<なにを売るか?>

pressココロ上




 またしても中越地方で大規模な地震がありました。地震に襲われるかどうかは自分で決めることはできませんし、地震に襲われないようにする努力ということもできるわけではありません。地震災害を見ていますと「自然の力に人間はとうてい及ばない」という謙虚な気持ちにならざるを得ません。
 それにしても倒壊していたのは古い家屋でした。やはり年数が経った建物はいろいろな部分に傷みが蓄積され壊れやすくなっていたのでしょう。ある意味仕方のないことなのかもしれません。
 古くなってくると「いろいろなところに傷みが出てくる」のは人間も同じです。作られてから50年経った僕の場合は歯に出てきてしまいました。先日、一気に歯が3本も抜けてしまったのです。さすがに3本はショックでした。
 抜けたのは下の奥歯です。この歯たちは十年以上前から3本連なって銀を被せていました。ですので歯を磨く必要はないのですが、歯垢を取るために歯と歯茎の境目は毎日丁寧に磨いていました。ところがある日その3本分が浮きグラグラしだしたのです。それまでにも上の歯は左の奥歯が3本、下の右の奥歯も2本は抜けていたので、その部分についてはすでに部分入れ歯になっていました。この状態に新たに部分入れ歯3本が加わったのですから、残りの自分の歯は15本になってしまいました。なんとしてもこの15本だけは死ぬまで守りたいと思っています。
 僕には行きつけの歯医者さんがいます。テキストをお読みになった方はご存知と思いますが、僕がラーメン店を営んでいた店舗のあとに開業した歯医者です。歯医者さんに行きますと、先生は「ああ、大変でしたね」と言いながら今後の治療法を説明し処置をしてくれました。
 僕はこの先生が大好きです。理由は優しいからです。50年間生きてきて初めて「よい歯医者」さんに出会えたと思っています。それまでの歯医者さんは「感じのよくない」先生が多かったのです。中には「歯茎が弱いから治療しづらい」と怒る先生さえいました。そうしたとき僕はいつも「なんでお金を払う立場なのに怒られなくちゃいけないんだ」と思っていました。そうした先生に比べると今の先生は患者の気持ちを汲んでくれます。それに無理に高額な治療法を勧めるのではなく安い治療法を勧めてくれます。ですので全体的な治療費は安いです。…たぶん。
 「治療費が安い」と書きましたが、それが事実であるかどうかは本当はわかりません。先生の感じのよさが僕に「そう思わせて」いるのです。こういうとき先生は「歯の治療」を売っているのではなく歯の治療を通して「感じのよさ」を売っているのです。そして僕はそれに満足しています。
 家の近くの中華料理店が閉店しました。開店してから半年も経っていませんでした。やはり僕の経験上、開店時から気にはなっていました。
 店主の方は30才~35才くらいのようでした。僕たちと同じように夫婦で営んでいました。開店当初、店の入口横に立っていたノボリの文字は「中華料理」でした。それが2ヶ月を過ぎた頃から「ラーメン」という文字に変わりました。少しでも入りやすい雰囲気にしたかったのでしょう。「中華料理」では一見のお客さんが入りづらいものです。少しでも敷居を低くしようとして一般の人に馴染みがあり単価が低い「ラーメン」に変えたものと思われます。
 実は、僕はこのお店の店構えは「あまりよくない」と思っていました。理由は外から店内が全く見えないのです。入口のドアも狭いですし、曇りガラスで覆われていました。店内が見えないのはお客様に不安感を与えるものです。外から見えるのは、縦1メートル横2メートルの窓を通しての調理場だけでした。たまに通りがかったときに中を見ますと奥さんらしき人がお皿を洗っている姿が見えました。そのうしろ姿はいつも疲れているような感じがしていました。
 僕は一度だけこのお店に食べに行ったことがあります。閉店する1ヶ月前のことですが、ドアを開けますと客席は奥に向かってテーブルが4つ並んでいました。一番手前が2席であとは4席のテーブルです。突き当たりの壁には大きな薄型テレビが置いてありました。僕たち家族が入店したとき、お客さまは誰もおらず店主がテレビの前でテレビを見ていました。
 客席の通路は幅1メートルほどで、客席と調理場は壁で仕切られており客席からは調理場は全く見えません。僕たちが一番奥のテーブルに座ると店主の方はお冷を持って来て「ご注文が決まりましたらお呼びください」と奥に引っ込んでしまいました。店主の服装は普段着の格好でした。ジーパンに開襟シャツ、そしてエプロンをつけていました。実は、お客さまに店のポリシーを伝えるのには店主の服装も大切な要素です。その意味で言いますと、普段着の格好で仕事をしているのはマイナスの印象を与えてしまいます。注文した料理はそれなりにおいしかったのですが、全体的な印象は「また来たい」とは思わせないものでした。
 このお店の立地は「あまり」どころか「全く」よくない条件でした。この店が開店する前は「飲み屋さん」が営業していました。60代の恰幅のよいおじさんとおばさんが営んでいました。客層はお酒の好きな近所のおじさんたちです。このような店はお客様が固定してしまうので売上げも低いところで頭打ちになってしまうものです。それでも15年くらいは続けていたのではないでしょうか。
 実は、この店舗の並びにはかつてテレビにも取り上げられたラーメン店が入っていました。みのもんたさんが司会をしていた番組です。元々お客さんはいませんでしたが、テレビで放映されてから数ヶ月はお客さまがたくさん入っていました。しかしその後は元の状態に戻り、その数ヵ月後に閉店してしまいました。とにかく飲食店の立地条件としては適していない場所だったのです。
 僕が通勤途中に通る場所に有名なラーメン店があります。この店は僕がラーメン店を開店する以前から「行列ができる名店」として有名で、現在も営業しているのですから尊敬できる店です。このお店は「行列ができるからおいしい」と有名ですが、それ以前に「立地条件」が「すばらしくよい」のです。店の雰囲気や従業員の接客態度などは好印象を与えませんが、それらマイナス面が逆にプラス面になっています。
 この店は元々「屋台を引いていた店主」が店舗を構えたということで有名になった店です。やはり定期的にマスコミに取り上げられているようですが、立地条件がよい→狭いから外に並ぶ→マスコミに取りあげられる→ぶっきらぼうな接客態度がよい意味になる、といった好循環になっています。このお店の場合は、ラーメンを通して「有名なお店で食べたという満足感」を売っています。
 基本的に、飲食店や小売業など消費者に直接接する業種は立地条件が売上げの大半を決めますが、それをクリアしたあとは「なにを売るか?」が大切な要因です。先ほどの歯医者さんは歯の治療を通して「感じのよさ」を売っていますし、有名なラーメン店はラーメンを通して「有名であること」を売っています。その意味でいいますと、閉店してしまった飲食店は立地条件もよくありませんでしたが、そのうえに「売るべきもの」を決めていませんでした。「おいしい料理を提供する」だけではお客さまは来店してはくれません。媒介するものを通して「なにを売るか」を明確にすることがとても大切です。
 地震が起きたとき、僕は思いました。もし、地震の数日前に開店したばかりのお店があったらかわいそうだなぁ、と。どんなに万全な準備しても自然という人間の力では及ばない出来事も起こります。
ところで…。
 家にいますとセールスの電話がたまにかかってきますが、そのたびに断るのに一苦労しています。
 ある日、保険のセールス電話がかかってきました。僕は「自分は以前は保険を販売していて保険については詳しい」という話をして丁寧に断りました。そして電話を切ったとき僕は「セールス電話を簡単に断る方法」を思いついたのでした。この方法ですと、相手の人は感単にあきらめてくれます。
 それ以来、どんな業種の電話がかかってきても「たった一言」で、しかも相手を傷つけずに断ることができるようになりました。セールス電話とわかると僕はすぐにこう答えます。
「私も同業者なんですよ」
 じゃ、また。

紙.gif4コマ漫画
ジャーック!





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