<個人商売>

pressココロ上




 今、テレビ業界ではドキュメント番組が流行っているそうです。確かに、テレビ欄を見ますと1週間のうちに幾つかのテレビ局でゴールデンタイムにドキュメント番組を放映しています。僕はドキュメント番組が好きですが、ゴールデンタイムのドキュメント番組は見たいという気持ちになりません。理由は、本来のドキュメント番組とは違った趣の内容になっているように思うからです。そして、そう思う理由はゴールデンタイムだからです。
 なんか、訳のわからないややこしいことを言っているようですが、つまりは視聴率を意識した番組内容にならざるを得ないという意味です。そこには必ず視聴率を上げるために演出が入る可能性が高くなっています。演出が入ったドキュメントはドキュメントではなくドラマです。
 特別番組で、大家族の生活を追った番組が定期的に放映されています。それを見ますと、全体的にはドキュメントふうですが、内容はというと僕にはドラマに見えてしまいます。家族になにか事件が起きるたびにそのときの現場にテレビ撮影隊がいることが不思議でなりません。
 オウム事件が世間を騒がせていた当時、ほとんど全てのマスコミがオウムをバッシングしていました。そのときに敢えてオウム側からの視点で事件を伝えた森達也氏という方がいます。先日もニュース23に出ていましたが、あるときは映画監督であり、またあるときはジャーナリストであるその森氏が「真実の意味でのドキュメントはあり得ない」と言っていました。僕にはこの考えが心の中に素直に入ってきたのですが、撮る側の立つ位置、もしくはその意志において事件の真実が変わってきます。完璧な客観性はあり得ないと思います。
 このように、ただでさえ客観性を保つのが難しいドキュメントで、視聴率を意識したドキュメント番組は、より一層真実から遠ざかっていくように思えてなりません。これが僕がゴールデンタイムのドキュメント番組に興味を持てない理由です。
 ゴールデンタイムのドキュメント番組に対して深夜に放映されている番組はある程度信頼をおいています。ゴールデンタイムほど視聴率を気にする必要がないからです。
 先日、そのうちの1つを見ましたら個人商売を営んでいる人たちを取り上げていました。この不景気の時代に、あらゆる業界が売上げを落とし大企業までもが低迷している中で個人商売で頑張っている人たちのようすを紹介していました。
 番組では、24才でとんかつ店を開業した男性のオープン時のドタバタぶりや76才で現役で頑張っている女性の仕事ぶりなどを放映していました。そのほかにも20代後半でひとりで銀座に高級料理店を開業した女性、1本60円のやきとりを1日に2,000本売っている40代後半の男性なども登場していました。これらの個人商売を営んでいる人たちが共通して口にしていた言葉は「人件費をかけない」でした。このときの番組のテーマは「人件費をかけない」ことのようでした。
 実際、個人商売の最も大きなメリットは「人件費をかけない」に尽きます。最近の世の中では、派遣切りや雇い止めなどが騒がれていますが、それだけ企業にとって人件費がとても重い負担となっている証です。それに対して個人商売は「人件費をかけない」のですから、というより「かけられない」といったほうが正確かもしれませんが、どちらないしても「人件費をかけない」ことが個人商売の最も大きなメリットであることは間違いありません。
 一般的に、大企業のメリットとして「スケールの大きさ」が上げられます。大量に仕入れることができるので安い価格で販売できる、というものです。これは事実で、個人商売が仕入れるより大企業が仕入れる値段のほうが安く仕入れています。この理由から、個人商売の販売価格は大企業の販売価格より高くなっている、と言われています。けれど僕はこのことに疑問を持っています。
 確かに、個人商売の仕入れ値は「大企業より高い」というデメリットはあります。けれど先ほど言いました個人商売のメリットである「人件費をかけない」ことがそのデメリットをある程度相殺することができると思っています。つまり仕入れ値の差がそのまま販売価格の差にはならないように思います。それでも実際に販売価格の差はありますが、その価格の差は、個人商売の方々の「意志の差」であるように思えてなりません。もし個人商売の方々が「強い意志」を持って大企業の価格に挑戦するなら大企業の価格に負けない価格をつけることも可能であるはずです。
 これまでに何度も言いましたように、個人商売のメリットは「人件費をかけない」ですが、これはつまり「全てのことを自分でやる」ことを意味します。全てとは全てです。
 実は、これが簡単なようでとても面倒で時間を取られることです。僕のテキスト「手っ取り早く…」で「商売は夫婦で」と書いていますが、その理由はまさにこの点に尽きます。商売には、清掃から仕入れ、接客、販売、アフターフォロー、飲食業ですとそのほかに下準備や調理などもあります。またこうした現場の作業以外にも釣銭の準備やポップの用意、日々の売上げ管理などやらなければならない作業が山のようにあります。これらをこなすには時間が必要です。
 僕は、個人商売をやっている人で「ゴルフが趣味」という人を信用しません。理由は「時間がないはず」だからです。もし本当に「ゴルフが趣味」であったならそのお店の業績は下降線をたどるでしょう。商売をやっている人の趣味は自ずと範囲が限られて当然です。遠出をせず短時間でできる趣味です。ですが、基本的には「趣味は商売」でなければなりません。
 ところで…。
 先日、髭をたくわえた中年男性が買いにきました。注文したあと、僕が商品を袋に詰めていると話しかけてきました。
「商売は大変だよねぇ」
 僕が「そうですよね」と相槌を打つと「俺も商売やってるからわかるよ」と言いました。そこで僕は「なんのご商売ですか?」と尋ねると、ちょっと戸惑った表情で
「えっ、うん、いろいろと手広く…。人材派遣なんかもやってるし…」
 今から2~3年前、ちょっとした知り合いの“社長”の肩書きを持つ人と会ったときのことです。その“社長”の業界はどちらかというと今の時代には「時代遅れの感」がある業界でした。僕が「最近、調子はどうですか?」と世間話のつもりで話しかけますと、
「まぁ、本業はイマイチだけどほかにもいろいろやってるから」
と答えました。そして言葉を続けました。
「人材派遣関連の仕事もやってるし…」
 実は、僕はこれまでに、いわゆる“社長”と言われる人の口から「人材派遣をやってる」という台詞を幾度か聞いています。僕は最近思っています。“社長”と言われる人たちの間で「人材派遣をやっている」と口にすることが一種のステイタスになっている、と。ステイタスが言いすぎならブームと言ってもよいかもしれません。どちらにしても、“社長”さんたちは、人材派遣を口にすることで“ハクがつく”と思っているようです。
 先週、新聞に本来あるべき「派遣社員の待遇」に関する記事が記載されていました。それによりますと、例えば人材派遣会社は「派遣先企業から契約が途中解約され派遣社員の勤め先がなくなったなら新たな派遣先をあてがう義務がある」そうです。そして、もし新たな派遣先を紹介できないなら派遣会社は派遣社員が本来もらうべき給料の6割を支払わなければならない」と書いてありました。これ以外にも派遣会社は派遣社員に対して雇い主として負わねばならない様々な義務があるようでした。
 こうしてみますと、専門外の“社長”が安易に人材派遣会社を始めることはできない、と思うのが自然です。にも関わらず、簡単に「人材派遣業をやっている」と口にする“社長”さんたち。それだけの覚悟はできているのでしょうか。僕は不信感を持ってしまいます。
 皆さん、多角化と称して「人材派遣業をやっている」と話す“社長”さんには要注意です。
 じゃ、また。




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