<嫌われものの人生>

pressココロ上




 どんよりとした雲が空を覆っていたある日。
 歩道に立ち並んでいる木々もいつもより元気がないように感じながら歩いていました。こんな日は気分も重く足取りも重くなるものです。角を曲がると10数メートル先に30センチくらいの黒い物体が落ちているのが目に入りました。
「なんだろう…」
 僕は目を凝らしながら徐々に近づいていきました。全体的な感じはラグビーボールのような形をしています。さらに近づくとその物体は物ではなく生き物のようでした。その物体の形体が、背中を丸めている姿に見えたからです。僕は不気味だったので歩く早さを緩めその物体の2メートルくらい手前で立ち止まり観察しました。
 カラスの死骸でした。
 僕は上を見上げました。カラスの落ちた位置からちょうど真上を電線が通っていました。
「そうか。あそこから落ちたんだな…。カラスが足を滑らせるわけないから脳卒中かな、いや心臓発作かもしれない」
 僕は「カラスに申し訳ない」と思いながら少し遠巻きに歩き出しました。少し歩いて僕はあることに気がつきました。
 ほかのカラスが全く見当たらないのです。カラスに友情というものがあるかわかりませんが、カラスが群れているのはよく見かけます。ならば死骸のカラスが属していた群れが近くにいたとしても不思議ではありません。その群れがいませんでした。
 あのカラスは一匹狼だったのかな…、違う、一匹カラスだったのかな…。
 背中を丸め目を瞑って固まっていたカラスの人生ってどんなだったのかな…。違う、カラス生だ…。
 たぶん兄弟姉妹は多いはずだから親の愛情を目一杯受けて育てられたとは思えないよな。育児放棄されてたんだろな。でも大きくはなっていたんだから餌はちゃんともらえていたんだ。人間の世界では食べ物さえ与えない虐待親がいるんだからまだましか…。それにカラスには手がないから煙草の火を押しつけられたり殴られたりはされてないだろうから人間よりは虐待されてないよな。そう思うと虐待を受けていた人間の子供のほうが悲惨でかわいそうだ…。
 カラスはある程度大きくなると一人立ちしなければならないから大変だろうな。カラスの世界に秩序なんかあるはずないし、まして法律があるわけないし…。そんな世界で生き延びていかなくちゃいけないんだから群れに入らざるを得ないよなぁ。群れに入ったら入ったで人間関係、もとい、カラス関係に悩まされただろうし…。どこの群れにもイヤな奴って一人はいるよな。群れというか集団にイヤな奴が必ず一人はいるのは集団の宿命みたいなものだし…。もしそのイヤな奴がその集団のリーダーにでもなったらそれこそ最悪だよな。そういう集団って絶対イジメがあるから。
 標的になったら大変。集団に属しているその他大勢の人たちってほとんどが多数の側につくことで自分がイジメの標的にならないようにしてるんだ。そしてもしその標的が集団から去ったら今度はまた違う誰かを標的にするし…。結局同じことの繰り返し…。その他大勢が意識・考えを変えないと…。
 この前も北海道で小学生女児がイジメで自殺していたという報道があったな。あの事件なんか教育委員会がひたすらイジメを認めようとしなかったんだからひどいよ。なんか責任逃れのことしか頭に浮かんでこなかったんだよな。周りの大人の責任も重いよ。あの子はどうして親にも相談できなかったんだろ…。あの子の気持ちを考えると胸を絞めつけられる…。
 あっ、思い出した。前にこんな新聞投稿があったっけ。
 70才女性の投稿者だった。その女性は子供のころイジメを受けていたんだけど、そのイジメの中心的人物から明るい声で「同窓会のお誘い」電話があって、そのときの違和感を書いたものだった。投稿者はイジメから50年以上経っていてもイジメた人たちを許していないんだけど、当然だよ。
 あのカラスもそんな経験あったんだろな。カラスの世界はもっとひどいと思うな。法律なんかなくて弱肉強食の世界なんだから。
 法律…か。でも法律があったって守らなきゃ意味ないし…。
 最近報道されてる大企業の偽装請負なんかもひどい話だよ。法律を遵守する意識が全くなかったんだから。実際に大企業で働いていた人事部の人たちはなんの罪悪感もなかったのかな…。「自分たちの企業さえ儲かればいい」って思ってたんだよな。大きな意味で言うとイジメと同じだよ。大企業の社員が派遣社員をイジメている構図。ひどいよ…。
 法律のある人間社会でさえ弱者はますます生きづらくなるんだから法律のないカラス社会はもっと生きづらかっただろな。カラスって今は「ゴミを散らかす」とか言って人間から毛嫌いされてるけど、それだって人間が環境破壊なんかしてカラスをそういうふうに追い詰めたのが原因だよ。それなのに嫌われるのはかわいそう…。人間がカラスを嫌われものにしたんじゃないの…。
 そんなこと考えていたらさっきのカラスが不憫に思えてきて…。
 僕は、歩道の真ん中に捨て置かれているような姿はあまりにかわいそうに思えてきました。僕は来た道を引き返すことにしました。先ほどのカラスの死骸があった通りに出ると死骸があったあたりを見ました。しかしそれらしき黒い物体が見当たらないのです。僕は早歩きになりました。そして死骸があった付近に着くとあたりを探しました。しかし、なにもないのです。先ほど僕が見てからまだそれほど時間は経っていません。ほかの誰かが片付けたとは考えにくいものがあります。僕が怪訝に思っていると上から声がしました。
「カァー」
 僕が見上げると電線にとまったカラスが一羽、僕を見下ろしていました。
 僕もやっぱりカラスは嫌いです。
 じゃ、また。

紙.gifジャーック!




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