<顔つき>

pressココロ上




 僕の大学時代の友人は現在ある地方で市議会議員をしています。卒業後は年賀状のやりとりだけで会うことはありませんでした。友人から届く年賀状はごく一般的な内容で文章が書いてあるだけでした。
 ある年、その友人から届いた年賀状に自分だけが写っている顔写真が印刷されていました。それを見て僕は感心したのでした。友人の大きく映った顔には「威厳」が漂っていたのです。議員という社会的地位の高い、そして重い仕事に従事していると自然と立派な顔つきになるのでしょう。よく「地位が人をつくる」と言いますが、それを実感した写真でした。
 友人の顔写真を見たあと僕は鏡を見ました。そこにはたたシワが増えただけの平凡な顔しかありませんでした。まぁ、自分にふさわしい顔だとは思いましたが…。
 福田新総理が誕生して1週間が過ぎました。官房長官の役職を長く務めていましたのでたくさんいる政治家の中でも政治家らしい顔つきになっているのはもちろんです。報道によりますと50才を過ぎてからの政治家への転身だそうですが、初当選時の写真と比べると現在の顔つきのほうがやはり威厳があります。しかし、仕事の重責という点でいうなら官房長官と首相ではその重さに天と地ほどの差があるでしょう。今後、福田総理はどのような顔つきになっていくのでしょう。
 テレビニュースを見ていますと、福田総理が官邸に歩いて入って行く姿がよく映ります。そのとき福田総理はいつも右手を軽く上げているのですが、その仕草がギコチなく見えます。まるでロボットが上げているように思えてしまいます。
 この「右手を上げる」パフォーマンス、小泉首相は実にスマートにこなしていました。いかにも「ヨッ!」といった感じでした。やはり劇場型政治の主人公を務めていただけのことはあります。それに比べて福田氏のパフォーマンスは、振り付け師に教えられたアイドルが「動きをまだ自分のものにしていない」状態で踊っている感じです。しかしアイドルが売れるのは「踊りがうまい」ことだけが条件ではありません。そのアイドルに光り輝くものがあれば売れます。福田総理は光り輝くものを発揮できるでしょうか。
 店の中から通りを歩く人を見ていますとその顔つきも様々です。元気のありそうな人、気分が落ち込んでいるような人、なにか考えごとをしていそうな人などいろいろと推測できます。
 先日はいかにも「仕事がうまく進んでいない」といった感じの中年男性が通り過ぎました。そのうしろ姿に自分を重ねていますと、突然「ガシャン! ガガガ…」という音がしました。僕は驚いて音のしたほうを見ました。
 そこには軽ワゴン車がガードレールとぶつかっている光景が見えました。店から十メートルほど先のところでしたので、軽ワゴン車の左側面がガードレールで擦れ傷ついているのがはっきりとわかりました。
 そのワゴン車は記憶に残っていました。数分前に道路から店横の駐車場に入ってきた車だったからです。しかも運転者は女性で、すぐに初心者とわかるほど「自信なげ」が運転席から滲み出ていました。運転に不慣れな人は運転動作がギコチなく必要以上に顔をキョロキョロするのが特徴です。
 そのワゴン車が駐車場から道路に出ようとしてぶつかったようです。車は止まった状態でしたが、その場所は芳しくない位置であり体勢でした。車の前部分約半分が道路に突き出た状態だったのです。道路は幹線道路ですので2車線ありますが、その歩行者側の車線を塞いでしまっていました。しかもラッシュ時でしたので車の通行量が多く軽ワゴン車の運転者が焦っているようすがわかります。車は少しバックしては止まり、また少し前に進んでは止まりを何度か繰り返し、そしてとうとう動かなくなってしまいました。
 車が動かなくなって数秒後、運転席のドアが開き運転者である女性が飛び降りてきました。僕が「どうするのかな?」と思っていると、なんとそのままどこかに走り去って行ってしまいました。
「ウソ?!」
 僕は思わずつぶやきました。もしかすると運転していた女性はパニックのあまり逃げ出したくなったのかもしれません。しかし車は幹線道路に突き出たままの状態です。
「いったいこの先、この状況はどうなってしまうのか…」
 僕は他人事ながら心配になってきました。退勤時の時間でしたので通行人もたくさんいます。ほとんどの人が軽ワゴン車を不審気な目で眺めながら歩いていきます。
 どれくらいの時間が過ぎたでしょう。しばらくすると運転していた女性が走って戻ってきました。僕は「誰かに連絡をとって応援を頼んだのかもしれない」と思いましたが、女性の動きを見ていますとそうでもないようです。店先から5メートルくらいのところで立ち止まった女性の動きには不安と焦りがないまぜになって表れていたからです。
 女性はわけもなく右を見、左を見、なにかを探していました。そして何度も周りを見渡して…、そのときです。僕と目が合ったのです。3秒くらい見つめ合ったでしょうか。すると女性はおもむろに僕のほうに真正面に向き直り、直立不動の姿勢になり、両の手のひらを上向きにして重ね僕のほうに差し出し、そして深々と頭を垂れました。
 両の手のひらの上には車のキーが乗っていました。
 もちろん僕はすぐさま助けに行きました。鍵を受け取り運転席に座るとエンジンをかけました。僕は車を動かそうとアクセルを踏みましたが、思うように動きません。僕は車の外に出てガードレールと接触して部分を見ました。ガードレールは車の側面に接触しているだけではなく食い込んでいました。これでは女性が動かせないはずです。結局、僕は3~4度切り返しをして無事ガードレールから離れ安全な場所に移動させることができました。いやぁ、よかったよかった…。
 それにしても…。
 両の手のひらを前に差し出し深々と頭を垂れる格好はなにも知らない他人が見たら教祖様を崇めている信者のようです。多くの通行人がいる中での行為ですから普通ならできないでしょう。しかしそれをやるのですから女性がどれほど切羽詰っていたかがわかろうというものです。
 人間は切羽詰るとなにをしでかすかわかりません。例えば、一国の総理が国会での所信表明のすぐあとに政権を投げ出すこともあります。僕も気をつけよう…。
 ところで…。
 僕が女性を助けたのは「困っている人を見逃せない」という「思いやり」の気持ちからなんですけど、実はそれ以外にももう1つ理由があるんですね。妻には内緒なんですけど、その女性…とってもきれいな人だったんです。エヘヘへ…。
 じゃ、また。

紙.gif4コマ漫画
ジャーック!




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