<裏づけ>

pressココロ上




 先週ご報告しましたように、またまた飲食の仕事に従事するようになりました。約1ヶ月半が経過したわけですが、その間に身体の一部に変化が現れました。それは手の荒れです。私より妻のほうが激しく人差し指と言わず親指と言わず至るところが赤切れ状態になってしまっています。これがとても痛いのです。
 人間が普通に生活していくうえで指は必ず使いますから大変です。なにかを持ったり押さえたりするときに当然指に力を入れますが、そのときに切れた箇所が「ズキンッ」と痛みます。ですから一日に何度も痛みを感じることになってしまいます。夫婦揃って「痛い」が口癖になりそうです。
 手の赤切れで思い出すのは小学校6年生のときの同級生です。名前はワカバヤシさんと言います。真面目で明るい女の子でした。クラスの学級委員長も務めていました。小学生の頃は委員長になるのは「成績のよい子」と相場が決まっていましたからワカバヤシさんはもちろん頭もよかったのです。ここまで話しますとワカバヤシさんの人物像として活発でリーダー性に優れていると想像するかもしれませんが、決して前に出てでしゃばるというタイプでもありませんでした。派手・華麗というより地味・謙虚という言葉が似合う女の子でした。一言で言うなら「しっかり者」です。
 一クラス40名から50名の学級では同級生と言えどもクラスの人全員と親しいわけではありません。しかも男子である僕は女子と親しく話をする機会もありませんでした。ですのでワカバヤシさんについて先ほど書いた内容はあくまで僕が同級生として感じていた印象です。僕にとってワカバヤシさんは「頭がよく人望があるしっかり者」の同級生でしかありませんでした。
 ある日、先生の指示で教室の壁を整理することになりました。そのときに先生に選ばれたメンバーは委員長であるワカバヤシさんを含む5名でした。その中に僕も入っていました。少ない人数での作業ですので僕はワカバヤシさんと話をする機会も多くまた一緒に並んで作業をすることも出てきます。
 僕が壁に貼ってある大きな模造紙をはずしていたときです。僕一人では手に負えず近くにいたワカバヤシさんに声をかけました。
「ねぇ、ここ少し押さえてよ」
「わかったー」
 ワカバヤシさんは元気な声で僕の隣にきました。そして「ここでいい?」と言って僕の目の前に右手を出してきました。僕の目にはワカバヤシさんの手の甲が映りました。僕は少し驚きました。ワカバヤシさんの手の甲がほかの女の子と違っていたからです。
 その頃の僕は「女の子の手はすべすべしていてきれい」という印象を持っていました。実際、僕の知っている女の子の手はみんな手入れがされていてすべすべしていたのです。しかしワカバヤシさんの手の甲は違っていました。
 それから幾日か過ぎ、僕はたまたまワカバヤシさんの噂を耳にしました。ワカバヤシさんの家庭は「お父さんが亡くなっており母子家庭」だったのです。そしてワカバヤシさんは年下の兄弟姉妹のために家事もこなしていたのでした。僕は思いました。ワカバヤシさんの手の荒れは勲章なんだ、と。それからの僕は女性を判断する要素として「手を見る」ことが習性となりました。
 大学生の頃、コンパで隣に座った女子学生は言いました。
「私、母を助けようと思って家事もちゃんとやってるんですよ」
 その女子学生の手は洗剤を使ったことがないようなとてもきれいなすべすべしたものでした…。
 
 前の日に友だちと遊びに行って深夜遅く帰ってきた娘と晩ご飯を食べていたときのことです。
 娘が言いました。
「昨日、帰りに駅でヨシミさんと偶然会ったの。驚き」
 ヨシミさんは娘が以前バイトしていたときの先輩です。当時、娘は1才年上のヨシミさんとよく遊びに出かけていました。ヨシミさんの実家は郊外の一等地にあり裕福な家庭のようで、ヨシミさんはいわゆるお嬢様育ちでした。娘は我が家と比べて「羨ましいなぁ」とよく愚痴っていたものです。娘は続けました。
「今、ヨシミさん大変らしいよ」
 僕が理由を尋ねると娘は答えました。
「おじいさんとおばあさんが高齢でヨシミさんが家事を手伝うために実家を出て一緒に住んでるんだって」
 以前娘から聞いた話によると、ヨシミさんの家系は代々裕福な家庭のようでした。ヨシミさんの祖父母の住まいは都心の一等地にあり中流家庭では住めないところです。当時、ヨシミさんは遅くまで遊んだ日は繁華街から近いこともあり「今日はおじいちゃんの家に泊まる」と聞いていました。その祖父母の生活を援助するために今は同居している、とのことでした。
 僕は言いました。
「仕事もあっておじいさんたちの生活の面倒もみるんだったらホント大変だろうな」
「そうだよね。偉いよね」
 僕は娘に聞きました。
「その日はそんな遅い時間にどうして会ったの?」
 娘は答えました。
「友だちと飲みに行った帰りだって…」
 僕…、「ふ~ん…」
 ヨシミさんの手の甲はきれいかもしれません。
 じゃ、また。

紙.gifジャーック!




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