<手間を厭わない>

pressココロ上




 僕は小さな店を営んでいますが、小さな店の弱点はなんと言っても仕入れです。チェーン店や規模の大きな店に比べ売上げが少ないので自ずから取引額も小さくなります。これは即ち仕入れ値が高くなることですので大きな弱点となります。やはりバイイングパワーが弱いということはそれだけ店にとって不利な条件を飲まざるを得ない状況に追い込まれることを意味します。
 そうは言いましても、なんの工夫もしないわけにもいきません。それなりに対応策は考えています。その一つが仕入先、問屋さんを複数に分散させることです。
 この対策はテキストにも書いていますが、問屋さんを一つに絞ることは情報が少なくなることにつながりますし、それよりなにより価格を比べることができないことが最大の難点です。少しでも安い仕入れ値を実現するには問屋さん間で比べるのが一番の方法です。
 問屋さんは、それぞれ得意な種類の商品や親密なメーカーを持っているものです。そうした問屋さんの特徴を活かしながらより安い仕入れ値を目指しています。
 複数の問屋さんと取引きをするのは小売店にとって安い仕入れ値の実現に不可欠ですが、そうかと言って問屋さんの数が多ければいいというものでもありません。取引き問屋さんが多くなるということはそれだけ各問屋さんとの取引額が少なくなることです。このことは問屋さんに大事にされないことにつながりますので、結局店にとってもよい結果は得られません。僕の店のような小さな店は全体でも取引額が少ないですのでそのデメリットはさらに大きくなります。バランスがとても大事です。
 「問屋さん」とひと口に言いましてもその形態はさまざまで、従業員数百人の大規模な企業から家族だけで営んでいる零細商店までその形態は千差万別です。僕の店は中間規模の問屋さんと取引きしていますが、僕の店の規模からしますと「ちょうどよい規模」だと思っています。
 大規模問屋さんのメリットはやはりなんと言ってもそのバイイングパワーです。そのパワーでメーカーさんから安い価格で仕入れますので安い卸値を設定できます。また、多種類の商品を扱える、というもの大規模問屋さんのメリットです。普通、メーカーは発注単位を設定していますが、その単位が大きいので零細問屋さんでは対応できません。発注単位が大きいのでそれを捌くだけの実力がなければ仕入れることに躊躇します。
 先ほど大規模問屋さんは「安い卸値を設定できる」と書きましたが、「できる」であって「必ずする」とは限りません。僕のような小さな店には「安い卸値」で卸すようなことはしません。いわゆる標準的な卸値を見積もってきます。暗に、「別に無理して売らなくてもいい」とでもいうように強気です。実際、大規模問屋さんにとって小さな商店は取引きしてもしなくても業績には大して影響を与えません。大規模問屋さんが重要視するのは取引額の大きな商店です。このような理由で僕は中間の規模の問屋さんと取引きをしています。
 先ほども書きましたように、僕のような小さな店は取引き問屋を増やすことはできません。それでもできるだけ複数の問屋さんと取引きしたいという希望はあり、昨年僕はネットで展開している問屋さんから仕入れることにしました。ネットの問屋さんのメリットは取引きするアイテムが少なくてもよいことです。一般の問屋さんですと、やはり1アイテムだけを注文するのは気がひけるわけです。たった1アイテムを納品するために、わざわざガソリンを使いトラックで配達してもらうのは申し訳ない気持ちになってしまいます。それに比べ、ネットの問屋さんですと、配送は宅配便を利用していますので気楽に1アイテムでも注文することができます。僕にとってネットの問屋さんは有難い取引き先でした。
 ところが、そのネット問屋さんが数ヶ月前閉鎖されてしまいました。昨今は不景気と言われていますが、やはり問屋業界も厳しいようです。
 ネット問屋さんは閉鎖するにあたり、それまでの取引先リストをほかの企業に譲渡していたようです。ある日、閉鎖した問屋さんからの紹介としてR社という問屋さんから連絡がきました。僕がネット問屋さんから仕入れていた品物とほぼ同じ価格で提供する、という内容でした。僕としましては別に異存はなく、というよりは「願ったり」のことですので僕はR社に入会の手続きをしました。
 さて、初めてR社に注文をした翌日、R社の担当者から電話がありました。内容は「あと幾つか注文アイテムを増やしてほしい」というものでした。しかも、それができないなら「注文をキャンセルしてほしい」というニュアンスで話をされました。僕としてはあまり気持ちのよい話ではありません。
 結局、なん回かの電話でのやりとりのあと、僕は注文をキャンセルすることにし、そして入会も解消することにしました。僕は不快感を持ったのです。
 こういうことがありますと、やはりいろいろ考えます。僕も利益を得るべく商売をしていますのでR社の気持ちもわかります。それでも心にひっかかるものがあります。それは注文を受けたあとに、「キャンセルを要請してきた」ことであり、あと一つは「取引額の増額を半ば強制してきた」ことです。
 僕はこうした対応は本来あってはならないことと考えますが、特に後者の対応は大企業の傲慢さを強く感じてしまいます。R社は大手商社の子会社で数年前に設立されたばかりの企業のようでした。ですのでR社の人員は大手商社から異動してきた方が多いようで、僕の担当者もそうした経歴を持っていました。
 商社に限らず、どんな業種でも「大」のつく企業は一度の手間で多大な金額を得られる取引きを好みます。細々とした小さな取引きでは金額もたかがしれていますし、なにより面倒です。一度大きな取引きを経験してしまいますと、小さな取引きを避けるようになってしまいます。人間は楽なほうを選ぶのが常です。そして、こうした傾向は「大」のつく企業に勤めていた人に強くみられます。僕はR社の対応でそのことが頭に浮かびました。
 大きな取引きに慣れた人は小さな取引きを見下しがちです。小さな取引きをたとえ失ったとしても全体の業績に大して影響を与えないのですから当然かもしれません。けれど…。
 最近の世の中は、損得だけでものごとを決断する風潮が強くなっているように思います。先ほどのR社の対応もまさにそれです。確かに損ばかりしていては経営的に生き残っていけませんが、「手間がかかる」「面倒」「大して儲からない」などといった理由で小さな取引きをないがしろにするのであるならあまりに悲しい世の中です。
 僕は、小さな取引きをないがしろにせず大切にする企業が生き残っていける社会になることを願って止みません。頑張れ、民主党。
 ところで…。
 通勤途中にタバコの自動販売機がありました。車一台が通れるほどの道路が交差している角に置いてありました。そこにはタバコのほかにジュースの自販機も並んでおり屋根も設置されたきれいな自販機集積所でした。
 半年ほど前のある日。僕がその自販機にタバコを買いに行きますと、中年男性がたまたまタバコ自販機に補充に来ていました。僕は世間話が好きですので、男性に最近の自販機の売上げについて尋ねてみました。当時、マスコミではタスポ導入によりコンビニの売上げが好調だと伝えられていたからです。タバコをコンビニで購入する人が多いということは、即ち自販機の売上げが落ちることです。男性の話では、やはりタスポ導入前に比べ半減しているそうでした。
 それからしばらくしてその自販機の前を通りますと、なんとそのタバコ自販機がなくなっていました。ほかのジュースなどの自販機は以前のままありましたが、タバコの自販機だけが撤去されていました。
 たぶん、売上げが悪いために撤去したのだと思いますが、それにしてもジュースなどと違い電気代がそれほどかかるわけでもありません。つまりランニングコストはあまりかからないはずですので赤字になるはずはないと思うのですが、どうなのでしょう。もしかすると電気代をまかなえないほど売上げが悪かったのでしょうか。
 自販機は究極の小さな取引きです。自販機で大きな取引きはできません。たいがい1個か2個買う程度です。やはり自販機の世界でも小さな取引きはないがしろにされていくようです。これからは全国の売上げが下がったタバコ自販機がタバコ辞販機になっていくのでしょう。
 じゃ、また。




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