<パフォーマンス>

pressココロ上




 永田議員が武部幹事長に深々と頭を下げている映像が映し出されました。皆さんはどのように感じた でしょうか。周りに座っていた自民党の議員は皆さして気に留めるふうもなく雑談をしていましたが、本当 は複雑な気持ちだったようです。久間幹事長代理は会見で「自分の年代では」と断りながら「テレビに映 っていることを意識したパフォーマンスに思えた」と語っていました。私もそれに近い印象を持ちました。
 学生の頃に読んだ本に次の言葉がありました。
「神さまはそれぞれの心の中にいる」
 神さまは全てを「お見通せる」存在です。この本に出会うまで私は神さまは天の上のもっと上にいると 思っていました。私と同じように思っていた人は多いようでドラゴンボールでも神さまは天上にいました。 しかしそれではいくつか矛盾する点があります。ですから「心の中にいる」という言葉は私を納得させるも のでした。
 もし神さまが天の上のもっと上にいるなら遠すぎて見えないはずです。この考えには次のような反論が 成り立ちます。神さまは超人的なのだからサンコンさんの数万倍の視力があるはずでどんなに遠くとも 「お見通す」ことができるはず、というものです。しかし仮に押入れのような暗い狭い場所での行いは神さ まにも見えないはずです。それは光がないからです。いくら視力がよくとも光がなければ見ることはでき ません。
 例えば…。
 私はアーモンドチョコレートが好きなのでいつも食事のあとに一粒食べているのですが、これを毎日続 けていますと鼻にボッチができてしまうのです。ボッチとは妻が名づけたのですが、つまりニキビです。私 の年令では吹き出物というようですが…。そのボッチができるとその周りが赤く腫れ痛みも少しありま す。妻は私にボッチができるといつも怒ります。
「調子に乗って食べてるからボッチができるんだ!」と。
 それでも私はアーモンドチョコレートをやめられません。カッパえびせんと同じです。そこで私は妻に隠 れてこっそりと暗がりで食べています。しかしいくら隠れて食べてもボッチができてしまうので最後はバレ てしまいます。このボッチは神さまの仕業に違いないと思うのですが、先ほども書きましたように天上か らでは「お見通す」ことができません。ですから神さまが天上にいる、とするのは無理があります。やはり 神さまは心の中にいるのです。心の中にいるならば私がどこにいようが私のことは全て「お見通す」こと ができます。
 先週、土地勘のない所を歩いていましたらお寺にぶつかりました。立派なお寺というよりは少し寂れた 雰囲気です。なにげなく門の横を見ますと大きな紙に文字が書いてありました。近づいて読みますと次 のように書いてありました。
「心得よ。鬼は外より 内に棲む」
 「内」とは即ち「心」です。そうなのです。心の中には鬼もいるのです。複雑です、人間の心の中には 「神」もいれば「鬼」もいるのですから…。
 さて、永田議員のあのパフォーマンスは「神」がさせたものか、「鬼」がさせたものか…。
 じゃ、また。







シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする