<後始末>

pressココロ上




 仕事をしていますと一つや二つはトラブルは起きるものです。大切なのは起きたトラブルをどのように処理するかです。後始末のやり方次第でトラブルは吉にも凶にもなります。
 先日、ブックオフに行ったときの光景です。時間はまだ午前中でしたのでお客さんはまばらでした。そのときは本を買いに行ったのではなくお店で使うCDを買いに行ったのでした。目当てのCDがなかなか見つからず時間がかかってしまいましたが、ようやっと見つけた頃にはお客さんの人数も増えていました。
 私がいつも利用するブックオフは今から8~9年前に開店したお店です。僕が知っているブックオフの中でも大型店のほうに入ります。ブックオフもFCですが、開店当初は毎日現場にいたオーナーの姿も最近では全く見られなくなりました。純粋にオーナーの立場になっているようです。オーナーが現場に出ずアルバイトの方だけで店舗運営を行っているのですからFC本部としてはかなりしっかりとしたシステムを築き上げている証かもしれません。しかし投下資本の金額はラーメン店などと比べると多大ですし簡単にはじめられるものではありません。実際に閉店に追い込まれているお店もありますから安易に「よいFC本部」と言い切ることはできません。
 ブックオフは今年6月に問題を起こし創業者である坂本会長が辞任に追い込まれました。ネットの世界では加盟店オーナーの不平不満が数多く掲載されていましたが、オーナーの不平不満はどこのFCでも聞かれますから珍しいことではありません。そのことよりも私が問題に感じているのは著作権への対応です。
 ブックオフは安い価格で本を流通させていますのでそれ自体は私は評価できると思います。しかし著作権への対応を無視したままの現在の状況は問題があります。刺激的な言い方をするなら「他人が作ったものを無断で勝手に売っている」のと同じことですから作家の方々が怒る気持ちもわかります。現在、出版業界と話し合いを持っているようですが、著作権に対しても配慮したシステムを構築して初めて健全なFC本部になり得ます。
 さて、話を戻しますと…。
 目当てのCDを手にレジに向かいますと2台あるレジの奥のほうで中年男性とお店の従業員二人が向かい合い緊迫した感じで話し合っていました。従業員は30代半ばの男性と20代前半の女性でした。女性はうつむき加減で落ち込んだ雰囲気がありました。黒縁の眼鏡をかけたいかにも真面目そうな感じの男性従業員は背筋を伸ばし両手を前に組み真剣な眼差しで中年男性に対していました。そのようすから察しますと中年男性がクレームを言っているようです。
 レジに近づくにつれ言葉のやりとりも聞き取れるようになりました。
「……だろ」とか「そっちが勝手にやったんだからおかしいだろ!」といった中年男性の言葉が聞こえてきました。中年男性はレジ台に広げた用紙を指差しながら語気を強めています。男性従業員は姿勢を正したまま中年男性の顔を見つめ話を聞いていました。
 私がレジの前に立ちますとほかの従業員が飛んできました。ほかの従業員からも緊張感が感じられます。精算をする間、中年男性と従業員のようすをうかがっていますと語気を強める中年男性に対して男性従業員の方は二言三言言葉を返していました。言葉を発する割合は中年男性9割男性従業員1割といったところです。そのときの男性従業員の目は中年男性の目を見つめたままで一度も視線をはずすことはありませんでした。まるで一度でも視線をはずしたなら「負けを認めたことになる」と思っているかのように、中年男性の目を見つめ話を聞き言葉を返していました。
 私は精算を済ますとお店を出ましたのでその後どうなったかは、わかりません。しかしお店を出たあとも男性従業員の対応が心に引っかかって離れませんでした。
 男性従業員は外見からの雰囲気は真面目で実直に感じられます。私の想像ではクレームを言う男性に対して「きっちりと対応しなければ」と思っていたように感じます。その結果が「あの視線」になって表れたのでしょう。相手の言う内容をきちんと受け止め逃げずにしっかりと対応するつもりだったと思います。しかしあの場面での「あの視線」は逆効果でした。「しっかりと受け止めよう」とする意図が相手にとっては不快感にしか感じていなかったように思います。
 読者の中にも経験がある方もいらっしゃると思いますが、人間は「怒り」が「怒り」を増幅させることがあります。怒鳴って怒鳴って怒鳴りまくるとその興奮でますます怒りが増すのです。怒りを持っている人と接するときはその怒りを静めることを第一に考えるべきです。その意味で言いますと男性従業員の対応は誤っていました。相手の目を見続けるという行為は相手の怒りを増幅させる効果があります。
 「しっかり」と受け止めようとすればするほど「受け止める」のはなく「撥ね返して」しまうのです。当然「撥ね返して」いるのですから相手の怒りはますます増幅してしまいます。では、どうするか?
 今回のようなケースでは「受け止める」のではなく「吸収する」のが正しい対応です。具体的な行為で言うなら、男性従業員は相手の目を見続けるのではなく「6~7割はうつむき加減で、そして頃合いを計って相手の目を見て」対応するのが正解です。相手の目を見続けるという行為は自分が意図するしないに関わらず「歯向かう」効果を出すことがあります。
 以前、日本の戦争中の映画を観たことがあります。その中で上官が兵士に対して罵倒する場面がありました。直立不動の兵士の目の前に立った上官は兵士の顔に自分の顔を近づけののしるのですが、ののしる言葉の途中で幾度か同じ言葉を繰り返しました。
「貴様ー、目を見るなー!」
 「相手の目を見る」という行為の難しさを表す一場面でした。大切なのはTPOです。それを間違えるなら「収まるもの」も「収まらなく」なってしまいます。後始末をすっきりとするためにはTPOを判断する能力を養いましょう。
 先日、当店でも次のようなことがありました。
 妻がレジの前に立ち僕が少し離れた場所に立っていました。お客さまが来ない時間がしばらくあったあと、見るからに恐そうな若い男性が店先にやってきました。そしてやぶからぼうに妻に話しかけてきました。
「ねぇ、ここのうまいの?」
 感じの悪い話し方に妻も少し抵抗を覚えながらもそれとなく返事をしました。しかし男性はメニューを見ながらさらにいじわるそうな目で話し続けました。
「なんかうまそうなのないね。どれがうまいの?」
 この言葉に妻はあからさまに不機嫌な表情を顔に出しレジの前を少し横に動きました。すると男性はさらに追い討ちをかけるように続けました。
「なんだよ。やる気ないの?」
 睨み付けるような男性の目でしたので僕が妻と場所を変わり応対をしました。そのあと言葉のやりとりはいろいろありましたが、どうにか男性を帰らせることができました。僕は妻の起こしたトラブルの後始末をしたわけですが、男性が帰ったあと妻と喧嘩です。
 このような悪質な客が来るケースもありますので僕は以前から妻にはそういうときの接客方法を常に話していました。しかし今回妻がそれを実行することなく感情的に対応したことを説教したわけです。もし僕が普通の職場のように上司であれば妻も説教をおとなしく聞いているのでしょうが、僕は妻の上司ではなく夫ですから妻もただ説教を聞いているだけではすみません。反論し言い争いになります。そして二人の言い争いは喧嘩に発展しました。
 喧嘩になりますと僕も頭にきたので妻に言ってやりました。
「いつも俺にばっかり後始末をさせるんじゃないよ」
 こうなりますと売り言葉に買い言葉、いつしか言い争いの種は仕事のことから離れ日常生活のことにまで及びお互いの非難合戦になってしまいました。そして妻は感情的になりついにはこう言い放ちました。
「じゃぁ、どうして私なんかと結婚したのよ!」
 そこで僕は少し間をあけてゆっくりと答えました。
「それはね…。恋の後始末」
 じゃ、また。

紙.gif4コマ漫画
ジャーック!




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