<民主党 vs 官僚>

pressココロ上




「行政は継続なり」
 僕は1993年、ある事務次官が会見で言った言葉が忘れられません。この年、自民党が戦後初めて下野しました。つまり自民党以外の政党が政権を担うことになったわけですが、政権が交代するということは即ち政策も変わることです。それをわかっていながら敢えて事務次官はこの言葉を口にしたわけです。まるで「政治を実際に動かしているのは官僚である」と言うかのごとく…。この言葉には官僚の良い意味での矜持、誇り、そして悪い意味での自惚れ、傲慢が混在していたように思います。
 先週、画期的ともいえる政権交代がありましたが、好き嫌いに関わらず官僚も民主党に対応することになります。そこで今週は、政治にあまり「興味がない」「関心がない」「よくわからない」若い人たちのために政治家と官僚の関係について綴りたいと思います。もちろん僕は専門家でも学者でもありませんから深い知識はありませんが、ごく普通のおじさんが理解している範囲内でお話しすることにいたします。
 …ということで
「コトナのための政官関係の基礎の基礎講座」
 政治家は選挙で選ばれます。それに対して官僚は国家試験によって選ばれます。この国家試験は難関ですので頭のよい優秀な学生しか合格しません。ですので自ずと東大を筆頭にしたエリート大学出身者で占められることになります。
 今から十数年前、宮沢さんが首相だった頃、官僚に東大出身者が多いことが問題になりました。そこで官僚の出身大学をもっと多様化させようということで出身大学に制限を設ける動きがありました。東大出身者ばかりで偏った人材になるのが弊害だと言われたからです。しかし、時の経過とともにそうした動きもいつの間にかウヤムヤになったように思います。
 しかし、近年は違う意味で東大卒に偏重することがなくなりつつあるようです。それは官僚という仕事に魅力がなくなったからです。いくら世間的評価が高いとはいえ国家公務員ですから給与や労働時間、その他の待遇がそれほど恵まれているわけではありません。30代前半では民間の大企業や金融機関のほうがの待遇において数段恵まれているかもしれません。このようなわけで優秀な学生は官僚を就職先に選ばなくなっているようです。
 官僚は批判されることが多いですが、その最も多い理由は天下りです。天下りとは官僚が民間に転出することですが、天下りの根底にあるのは給与など待遇面の低さです。それとともに天下りを招く理由は省内における出世競争です。
 難関な試験を潜り抜けた官僚の皆さんですので全員が優秀であるのはもちろんですが、だからと言って全員が出世ポストを得られるわけではありません。民間企業同様に上のポストに行くほど人数が絞られてきます。だいたい課長クラスまでは全員平等に出世しますが、その上の局長クラスには全員が出世できるわけではありません。そのときに民間ですと、万年課長として会社に残ることは珍しくもありませんが、官僚の世界ではそうはいきません。あとから入ってくる優秀な人たちがドンドン続いてきますのでポストを譲る必要に迫られます。つまりそれぞれの出世競争から落ちこぼれた官僚は職を退かなければならないのです。そこで天下りが行われます。マスコミなどでは幹部の天下りだけが注目されますが、その下のポストでも天下りが行われています。民間企業に勤めている人たちから見ますとズルイ印象がありますが、官僚の側からしますと、若い頃の給与の低さの「埋め合わせ」と感じているのかもしれません。
 天下りは役所が転出先を紹介してくれますが、そのことに違和感を感じている良心的な官僚の方もいます。そうした方は自分で再就職先を探してきます。とは言っても、引く手数多(あまた)ですので苦労することがありませんが…。
 官僚で一番偉いポストは事務次官ですが、その次が審議官という役職です。事務次官になるにはそれなりの根回しや上司受けを意識する必要があります。単純に仕事の能力だけで就けるポストではありません。そうしたことを踏まえますと、審議官のポストに就いている人に魅力のある人が多いように個人的に感じています。根回しやゴマすりといった人間関係に囚われることなく実力だけで出世の階段を登った印象があるからです。このあたりは自信を持って言えるわけではありませんが、よくマスコミに登場する元大蔵省の榊原氏を見ていてそう感じるようになった次第です。榊原氏は審議官で退官し、今は大学の教授をしています。天下りをしていないところが好印象です。テレビで見る榊原氏は自信満々の方のようにお見受けします。
 榊原氏に限らず、官僚の方々は自信満々の人が揃っているのですが、民主党はその官僚と対峙しなければいけません。果たして大丈夫でしょうか…。
 僕は、若い頃政治家が自分の専門外の大臣に就くことが不思議でなりませんでした。なんの知識もなく経験もないのにどうやって仕事をこなすのだろう…。とても不思議でした。
 答えは官僚でした。官僚が仕事の全てを仕切り、大臣はただ判子を押すだけで事足りていたのです。これでは官僚が政治家を見下すのも当然です。自民党時代は新しい大臣が就任すると官僚からレクチャーを受けるのが最初の仕事でした。これでは政治家がリーダーシップをとれるはずがありません。民主党がマニュフェストに掲げていた「官僚政治の打破」はこうした政治状況を変えようという意志の表れです。ですが、果たして実行できるのか。相手は優秀な頭脳の持ち主で、政治家を見下している人たちです。
 ロッキード事件で晩節を汚してしまった感がある田中角栄氏ですが、田中氏を評価する最も大きな点は官僚との付き合い方でした。田中氏ほど官僚をうまく使いこなした政治家はいない…。この表現は、政治家が自分の政策を実現させるには官僚とうまく折り合いをつけながらことを進めるしかない、ことを示しています。
 「折り合いをつける」と書きましたが、本来あってはならないことですが、官僚は政治家の方針でなく自分たちの考えに沿った政策を実行しよう、と考えてもいます。ですから、大臣を自分たちの都合のいいように動かそうと祭り上げようともしますし、面従腹背をしたりします。そうした官僚たちを相手にリーダーシップをとるには官僚から一目置かれる必要があります。それをできたのが田中角栄氏だったわけです。
 さて、民主党が政権をとり「官僚政治の打破」を掲げていますが、官僚とどのように向き合うのでしょう。上から押さえつけるように接するなら官僚からそっぽを向かれ二進も三進もいかなくなってしまいます。そのときは必ず政治が停滞するでしょう。だからと言って、官僚をたてすぎると民主党の存在価値が失せてしまいます。その兼ね合いがとても難しい…。さて、強行突破を図るのかそれとも…。僕はそのあたりの民主党の対応を見守っていきたいと考えています。
 おじさんの基礎講座、いかがでしたでしょうか。少しは参考になりましたでしょうか。読者によってはレベルの低い内容と感じたかもしれません。その際はお許しください。また、本文中に勘違い、または思い込みがありましたら何卒ご容赦くださいますようお願い申し上げます。
 ところで…。
 先日、とても恐い夢をみました。どういう状況でどのような場面かは全く覚えていないのですが、蛇に喰われる夢でした。この夢で僕が覚えている場面は、妻(僕のコラムに頻繁に登場するあの妻です)が両手で僕の右腕を掴み、目の前にいる大きな蛇(直径50センチくらいの蛇です)の口先に押し出そうとする場面です。実は、僕は世の中で2番目に恐いのが蛇なのです。もちろん1番目は妻です。その恐いベスト2が揃って出てきたのですから最悪の夢です。
 僕は、妻が両手で押し出そうとする右手を必死でこらえました。たぶんすごい形相だったに違いありません。それでも妻は一層力を込めて僕の右手を蛇の口元に押しやろうとしました。僕はあらん限りの声を出し叫びました。
「やめろ! やめろォー!」
 僕の叫び声にも関わらず妻はなおも僕の右手を蛇の口元に近づけます。蛇は大きな口を開き僕の右手を待ち構えています。僕の右手は少しずつ少しずつ蛇の口元に近づいていきました。そしてついに僕の右の手のひらが蛇の口の中に入るという瞬間、僕は恐怖のあまり目を瞑り大声を出しました。
「ウォー!」
 僕は目を覚ましました。自分の大声に驚いて目を覚ましたのです。目を開けたとき、僕はため息ともひとり言もいえない小さな声を発していました。
「あ…」
 そして僕は夢だと気づきました。
 そのときです。寝ている僕の左側から声がしました。
「どうした?」
 顔を向けるとそこには夢に出てきた妻の顔がありました。夢から覚めてまで妻がいるなんて…。
 じゃ、また。
追伸:妻はときたま男言葉を発します。




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