<本当の理由>

pressココロ上




 有名ラーメン店の行列を見て「味がおいしいから」と物知り顔で語っている人をたまに見かけますが、それは間違いです。ラーメン店に限らず、飲食関係のお店が繁盛するか否かを決めるのはマーケティングです。わかりやすい言葉で言うなら「おいしそうに感じさせるイメージ作り」です。決して「味」ではありません。百歩譲って「味」も要因の一つだとしても、その占める割合はせいぜい3割程度です。それを勘違いして飲食店を開業してもすぐに廃業に追い込まれるでしょう。物知り顔の人が考える「繁盛している理由」は本当の理由ではありません。
 いよいよ民主党政権が発足しましたが、今回民主党が圧勝した理由は民主党に「風が吹いていた」からです。決して民主党が政権党に「相応しい」からでも「政策マニフェストを支持した」からでもありません。小泉首相退陣後の自民党の情けない体たらくが民主党への風を吹かせたものです。敢えて好意的な表現をするならば「期待している」でしょうか。
 もし民主党幹部が今回の圧勝の理由を「自分たちの主張が認められた」と考えるなら大きな過ちです。本当の理由は「一度政権を交代させてみようか」という風がタイミングよく吹いたにすぎません。
 そもそも民主党のマニフェストが現実的でないことは少し考えてみればわかります。現在、国地方合わせて800兆円以上の借金がある中、子供手当や農家への補償などその財源が曖昧です。国民はそれを承知のうえで民主党に一票を投じたのは風が起きたからです。風はいつまでも、そしていつも吹くとは限りません。かつて土井社会党は風に乗り「山は動いた」というまで議席を伸ばしました。しかしその後その社会党は消滅してしまいました。風ほどあやふやで頼りないものはありません。民主党は圧勝した本当の理由を肝に銘じていなければ、社会党と同じ運命を辿ることになってしまいます。
 さて、新内閣の顔ぶれが決まりましたが、全体的に眺めますとキッチリ、ガッシリといった印象を受けます。各大臣の経歴を見ますと、それぞれ担当省に関わる議員活動をしている方ばかりですので各省の仕事について精通しているのは間違いなさそうです。しかし、精通しているからと言って実務をこなせるとは限りません。先週、書きましたように一癖も二癖もある官僚という部下を統率しなければならないのですから一筋縄ではいかないはずです。官僚を上手に使いこなしてこそ有能な上司と言えます。
 先週、官僚を最も上手に使いこなした政治家は田中角栄元首相と書きましたが、その娘さんである真紀子氏は小泉首相時代に外務大臣に就きました。しかし、ご存知のように1年も経たないうちに更迭されてしまいました。真紀子氏と言えば、口八丁手八丁で豪腕な印象がありますが、その真紀子氏でさえ外務官僚をコントロールすることはできませんでした。ただ闇雲に上から命令するだけでは官僚の反発に遭い現場が混乱するばかりです。当時の混乱振りは鈴木宗男氏や佐藤勝氏の本などを読みますと詳細に記されていますが、他の政治家を巻き込んだ官僚の抵抗は想像を超えるものがあります。
 そうしたことを踏まえ、今回の閣僚を見ますと、幾人か不安を感じる人選もあります。そしてそれらの人は例外なくテレビや雑誌などマスメディアで派手なパフォーマンスを演じていました。野党時代であったなら派手なパフォーマンスも意味がありますが、与党になり政権を担当する当事者になったときはパフォーマンスだけでは通用しません。求められるのは実行力です。
 これらの一部の閣僚を除くなら、やはり堅い人選と感じます。僕がそう感じる理由は、一見「官僚政治打破」に沿った大臣のように見えて、意外に官僚の気持ちや立場を理解している経歴を持っている政治家が大臣になっているからです。いくら有能な政治家といえども官僚の気持ちがわからない大臣では官僚に的確な指示など与えられません。官僚の気持ちがわかって初めて官僚政治の打破が成し遂げられます。
 政権交代により官僚の方々には困惑したり反発する場面が増えると思いますが、そのような状況の中で官僚がとる道はただ一つです。政治家の中に官僚の味方を作ることです。その意味で民主党を見渡しますと、その役に最も相応しい政治家は小沢幹事長です。
 僕は昔、チラシ配布のアルバイトをしたときに小沢氏の邸宅のポストにピザのチラシを入れたことがありますが、そんなことはどうでもよく、小沢氏ほど長期間第一線で活躍している議員はいません。
 小沢氏は、かつて経世会で七奉行の一人と言われ、当時の権力者金丸氏から「乱世の小沢」と評されていました。その七奉行のうち現在も活躍しているのは小沢氏ただ一人です。前回自民党を下野させたときの中心人物も小沢氏でしたが、あれから約16年後の現在も中心人物として活躍しています。現在の小沢氏の役職は与党民主党の幹事長ですが、この肩書きは小沢氏が最も欲していた肩書きのように思います。数ヶ月前まで代表を務めていましたが、その地位は政治の流れでなったに過ぎず本意ではなかったはずです。小沢氏は良い意味では参謀、悪い意味ではフィクサーを目指しているように見えます。
 それにしても、なにが小沢氏をそこまで駆り立てるのか。第一線で活躍するということはそれだけ苦しかったり辛かったりすることも多いはずです。七奉行の方々に限らず、小沢氏と同時代の政治家のみなさんはほぼ全員第一線から退きのんびりと政治家を務めています。そんな中で、なぜ小沢氏は第一線で活動することを選択するのか。僕にはそれが不思議でなりません。
 物知り顔の人は「権力欲」と一言で済ますかもしれませんが、僕にはそれだけではどうしても心にストンと落ちるものがありません。ましてや「日本の政治をよくするため」というあまりに政治家として理想的な理由ではなおのこと納得できません。いったい、小沢氏はなにが理由で第一線で政治家として活躍しているのでしょう。本当の理由が知りたい今日この頃です。
 ところで…。
 例によって休日にノンビリとチンタラしながら自転車を漕いでいましたら、歩道の端の草むらから一匹の黒い猫が出てきました。猫も僕同様にこれといった用事があるふうでもなくノロノロトロトロと歩いていました。そのとき僕は車道と歩道の区別がある道路の歩道を走っていましたが、その車道はあまり車は走っていませんでした。
 猫の様子を窺っていますと、あっちへ行っては立ち止まりこっちへ行っては頭を草むらに突っ込んだりとそれはそれはユッタリと行動していました。
 そうした動きをしばらくしたあと、猫はふいに車道のほうに歩き出しました。猫を目で追っている僕はちょっと不安になります。そのまま真っすぐ進みますと車道に出てしまうからです。いくら通行量が少ないとはいえ、車が通ることもありますので運が悪ければ轢かれてしまいます。
 猫はなにを考えているのでしょう。ノソノソと歩きながらとうとう歩道の端まで行ってしまいました。そして右を見るでも左を見るでもなく、なんの躊躇もせずに車道をゆっくりと渡り始めました。僕は心配になり道路の左右を見遣りました。すると、右のほうから車が走ってくるのが見えました。猫を見ますと相変わらずノンビリと歩いています。車はまだかなり遠くにいるにしても早めに渡り終えたほうがいいにきまっています。
 僕の心配をよそに猫は首を少し前に屈め悠然と歩いています。そして無事渡りきってしまいました。向かい側の歩道に上がってもそれまでと歩く様は同じです。ノロノロトロトロ歩いていました。少しして車が通り過ぎて行きました。
 その後、猫はしばらく歩道をウロついていましたが飽きたようで草むらの中に消えて行きました。
 あのとき猫はなにを考えていたのでしょう。一歩間違ったなら車に轢かれていたかもしれません。大した目的があるふうでもないのにどうして道路を渡ったのでしょう。猫が道路を渡った本当の理由はなんだったのでしょう。
 …そんなことを考えながら自転車を漕いでいましたら、ふと思いました。なにかをするのに必ず理由があるとは限らない…。
 じゃ、また。




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