<僕の妻はテトリス世界一>

pressココロ上




先週の金曜日、朝起きて居間に行きますと、うれしそうな顔をした妻がおもむろに僕にスマホ画面を向けました。

「見て、見てぇ!」

そこには「1位」という文字が映し出されていました。正確にいいますと、テレビ画面に映し出された「1位」という文字ですが、つまりは、妻がスマホで撮影したテレビ画面ということになります。

では、なぜわざわざテレビ画面を撮影したかといいますと、その「1位」が画期的なことだからです。「1位」とはランキングを表しています。では、なんのランキングかといいますと「テトリス」というゲームのランキングです。

知らない人はいないとは思いますが、一応説明しますと「テトリス」とは上から棒状とか四角形とか棒が90度に曲がった形とか、いろいろな形をしたブロックが上から落ちてくるゲームです。そのブロックを置く場所を自分で決めるゲームですが、落ちてきたブロックを横一線に揃えますと、その行が消えるルールになっています。反対に、横一線に揃えることができませんと、ブロックはどんどん積み上がっていき天井に到達してしまいますとゲーム終了となります。妻はそのゲームでランキング「1位」に輝いたのでした。

このゲームは、スタートを押しますと世界中から参加者が集まってくるシステムになっているようです。妻の話によりますと、99人集まるとゲームがはじまるそうで、そのゲームで「1位」になったのです。身内である僕が言うのもなんですが、今回の快挙は偶然ではありません。なぜならこれまで妻は常に上位に入っていたからです。しかし、これまでの最高順位は「2位」でした。この壁を乗り越えるのはかなり難しいようで、幾度も「1位の」壁に跳ね返されて悔しい思いをしていました。それがとうとう「1位」を勝ち取ったのです。そのうれしさはなにものにも代えがたいものがあるはずです。もちろん、これは日ごろの努力の賜物でしかありません。

なにしろ、妻は僕が寝たあと夜遅くまでゲームに励んでいました。その努力たるや普通の61才ではできない芸当です。そうなのです。妻は61才という中年というにはちょっと図々しい、それなりの年齢のおばさんです。一般的に「高齢」は65才からだそうですので高齢ではありませんが、決して若いとはいえません。中高年という括りの中でもずっとずっと上のほうの年齢です。その年齢で「世界1」なのですから快挙です。

妻の名誉のためにつけ加えておきますと、妻は専業主婦ではありません。週5のフルで働いているれっきとしたパートさんです。忙しい1週間を過ごしている中での深夜までのゲーム特訓です。並大抵の努力ではありません。

前に書いたことがありますが、僕も20代の頃、当時流行っていたインベーダーゲームで好成績を収めていました。お昼休みランチを食べに行っていた喫茶店でそのお店の記録保持者だったほどです。ですのでゲームの楽しさは知っているのですが、いつの間にか興味をなくしていました。しかし、妻はゲームにのめり込んでいたのです。

もうゲーム名も忘れてしまいましたが(もしかしたら“ぷよぷよ”かも)、子供が小学校低学年の頃ですから、30年くらい前のことです。その頃からゲームが大好きだった、特に「テトリス」のような「落ちものゲーム」にはまっていた妻ですが、そのゲームをやりすぎて救急病院に運ばれたことがあります。

忘れもしません。お正月の三が日の真ん中の日です。朝起きますと、妻が「気持ち悪い」と言っていました。「目が回って視界が定まらない」と宣うのです。前日、妻は元旦のお料理を食べ、テレビを見たあと9時くらいから携帯ポケットゲームをはじめていました。そこまでは知っていましたが、僕は先に床についたので、その後のことはわかりません。

そこで妻に、「昨日ゲームを何時までやってたの?」と尋ねました。すると、妻は気持ち悪いのもあるのかもしれませんが、曖昧な返事しかしませんでした。そこで、少し強めに尋ねますと、なんと深夜の2時過ぎまでやっていたのでした。

実は、妻はメニエール病を抱えておりまして、視力に関しては注意をする必要がありました。そんな病を抱えている身でありながら、小さな画面に5時間以上も見入っていたのです。体調がおかしくなるのも当然です。もちろん僕は文句を言いましたが、体調が悪すぎてモドしたりもしていましたので、正月も診察をしている緊急病院に連れていくことにしました。

妻は歩くこともままなりませんので、車から待合室まで僕がおぶって行くしかありませんでした。妻をオンブして待合室に入りますと、待合室にいた人たち全員がいっせいに僕のほうをみました。大人のおばさんをおぶった大人のおじさんが突然、待合室に入ってきたのです。驚いて当然です。あのときのみなさんの視線は今でも記憶から消えていません。

結論を言いますと、その症状はそれ以上大事に至ることはなく、翌日からは普通に生活できてよかったのですが、その後も妻の「ゲームにはまると止まらない性格」は直らないままでした。僕にできることは、「やりすぎないように」と言い聞かせることだけでした。

そんな年月を過ごしながら、相変わらず妻はゲームにいそしんでいました。妻がゲームを続けることができたのは我が家の環境に理由があります。記憶が定かではないのですが、いつからか我が家の居間のテレビにはスーパーファミコンがつながっていました。今ではやっていませんが、我が家はお正月に家族4人でマリオカート大会を催すのが習わしとなっていました。

おそらくそのときに息子からスーファミを譲り受けそのまま居間のテレビにつなげたままになったものと思われます。それから妻は暇さえあれば、いえいえ暇がなくてもゲームをやるようになっていました。実は、昨年の途中までは僕は妻と二人で1週間に1度「ドクターマリオ」大会を催していたのですが、スーファミが壊れたのを期にニンテンドースイッチを導入することにしました。ちなみに、「ドクターマリオ」対戦では全く歯が立ちませんでした。

実は、ニンテンドースイッチ導入も母親に優しい息子のプレゼントです。妻はそれを期にテトリスをやるようになったのですが、スーファミと違うのは世界と対戦ができることでした。スーファミでは単に自分で得点を更新するのを目標にしていましたが、妻によりますとニンテンドースイッチでは機能が高度になり世界中の人と対戦できる形式になったそうです。

そこから妻の日々の努力が続くのですが、最初に妻の異変を感じたのは画面に向かって「舌打ち」をする姿を見たときです。たまたま妻がゲームをしている後ろを通ったとき、妻が画面に向かって思わず「チッ!」と舌打ちをしたのです。僕は妻と約40年一緒に暮らしていますが、「舌打ち」を聞いたことが一度もありませんでした。それだけに、心の底から発せられた「チッ!」は衝撃的でした。

しかし、そうした苦難を乗り越えたからこそ、今回世界一の称号を獲得することができたのだと思います。演歌歌手・都はるみさんには「浪花恋しぐれ」というヒット曲があるのですが、この歌は天才と言われた落語家・桂春団治さんをモデルにした歌です。この歌は1番と2番の間に台詞が入るのですが、その中で春団治さんが妻のお浜に言う台詞があります。

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そりゃわいはアホや 酒もあおるし 女も泣かす
せやかて それもこれも みんな芸のためや
今にみてみい! わいは日本一になったるんや
日本一やで わかってるやろ お浜
なんやそのしんきくさい顔は
酒や! 酒や! 酒買うてこ~い!

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今の時代からしますとパワハラの極みですが、それはともかく、僕は妻から「1位」の画面を見せられたとき、とっさにこの台詞が頭に浮かびました。「とうとう、妻も世界一か…」と感慨深いものがこみあげてきました。「日本一どころやあらへんで、世界一や世界一になったんやで~」という台詞が頭を駆け巡っていました。

酒こそ買ってきませんでしたが、天才はやはり凄いなぁと感心した先週でした。

じゃ、また。




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