<敵に塩>

pressココロ上




 先日、近所に住んでいるご主人と話をする機会がありました。ご主人は僕より10才ほど年上で現在は庭木の手入れをする職人さんをやっています。いわゆる庭師という仕事です。
 ご主人の頭髪がきれいに刈られていたので僕が
「床屋さんに行ってきたんですね」と
話しかけたのがきっかけです。ご主人が言いました。
「床屋さんも大変らいしいよ。昔に比べて床屋さんを利用する人が減ってるもんな」とはじまり僕たちは仕事談義に花を咲かせました。
 新聞の広告欄には「趣味を活かして収入に」というキャッチコピーで通信教育の宣伝が載っています。自己負担で技術を習得し就職なり独立なり仕事に結びつけようという考えはすばらしいことですが、実際は難しいようです。それよりは、好きなことを続けている間にそれがなんとなく「偶然に」、もしくは「きっかけ」になって仕事になったケースのほうがよい結果につながるような気がします。
 近所のご主人もそのケースで庭師になったそうです。
 ご主人は契約社員として働いていた50才代に庭師の業界に足を踏み入れたのでした。契約社員でしたので1ヶ月フルタイムで働いていたわけではありません。時間を持て余していたところ、たまたま庭師をやっている知人から「人手が足りないから手伝ってほしい」と言われたのが業界に入ったはじまりでした。
 ご主人の場合は「好きで」の理由でもなく、単に「嫌いでなかった」のが理由でしたので当然のことながら庭師の仕事についてはなんの知識も技術もありませんでした。最初の頃の仕事は「切られた木を集めること」と「清掃」など雑用が中心でした。しかし、少しずつ技術を教えてもらい現在は立派な職人さんです。職人さんとして一人前になる方法としては理想的な姿ではないでしょうか。技術を取得するのに全く費用をかけずに身につけ、そして収入に結びついたのですから…。
 ご主人の話では職人と言われる職種は一般的に収入がお天気に左右されることが多いようです。ご主人はサラリーマンの経験も長いですので「より強く」感じたようでした。しかし、収入がお天気に左右されるのは職人さんに限ったことではありません。商売をしていても同様です。雨が降りますと売上げは必ず落ち込みます。職人さんのように全くゼロになることはありませんが、収入がお天気に左右されるのは職人さんと同じです。
 雨が一日中降っていたある日、閉店間際の時間でのできごとです。
 その日はやはり売上げが悪く「参ったなぁ」と思いつつ最後の追い込みをかけるつもりで大声で呼び込みをしていました。しかし時間も遅いので人影もまばらで、たまに店先を通る人も僕の「いらっしゃいませー」「お買い得~」の声にチラッとこちらを見ただけで通り過ぎてしまいます。
 それでもあきらめずに声を張り上げていますと、つい先ほど店の前を通り過ぎた60才くらいの男性が歩き去って行った方角から戻ってきました。そして店の前にくるとニコッと笑いながら言うのです。
「戻ってきちゃった」
 男性はメニューを見ながらいくつか注文すると千円札を出しました。僕がお釣りを渡そうとすると言うのです。
「お釣りはいらないから…」
 お釣りは500円以上あったのにです。僕がうれしさのあまりいくつかサービスをしたのは言うまでもありません。男性に熱くお礼を言って商品を渡したとき男性はまたニコッとして言うのです。
「一生懸命やってると商売は必ずうまくいくから…」
 僕の今までの経験上「一生懸命やったからといってうまくいくとは限らない」ことはわかっていますが、それでも男性の心遣いはとてもうれしいじゃぁあーりませんか。
 店と客は相対する立場です。究極的に言うなら店が得をすることは客が損をすることであり、客が得をすることは店が損をすることです。その相対する立場にいながら相手の立場も思いやる気持ちを持つことは世の中を「さわやか」で「気持ちのよい」社会にします。そして相対する立場に強弱の関係があるときは、強い立場にいる者が「より意識する必要がある」と思います。もし強い立場が権力を持っているなら尚更です。
 朝鮮総連中央本部のビル売却に絡み元公安庁トップが東京地検特捜部から家宅捜索を受けた、と報じられました。公安庁とは朝鮮総連を取り締まる立場にある組織です。その組織のトップだった人間が取り締まる側に手を差し伸べる行為のようでした。まだ真相はわかりません(6月15日時点)が、先週のニュースで私の中では最も印象に残るニュースでした。
 私はこの元トップの行為を好意的に評価したいと思っています。かつて水俣病問題で患者と相対する立場である政府にいながら患者の方々の気持ちに思いをはせていた官僚もいました。また、入国管理を審査する側にいながら退職後に難民を支援する組織を作った官僚もいました。私は今回の公安庁の元トップの行為も同じ流れなのではないかと思っています。
 私は、権力を持っている者は常に少数・弱者の気持ちを慮る感性を持つべきだと思います。
 
 駅まで歩いていましたら数メートル先に床屋さんの看板が見えました。いつもなら気にもとめずにに通り過ぎるのですが、数日前近所のご主人から「床屋さんはお客さんが減っている」と聞いていましたのでつい中を覗いてしまいました。そして僕は「床屋さんのお客さんが減るのも時代の流れなんだなぁ」と実感したのでした。
 お客さんのいない店内では、店主らしき人が一人で外のほうを向き立ったままヒゲを剃っていたのです。
 電気シェーバーで…。
 じゃ、また。

紙.gif4コマ漫画
ジャーック!




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