるよりも、のんびりとコーヒーを飲みながらテレビを見ていたほうが楽しいはずです。よく「人は見たいものしか見ない」と批判する意見を聞くことがありますが、まさにそれです。

ウクライナのゼレンスキー大統領は情報発信の重要性を理解していますので、各国の国会で演説をしたり、SNSを活用しています。そんな中、最近少しばかり趣が変わってきている印象を受けています。それは、ドイツという国名を挙げて直接批判することが多いことです。侵攻を受けた当初より、「ヘルメットしか支援しないドイツ」を批判していましたが、先日は「他国民の血で金を稼いでいる」とまで表現していました。

また、ポーランドの大統領とバルト三国の大統領がウクライナを訪問した際に、ドイツ大統領の訪問は拒否したと報じられています。その理由は、ドイツの大統領がかつて新ロシア的な言動をしていたからです。確かに、ドイツはこれまで欧州の中で最も新ロシアの姿勢を見せていました。その証拠にドイツは天然ガスや原油などエネルギー資源の約半分はロシアから輸入しています。さらに言うなら、ドイツの首相まで務めたシュレーダー氏はロシアの国営ガス会社に天下りまでしています。これではウクライナが不信感を持つのは当然です。

今回、ウクライナのゼレンスキー大統領が名指しでドイツを批判しているのは、ドイツのこうした過去が影響しているのですが、ドイツがエネルギーの調達に関してもっと長期的な視点に立って行動していたなら、今回のような問題は起きなかったでしょう。

ロシアによるウクライナ侵攻がはじまって一ヶ月以上が経ちましたが、一向に終了する気配がありません。あまりに侵攻が長期にわたってしまいますと、周りの国々が「慣れ」てしまい、悲惨な情報に接することに「飽き」てしまうのではないか、と危惧しています。ゼレンスキー大統領夫人が「慣れないで」訴えていましたが、国際社会は「悪が支配する恐怖」についてひと時も忘れてはいけない義務・責任があります。

フィンランドとスウェーデンがNATOに加盟する動きを見せ、それにロシアは反発していますが、ロシアと国境で接しているフィンランドは心穏やかではいられないはずです。実は日本も海で隔てられてるとはいえ同様です。「明日は我が身」の気持ちを持つことは大切かもしれません。

じゃ、また。




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