<プロ>

pressココロ上




 日本シリーズが始まりましたが、例年に比べ今一つ盛り上がりに欠けているように感じます。その証拠にシリーズの幾つかの試合が地上波テレビで放映されません。セ・パともにシリーズに進出したチームが全国的人気チームでないことを割り引いても、日本シリーズがテレビで放映されない状況は尋常ではありません。昔では到底考えられないことで、プロ野球という一つの業界が転機を迎えているように思います。
 例えば、いくら「素晴らしい試合」をしようが野球界そのものが世間や社会から興味や関心を持たれていないなら、なんの意味もありません。もちろん、選手も同様で、いくら「素晴らしい成績」を残そうが、多くのファンが注目している状況になっていなければなんの価値もありません。ファンがいてこその、そして業界が世間から注目を集めていてことこその「成績」です。そしてまた、そうした状況が選手の報酬にも影響を与えます。
 今から、30年以上前、僕は王選手の世界新記録ホームランをテレビで見ていました。両手を上げる王選手、そしてその後ろで万歳をして飛び跳ねている張本選手の姿が頭に焼きついています。新記録達成が間近に迫った数日前から、新聞を始めいろいろなマスコミが新記録を待ち焦がれる見出しや記事を載せていました。それが現実となったのですから、実況アナウンサーの絶叫も当然のことでした。球場全体がどよめいていました。そうした模様を映し出すテレビ画面を見ながら僕は考えました。
「世の中で、大切なのは政治だよな」
 当時、学生だった僕は、漠然とそんなことを考えていました。民主的な政治が機能し社会が安定していなかったなら、野球で感動することなどできません。こうした感動が生まれ、浸ることができるのは、何にも増して社会が安定しているからです。その意味で政治はとても大切です。
 と同時に僕が考えたのは「経済の重要性」でした。普通に生活する人たちが野球を見て楽しむだけの収入と余暇がなければ、やはり、野球という産業は成り立ちません。経済もとても大切です。
 と同時に僕が考えたのは産業を成り立たせるための「利益の必要性」です。どんなに人気があろうと、業界が成り立つには、利益が確保されていなければ存続することはできません。その意味で利益、わかりやすく言えば「儲けること」の大切さを考えました。
 横浜ベイスターズの身売りがマスコミを騒がせましたが、結局破談になりました。その結果、引き続きTBSが経営することになりましたが、そのTBS自身の業績が芳しくありません。球団を保持するだけの資力がないのが実状ですから、ベイスターズの問題はストーブ期間中にもなにかしらの動きがあっても不思議ではありません。
 元々、プロ野球は企業の宣伝広告という位置付けで誕生しています。ですから、球団を維持するための資金は親会社からしてみますと、宣伝広告の費用に当たるものでした。しかし、時代の移り変わりとともに、球団自身で利益を確保することが求められるようになりました。ですが、実際に球団単独で利益を上げているのは一部の球団だけで、多くの球団は赤字を親会社から補填してもらうことで成り立っているのが現状です。横浜ベイスターズは、その親会社が赤字を補填する余裕がなくなってきたことが故の身売り話でした。
 来年から星野氏が監督になる楽天も球団単独では赤字だそうです。楽天の球団社長は、他の球団社長たちとは違い、経営に精通している人が務めています。そうしたレベルの高い経営者が社長を務めていても赤字なのですから、球団経営がいかに難しいかがわかります。
 プロというからには、自らの力だけで球団の経営を成り立たせるのが本来の姿のはずです。親会社から資金提供を受けて成り立っているのはプロとして健全とは言えません。このことは選手にも当てはまります。先ほども書きましたように、どんなに素晴らしい記録を残そうが、業界全体が栄えていてこその素晴らしい選手であり、記録です。そのプロであるために、選手や監督にはファンを獲得する努力が求められます。
 僕はニュースのスポーツコーナーを見ますが、そこでの選手や監督のマスコミに対する接し方でプロとしての自覚を見ることができます。
 ほとんどの選手や監督はマスコミに対して好意的ですが、中には「無愛想」というか、まるで「迷惑がっている」かのように接する監督もいます。僕は、こうした監督に不満です。このような監督はプロとして失格とさえ思います。
 往々にしてこのような監督は、選手時代からマスコミに対して「無愛想」な接し方をしていましたが、監督という立場になっても変わらないようです。僕が想像するところ、マスコミに対する不信感があるのかもしれません。過去に、事実と違うことを報じられマスコミに不快感をもっているのかもしれません。また、こうした監督は若い女性リポーターの取材にも冷たく接する傾向があります。その理由として、「野球に詳しくない素人の人間が取材することへの反発」があるようです。素人が取材することは「選手に失礼だ」と考えているようでした。
 この理由には、それなりの説得力がありそうですが、僕は「間違っている」と思います。仮に、マスコミに対して不愉快に感じることがあろうとも、取り上げられているうちが「華」です。仮に、素人の女性リポーターが取材に来て初歩的な質問をしようとも、呆れたり不快に思うことなく丁寧に愛想よく接するのがプロの務めです。
 監督という立場や社会的に高いポジションにいられるのは野球界が栄えていたからこそです。そして、栄えていたのはマスコミが取り上げてくれていたからこそです。まだプロとして確立されていないスポーツ団体やこれからプロを目指しているスポーツ団体などは「いかにしてマスコミに取り上げてもらおうか」と日々思案しているのが実状です。そうしたことから考えるなら、間違ってもマスコミに無愛想な接し方をすることがあってはならず、もし「迷惑がる」ような接し方をするならそれは驕りでしかありません。
 ただ一生懸命野球をやり、努力をして技量を上げ好成績を残すだけで満足しているのはまだアマチュアです。業界が栄え、ファンがたくさんいることの「ありがたみ」を常に認識して初めてプロといえます。
 仮に、マスコミに無愛想な監督のチームが勝利を収めたとしても、その監督はマスコミに愛想よく接していた監督たちに感謝しなければいけません。マスコミに話題を提供してくれていた監督や選手がいたからこその優勝の価値です。それを忘れることがあっては不公平です。マスコミに接するのは、ときには煩わしく自分の時間を犠牲にすることもあるはずです。それでも、笑顔で接する野球人がいるからこそ野球界が栄えているのです。
 野球界の方々は、今日本シリーズが地上波テレビでは一部の試合しか放映されないことに危機感を持つべきです。特に選手、監督の方々はついつい技術的なことだけに意識が行きがちですが、もっと根本的なことにも意識を向けることが大切です。
 飲食業に例えるなら、せっかくマスコミが取材してくれるのを無視し、ないがしろにして営業をするようなものです。マスコミが取り上げてくれることがどれほどの宣伝効果があるかを考えたなら、損失の大きさがわかるでしょう。もし、プロ野球の「プロ」を当然のことのように考えている監督、選手がいるなら、いつかプロ野球も「プロ」でいられなくなってしまうでしょう。
 ところで…。
 僕の年代で野球界のスーパースターといえば、やはり長嶋茂雄選手です。引退試合はテレビでリアルタイムで見ましたが、「我が巨人軍は永久に不滅です」というスピーチは感動ものでした。あの引退セレモニーを見て涙した人は多いでしょう。
 長嶋氏はその後、監督を務め、そして解任騒動があり、その後もメディアで活躍していました。そして、満を持して再度監督を務め、最後は巨人の名誉監督に就任しています。その間、長嶋氏はずっとスターであり続けたわけですが、僕が心の底から、長嶋氏をスーパースターと感じたのは、意識不明になるほどの大病から復帰したあとの行動を見てからです。
 懸命のリハビリの甲斐があって元気になられましたが、完治とまではいかなかったようです。テレビで姿を見る限り、身体的に後遺症が残っているようですし、言葉遣いも同様です。僕が感動、感激、尊敬するのは、そうした後遺症があるにも拘わらず、マスコミの前に堂々と出る勇気に対してです。普通に考えて、スターとして世間から衆目を集めていた人が不自由な身体を世間に晒すことに躊躇して不思議ではありません。できるなら、人目を避けたいと考えるのが普通です。それを敢えて堂々とマスコミに出て、しかもスピーチまでこなす姿には、尊敬の思いしか沸き起こりません。こうした長嶋氏の行動は「健康であったときに、スターでいられたこと」に対する恩返しの意図があるように思えて仕方ありません。
 週刊誌などでは家族間の諍いについても報じています。僕は週刊誌を読んでいませんので詳しくは知りませんが、家族間に気持ちの行き違いがあるのは間違いないようです。そうしたことが週刊誌で報じられているのを知りながら、それでも敢えて、マスコミに出る姿勢に感動しています。
 現役時代の長嶋氏のパフォーマンスが、野球界の発展のためという高邁な意識からでなく、単に個人の資質によるものだとしても、長嶋氏が野球界に果たした貢献は大きいものがあります。そして、自分が輝いているときばかりでなく、不遇のときでさえマスコミの前に出る姿勢にこそ、真のスーパースターの姿が表れています。それに比べて、普段は無愛想な態度を取っている監督が優勝したときだけ笑顔でインタビューを受けている姿を見ても、心から祝福する気持ちになれないのは僕だけではないでしょう。
 じゃ、また。




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