<元をとる>

pressココロ上




 店頭で「いらっしゃいませー。お買い得ー」と叫んでいますと60才くらいの男性が店先に近づいてきました。メンチを2個注文するとその場で食べはじめ僕に話しかけてきました。
「オレもこういう商売やろうと思ったんだよね」
 新聞に興味深い記事が載っていました。最近、軽ワゴン車でお弁当など飲べものを販売する商売が増えているそうです。店舗を構えて商売をするより資金がかかりませんので始めやすいのが人気の要因のようです。プチ独立といったところでしょうか。
 「最近」と書きましたが、実はこうした仕事はずっと前からありました。僕がラーメン店を始めた20年前も同じような内容の記事を読んだ記憶があります。
 2~3週間前にどこかのテレビ局で特集をやっていたようで、買いに来るお客様の中に「この前、テレビでやってたよなぁ」などと言う人が数人いました。話によりよりますと「一坪商売」としていろいろな業種を紹介していたそうです。
 経済誌を読んでいましたら起業家を紹介するコーナーで、クリーニング宅配で独立した方が取り上げられていました。こうしたクリーニング形態もやはり20年前もありました。移動販売車と同じように雑誌で紹介もされていました。
 脱サラ・起業に関連したこうしたマスコミ情報に接するたびに思うことがあります。
 「昔から同じことの繰り返し」だよなぁ…、と。ただ「人が入れ替わっている」だけです。そうした人たちの中のほんの一握りの人だけがなにかのきっかけで発展し成功しています。ほんの一握りの人以外の人、つまりほとんどの人は投資したお金を失うだけの結果になっています。
 脱サラ・独立を勧める雑誌を読んでいましたら、あるFC本部の社長のインタビューが載っていました。その中で社長はこう話していました。
「ウチの加盟店は廃業するにしても『元はとっている』から損はしていませんよ」
 ここで大切なのは「元をとる」の定義です。「元をとる」とはどういうことをいうのでしょう。
 答えはズバリ! 廃業した時点で投資した金額以上の資産が手元に残っているか、です。資産とは「現金」でもいいですし「家」でもいいですし「金の延べ棒」でも構いません。例えば300万円投資したなら廃業したときに最低でも投資した金額と同額の300万円が残っていなければ独立した意味がありません。細かく正確に考えるならば300万でも意味があるとは言えません。
 FC本部の中には次のように説明することがあります。
 「300万円投資したとして毎月10万円利益が出れば3年で元はとれる」
 つまり10万円×36ヶ月=360万円。投資した金額より60万円も儲けている、というわけです。しかしこの考えは間違っています。なぜなら投資した人がその仕事に従事しているからです。もし純粋にオーナーとして投資しただけなら60万円を「儲けた」」と言ってよいですが、仕事に従事するなら「儲けた」とは言えません。
 もう少し詳しく説明しますと、300万円を投資せず預金したままで3年間をパートに出たなら時給800円としても7時間働いて800円×7時間=5,600の収入があります。日給が5,600円です。1ヶ月に20日働いたとして5,600円×20日=112,000円です。その収入が36ヶ月ですから4,032,000円です。300万円を投資せず預金したままでパートに出たなら3年後には300万円+4,032,000円=7,032,000円が手元に残っているのです。月10万円の利益で3年間で「元はとれる」という言葉に惑わされてはいけません。
 簡単に言いますと、脱サラ・独立したならば廃業した時点で「投資した金額」と「パートに出た場合の収入」の合計額以上が手元に残っていなければ「元をとった」とは言えないのです。
 具体的に言うなら、「1ヶ月の利益」は「外に出て働いた場合に得るであろう給料」と「投資した金額を営業期間で割った額」を合計した金額以上でなければ「元をとる」ことはできないのです。
 「例え」として「3年」という期間で説明しましたが、これは私の経験上、脱サラで飲食業をはじめた人が廃業する割合が最も高い期間も3年です。
 当然のことですが、営業している期間が「長ければ長い」ほど独立した意味があります。先ほどの例で言いますと、300万円投資した場合、1ヶ月の利益が10万円なら30ヶ月間は自分の預金を「食いつぶしている」ことと同じです。300万円を預金しているだけなら30ヶ月で終わりですが、投資しているわけですからそれ以降も1ヶ月10万円の収入は続きます。廃業しない限り、または売上げが落ちない限りこの収入は続くのですから300万円を預金しているよりは有効に運用していることになります。そしてこの点だけが「300万円の投資に対して10万円の利益しかない」ことの意義です。
 「意義」とは「収入を得る場がある」ということです。もしパートに出ていたならリストラでクビになるかもしれませんし、人間関係で辞めざるを得なくなるかもしれません。自分で独立しているならそうしたことはありません。これが「意義」です。
 しかし、あくまで「意義」であって決して「儲けた」わけではありません。「元をとった」わけでもありません。「元をとる」にはあくまで投資した金額とパートに出て働いた収入の合計額以上の利益を得る必要があります。反対に言うなら、毎月の利益から「パートに出た場合に得るであろう収入」を差し引いた金額が「儲け」です。先ほどの例で言いますと、300万円投資して1ヶ月の利益が10万円ならパートに出て得る収入112,000よりも少ないのですから「元をとる」どころか「独立をした意味がない」のです。独立などしないでパートに出て働いたほうがよいのです。
 仮に、1ヶ月の利益が20万円なら20万円-112,000円=88,000円ですので300万円の元をとるのに300万円÷88,000円=34.09…ヶ月です。約3年で元がとれそれ以降が儲けになります。3年以上営業を続けないと意味がないことになります。でもその3年以上営業を続けるのはとても難しいのです。
 脱サラ・独立について数字だけで考えてきましたが、脱サラ・独立する理由は人さまざまです。「儲け」より「人間関係のわずらわしさから逃れたい」という理由で脱サラする人もいるでしょう。そういう場合は預金を食い潰す気持ちでいるならばそれも一つの考え方です。ただ真剣に向き合わないと「投資した全額」を短期間で食い潰す危険があることを頭のどこかに入れておきましょう。
 店先にきた男性は小さな店構えを見渡したあと言いました。
「単価が低いからあんまり儲からないんじゃない。それにこういっては失礼だけど大人の男がやる仕事じゃないよなぁ…」
 僕は、声色を変えて言いました。
「実はワタシ、オカマなんですよ」
 男性はニヤリとすると立ち去って行きました。
 じゃ、また。

紙.gif4コマ漫画
ジャーック!




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