<やめる人々>

pressココロ上




 訳あって先月は貸し店舗を探していました。今週はそのときのできごとを綴ります。
 広さ10坪、家賃10万円以内でしかも居抜きの物件となるとなかなか見つかりません。インターネットでいろいろなサイトをこまめに見るようにしていました。検索条件に「居抜き」と入力すると物件の数さえあまりありません。「ないもんだぁ」と思っているとある考えを思いつきました。
 「居抜き」であっても「居ぬき」と表示されていない可能性もあるかも…。そう考え「居抜き」以外の物件を見て居抜きの可能性のありそうな物件を探してみました。
 あったんです。物件の内容を事細かに読んでいくと設備の欄や備考の欄に「居抜き」を想像させる内容が書いてありました。
 飲食店は立地環境が売り上げに大きく影響を与えます。かと言って人通りの多い場所は家賃も高く、また保証金なども高く簡単に手が出せるものではありません。個人が商売をするにはあまりにリスクが高すぎます。そうなると人通りは多くなくともそれを補う要因がある物件を探すことになります。
 訪れた物件は商店街からはずれた住宅街との境目に立地していました。駅から歩いて15分くらいです。やはり人通りはありません。店内の広さは6坪ほど。ホールの造作は木目調で統一されており落ち着いた雰囲気がします。厨房の広さは一坪強くらいで狭くラーメン店には不向きな感じでした。空き店舗になってから半年が過ぎており以前はアルコールを中心にしたおしゃれなお店だったそうです。
 基本的に、不動産屋さんに前の方がやめた理由を尋ねると「店主の方が、もしくは家族の方が体調を崩して…」とか「親の介護で…」などと答えることが多いものです。やはり「売上げが悪くて…」とは言わないものです。「売上げが悪い」は即ち「立地環境が悪い」につながりますので当然ですが…。
 しかし立地環境の悪さを補う要因を探している私としては「その物件の情報をもっと知りたい」と考えます。幅4メートルの道路を挟んだ向かいを見ますと喫茶店が見えました。私はそこで話を聞こうと決めました。
 数日後、妻と喫茶店に行きました。
 前回来たときに喫茶店の中から大きな声で話をする女性がいることはわかっていました。
 小奇麗な木製のドアを開けると「いらっしゃいませ」という聞き覚えのある声がしました。店内には70才くらいの男性がひとり雑誌を読んでいます。店の広さは私たちが見た物件の2倍は優にあります。私たちは道路側のテーブル席に座りました。4人がけテーブル席が全部で8つ、カウンター席は4つです。
 私たちがテーブルに着くと同時に雑誌を読んでいた男性がお会計を済ませました。お会計の感じでは男性は常連客のようでした。私としては店周りの情報を聞くのが目的ですので店内に誰もいなくなるのは好都合です。
 注文したものを女性が持ってきたときに私は声をかけました。
「すみません。向かいの物件を借りようかと思ってるんですけどお話を聞かせていただけませんか?」
 私の申し出に女性は快く応じてくれ隣のテーブルに腰掛けました。
 女性はそこでお店を始めて30年過ぎていました。はじめたきっかけは、ご主人がたまたま貸し店舗を見つけ奥さんに喫茶店を勧めたそうです。長く続いている喫茶店などはこのように家族内での副業といったケースは多いものです。ご主人の給料で生活をまかなっているので利益に対して神経質になる必要がないケースです。もちろん女性は喫茶店の経験などありませんから始める前に喫茶店の学校に通ったそうです。女性を擁護するために言いますと、いくら副業とはいえ喫茶店を営むことは並大抵の苦労ではありません。やはり人を雇わなければなりませんしお客様の接客にも神経を使っているはずです。30年も続いているのは女性の努力の賜物です。
 女性は現在の自分のお店についても状況を包み隠さず話してくれました。売上げは10年前の約半分に落ちているそうです。30年の間に向かいの店舗のオーナーは15人くらい代わっていました。一番最後のオーナーはわずか2ヶ月で閉店したそうです。
 そのオーナーはバリ島に魅せられてバリ島の雰囲気のお店を作ったのでした。開店前は自分でも内装に凝り夜遅くまで奥さんと二人で自分のコンセプトに合ったお店にすべくがんばっていたそうです。それがわずか2ヶ月で閉店したそうですからそのオーナーの無念さがわかります。しかしあまりに内装に凝ることはお店を失敗する「よくあるケース」でもあります。自己満足に陥りやすいのです。
 喫茶店の家賃は私が見た物件より安いものでした。女性は大家さんが「時代が時代だから安くする」と下げてくれたことが続いている理由でもある、と話していました。こんないい大家さんもいるのが驚きでした。
 バリ島のオーナーの前のオーナーについても教えてくれました。
 スパゲッティ屋さんでやはり30代の夫婦が開業したそうです。開店当初は近くのヤングミセスの方々が列をなしていましたが、半年もすると客数が激減したそうです。オーナーはそれを回復すべくチラシを打ったりインターネットで宣伝したりと工夫をしていたそうですが、宣伝した当初は列ができても1ヶ月もすると元の状態に戻っていたそうです。
 商売って難しいですね。結局その物件はあきらめたのですが、来週は違う物件で出会った定食屋さんを閉店する30代夫婦のお話をしたいと思います。
 あっ、そうそう…僕ももうすぐやめる人…。
 じゃ、また。

紙.gifジャーック!




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