<記憶>

pressココロ上




 自営業者にとって面倒な季節がやってきました。そうです。確定申告です。申告期間は2月18日からなのですが、僕は年が明けるとすぐに準備を始めます。昨年までは保険代理店でしたので申告は比較的に簡単でした。収入は毎月会社から支払われる代理店報酬だけですから、それから経費を差し引くだけでよかったからです。
 しかし、今年の申告は面倒です。「売上げ」は毎日ありますし、ほぼ毎日支払う「仕入れ」もありますし営業に伴い発生する「経費」もあります。そして資産を償却する必要もあります。
 これらの作業をする必要に迫られるのですが、几帳面な僕としては作業自体は毎月整理していますのでそれほど大変ではありません。なにが大変かと言いますと決算および確定申告の具体的なやり方を忘れていることです。確定申告をするようになって20年以上が過ぎますが、それでも確定申告は年に1回です。悲しいかな、1年経つと忘れているのです。また、法律が変わっていることもあります。正しい申告をするにはやはり税務署から送られてくる「手引き」が必要になります。
 僕は「青色申告」なのですが、最近3年間は11月24日に「青色申告決算書」という書類が税務署から送られてきます。なぜ細かい「24日」という日にちまで書くことができるかというと、僕は税務署から送られてくるA4ほどの大きさの封筒に届いた日にちを必ず記しているからです。最近3年間の封筒を見ますと年月日が書いてあり「年」は違いますが、「月日」は全て11月24日になっています。…僕の几帳面な性格を自慢してみました。
 話は少し逸れますが、昨夜、R30というテレビ番組を見ていましたら脚本家の方が出演していました。その方は最近「うつ病」に関する本を出版したそうで「うつ病」について語っていました。「うつ病」は真面目な人ほどなりやすいそうなので「気をつけねば」と思った次第です。
 話を戻しまして…、
 最近3年間は11月24日に税務署から書類が届いていたのですが、昨年は届きませんでした。「今年から送付する日が遅くなったのかな…」などと思いながら待っていましたが、一向に届きません。僕は「青色申告会」に電話することにしました。
 青色申告会とは青色申告をしている人が加入する団体です。青色申告会の基本的な方針は「税務について自分たちで勉強して正しい申告をする」ことで、専従の方が相談に乗ってくれる団体です。僕は以前税理士の方に依頼していましたが、ラーメン店を廃業したときを境に自分で申告することにしました。しかし、やはり決算や申告では実務に関してはわからないことは多々あります。そういうときは青色申告会は役に立ちます。
 青色申告会の会費は年に12,000円です。確か、昨年「値上げをした」という通知が届いたような記憶がありますが、それほどは高くなってはいないと思います。間違いなく税理士の方に頼むよりは安いので「税金のことで相談する人がいなくて困っている方」は加入してみてはいかがでしょう。
 青色申告会の難点は申告の時期になるととても混雑をすることです。しかし、それは申告会に限ったことではないので「特別な難点とは言えない」と考えます。申告会を上手に利用するならとても便利です。僕は、できるだけ質問などは申告時期をずらしたときにするように心がけています。
 さて、いつまで経っても「青色決算書」が届きませんので申告会に尋ねたところ「税務署に直接聞いたほうがよい」とアドバイスを受けました。早速税務署に電話をしました。
 担当の方に「書類が届かない旨」を話しますと、生年月日を尋ねられ「しばらくお待ちください」と言われました。別に悪いことはしていませんが、やはり税務署というところはなんとなく気分を不安にさせます。
 しばらく待ったあとに電話口に出てきた担当者は次のように言いました。
「円山さまは、昨年国税庁のサイトで申告書を作成していますよね」
 僕は答えました。
「あ、はい」
 担当者の方は続けました。
「そのときに『次回の書類送付を辞退する』欄に印をつけてらっしゃいます」
 僕は一瞬、意味がわかりませんでした。しかし時間が過ぎるとともに、なんとなく記憶の隅に「そのような質問項目があった」ような記憶が蘇ってきました。僕は電話を切ったあと一生懸命に記憶を呼び起こす努力をしました。そうしますと少しずつ思い出してきました。
 最近の国税庁のサイトはとても充実しています。「確定申告作成コーナー」というページもあり、そこに行きますと質問に順に答えていくだけで自動的に決算書から申告書まで作成してくれます。そしてそれを印刷したものを提出することもできます。
 僕は、昨年そのコーナーを利用しました。そしてその最後のほうの質問で、「書類送付」についての選択画面がありました。「ありました」とは書きましたが、実ははっきりとした記憶はないのです。「おぼろげながら」覚えているといった程度です。その程度の記憶ですが、質問の意味をあまり理解しないまま「送付辞退」にチェックを入れて送信したような気がしてきました。僕的には「気がする」程度ですが、担当者の方は僕の送信履歴を見て言っているのですから僕は間違いなく「送付辞退」を届け出ているわけです。
 このようにして「書類が届かない」理由がわかったのはよかったのですが、同時に「書類を辞退した」ことの問題点も知ることになりました。
 たぶん、昨年「書類の辞退」をした理由は「無駄な書類を減らす」ことを考えたのだと思います。申告時に使う用紙は税務署から送られてきますが、国税庁のサイトから用紙だけを印刷することもできます。僕は少しでも「国の経費節減に協力しよう」と思ったのです。真面目な僕が考えそうなことです…。
 しかしそのとき僕は、国家に協力的な自分に生じるであろう問題点には気がつきませんでした。
 先ほども書きましたように、税務署から送られてくる封筒には決算書の用紙のほかに「年末調整の手引き」や「決算の手引き」といった解説書が同封されています。この「手引き」は僕のような素人にはとても重要で年に1回しかない申告時に役立ちます。「手引き」は忘れている記憶を補ってくれます。「書類の辞退」をしたことはこの「手引き」も手にできないことを意味するのでした。これは本当に不便なことで今現在僕は「書類の辞退」をとても後悔しています。
 それにしても、税務署の方に言われるまで「書類の辞退」をしたことを全く忘れていました。人間の記憶なんて本当にあてにできないものです。心理学の本を読みましたら「人間は自分に都合のようように記憶を変える」こともあるそうです。自分の記憶はあまり頼りにしないほうがよいかもしれません。
 少し前ですが、記憶をテーマにした映画が封切られました。「博士の愛した数式」と「明日の記憶」です。覚えていらっしゃる方もいるでしょうが、どちらも記憶を扱った感動作品でした。
 100%は信頼できない「記憶」ですが、やはり記憶が少しでも「ある」のと「ない」のとでは生きるうえでの充実度が数倍も違います。楽しい記憶は、それが間違いであったとしても人生を豊かにしてくれるでしょう。どうせ100%正しくないのなら少しでも楽しい記憶だけが残っていられる人間になりたいものです。やはり記憶はあったほうがよいですよね。
 ある日の深夜。
 ついつい夜更かしをしてしまい時計を見ますと午前2時を過ぎていました。「寝よう」と思い寝室に行きますと妻のイビキが聞こえてきました。
「うっせーなぁ」
 と思いながら妻を見ますと僕のほうに身体を向けていました。ちょうど顔が正面に見えましたので僕は寝ている妻の顔をなんとなく見ました。
 昔若かった妻の顔…。知り合った当初は20才前です。あれからもうすぐ30年になろうとしています。
 昔若かった妻の顔…。僕はじっと見つめました。10秒が過ぎ、30秒が過ぎ、1分ほど妻の顔を見つめました。…それでも全く記憶が蘇らなかったんですよねぇ…。
「愛した記憶が…」
 じゃ、また。

紙.gif4コマ漫画
ジャーック!




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