<生きる目的>

pressココロ上




 早いもので今週のコラムが今年も最後となりました。毎年の台詞ですが、本当に「1年はあっという間です」。読者のみなさんはどんな「あっという間」をお過ごしになったのでしょう。
 さて、今年最後のコラムになにを書こうか思案しました結果、今までになん度か読んだことがある人生寓話を書くことにしました。「なん度か読んだ」には理由があります。
 僕は読書が趣味ですが、その中でもビジネス書関連や人生について訓示している本などがほとんどを占めています。このように偏って読んでいますと、同じ本を購入するという失態をすることがあります。これだけ多くの本が出版されている中、わざわざ同じ本を選んでしまう自分を情けなく思うこともありますが、自分が興味を感じる題名や内容が決まっているのですから、ある意味仕方ないことなのかもしれません。
 このようなわけで、本を読みながら「もしかしたら、前に読んだことあるかも」と感じることはあります。しかし、確たる自信がないときはそのまま読み進めることになりますが、ある瞬間に確信に至ります。それは、読み覚えのある文言を目にしたときです。これまでに読んだ本の内容を細かく覚えていることはほとんどありませんが、それでも心に響いた文言やフレーズは記憶に残っているものです。ですから、「既読」かどうかはそうした文言に出会うかどうかでわかります。疑心暗鬼になりながら読み進むうち、読み覚えのある文言やフレーズにぶつかったときは、やはりショックです。
「ああ、やっぱり」。
 こういうときは、そこまでのページを読むのに費やした時間を返して欲しい気持ちになりますが、その責任は自分にあるのですからどうしようもありません。
 このように、過って同じ本を読んだときは自分に責任がありますが、中には「書いてある内容が他の本で読んだことがある」というケースがあります。これはビジネス書や人生書などの場合、著者が過去に出版されている本を参考にしたり下地にしたりして書いていることが多いことから起こる現象です。この現象として、特に多く見受けられるのが例え話や寓話といったお話・物語の類です。これらのお話は中に登場する人物の設定や状況などを変えて紹介されていますが、その核心となる「言わんとすること」は同じです。結局、お話の半ばくらいまでは読み進めませんと「同じ趣意の本」とは判断できません。半ばあたりまで読んで初めて、「ああ、あの話と同じか」とわかるわけです。
 今週、紹介するお話は僕がそのような体験をした中のひとつです。今までになん度読んだかは定かではありませんが、少なくとも3回は読んでいます。偶然ということもありますが、それだけいろいろな本で紹介されるということは、見方を変えるならそれだけ書き手から支持されている証でもあります。実際、僕自身も心に残ったお話でした。読者のみなさんはどのような感想を持つでしょう。
 それでは、はじまりはじまりぃ…。
 ある田舎町に漁師がいました。漁師には妻も子供もおり、なに不自由なく平凡に暮らしていました。「なに不自由なく」とはあくまで田舎町で暮らす人間にとっての感覚で、都会で暮らす人にとっては不便な生活かもしれません。なにしろ田舎町ですから、都会のように深夜までお店が開いていることはありませんし、娯楽などもほとんどありません。都会人が喜びそうなグルメ料理を食べることもできませんし、きれいに着飾って遊びに行く施設もありません。それでも、漁師は幸せでした。いえ、そういう生活だからこそ幸せでした。
 漁師のなによりの楽しみは仕事が終わったあと、のんびりと時間を過ごすことでした。ときには、ただなんとなく釣り糸を垂れていることもありました。漁師の仕事もあくせくノルマに追われることもなく、自分のペースで働くことが基本です。無理をして働いていては「満足のいく仕事ができない」と考えていました。そして、仕事が終わったあとは気が向いたときに気が向いたことをやり、自分の好きなように時間を過ごせることがなによりの幸せでした。こうしたことができるのも、都会で働いているビジネスマンのように、常に競争に明け暮れ事業を大きくするといった野望がないからです。漁師は自分に適した規模で自分に合った働き方をして、幸せな人生を過ごしていました。
 ある日、その漁師をコンサルタント業を営むビジネスマンが訪れました。実は、漁師の仕事のやり方は他では見られない特殊なノウハウを駆使していました。「駆使」などと言うと大げさですが、漁師にしてみますと自分なりにやりやすいように工夫した方法がたまたま好結果を生んだに過ぎませんでした。しかし、偶然とはいえ、漁師は業界では知られた存在になっていました。ビジネスマンはその噂を聞きつけ漁師の元を訪れたのでした。
 漁師はビジネスマンの訪問に戸惑いました。ビジネスマンの目には漁師のやり方が「金のなる種」に映ったのかもしれませんが、漁師にとっては単に自分がやりやすい方法という意味でしかありません。そのような感覚の漁師でしたから、わざわざ他人に誇示するつもりもありませんでしたし、ましてやそれを活用して「事業を拡大しよう」などとはこれっぽっちも考えていませんでした。
 そんな漁師をビジネスマンは説得しました。
「このノウハウをもっと活かして事業を大きくしませんか?」
 漁師は戸惑い気味に言葉を返しました。
「そんなことに興味がないし、それに事業を大きくするって言ってもお金がないし」
 ビジネスマンは漁師の返答を前もって予想していたかのように言葉を続けました。
「大丈夫です。私は資金を集める方法を知っていますから」
 漁師は自信に満ち溢れたビジネスマンの表情に気後れしながら言いました。
「俺はただの平凡な漁師だから経営とかそんな難しいことは全然わかんないし…」
 ビジネスマンはプレゼンテーション能力にも長けているのでしょう。漁師の不安げな口ぶりを全く意に介さないかのように語りかけました。
「そうした難しいことも私に任せてください。私が経営してもいいですし、経営の専門家を紹介することもできます。どうでしょう、取りあえずはこの地域で一番の漁獲量を目指しませんか?」
 漁師には「一番」という言葉が気になりました。
「地域で一番になったらどうすんだい?」
 ビジネスマンは話の展開が自分の思惑通りに進みつつあることに満足げに言葉を続けました。
「その次は、国内で一番を目指すんですよ」
 漁師は満面に笑みを浮かべたビジネスマンにさらに質問をしました。
「そんで、国内で一番になったら次はどうすんだい?」
 ビジネスマンは得意げに続けました。
「国内で一番になれたら、その時点である程度の知名度ができていますから、いよいよ海外に打って出ます。手始めにアジアで一番に…」
 漁師はビジネスマンの話が大きくなりすぎて実感が沸いてこないのが正直な気持ちでした。
「アジアで一番…。それも達成できたらどうすんだい?」
 ビジネスマンは我が意を得たりといった表情で答えました。
「もちろん、グローバル経済と言われる時代ですから、世界で一番を目指すのが当然です」
 漁師は自信満々に答えるビジネスマンの表情を見ながらなおも尋ねました。
「もし…、もし…、それも叶えられたらどうすんだい?」
 ビジネスマンは漁師の質問が愚問であるかのような口調で答えました。
「そこまでいきましたらですね。莫大な報酬を得て引退して、あとは自分の好きなことをして暮らせばいいんですよ。それが最高の人生じゃないですか」
 漁師はビジネスマンの言葉を聞いて不思議な気持ちになり答えました。
「それなら今もやってるよ」
 いかがだったでしょう。除夜の鐘を聞きながら人生を考えてみるのも一興です。
 ところで…。
 先週は妻が大変なことになりまして。
 お休みの日、知り合いの電気屋さんに遊びに行った帰りのことです。僕が先に店を出てそれから妻が僕を追いかける形で店を出てきました。僕はうしろから妻がなにかを話しかけながら小走りに近寄ってくる気配を感じていました。
 ところが、突然声が聞こえなくなったのです。僕はうしろを振り返りました。すると、どうしたことか、なんと!妻がうつぶせに倒れているではありませんか! この間、わずか数秒の出来事ですが、とにかく妻が倒れていました。その倒れている様は、まるでカエルが押しつぶされたような格好でした。妻はいつもショルダーバッグを肩からかけているのですが、そのバッグがお腹の下敷きになり、またどうしたわけか、両手が上半身の下に組み敷かれていました。想像力の高い読者の方は、この妻の倒れている様を読んでお気づきかと思います。そうです、妻は顔を地面に打ちつけて倒れていたのです。上から見下ろしますと、頭の部分は髪の毛しか見えませんでした。顔の部分が全く見えないのです。顔は地面と真正面に向き合って倒れている格好でした。
 その姿を見て、僕は不安になりました。もしや顔が…。
 普通に考えるなら、人間は前方に倒れそうになるときは、手で支えようとするものです。ですから、普通なら顔の近くに手が添えられているのが自然な形です。しかし、妻の両手は上半身の下に組み敷かれていました。
 僕は妻に駆け寄り声をかけました。
「大丈夫?」
 妻の返事は一言でした。
「うっ」
 僕は声を聞いて心配になり、さらに尋ねました。
「顔、ぶつけたの?」
 妻の返事は少し長くなりました。
「ううっ」
 そう言いながら上げた妻の顔からは擦り傷とともに血が滲み出ていました。額のケガは生え際の真ん中あたりから眉間に向かって幅2センチ長さ3センチの擦り傷です。しかも、顔を上げた時点ですでに黒ずんで腫れていました。「腫れ上がって」のほうが相応しい表現でしょうか。
 もっとひどい傷が鼻の部分でした。たぶん、鼻をぶつけた地面に小石があったのでしょう。鼻筋の上の部分、ちょうど両目の位置から少し下のあたりの鼻筋の一部分が直径1㎜の大きさで窪み、そして血が出ていました。僕たちは急いで家路に向かいました。
 当初、僕はそれほど大きなケガとは思っていませんでした。なにしろ、単に転んだだけだからです。それにしても、なぜ転ぶときに手をつかなかったのか?
 妻の答えはこうでした。
「僕に走り寄ったときに、足がもつれて前に倒れそうになった。そのときに、運悪くバッグが身体の正面にずれてきて、バッグの紐が身体を支えようとした手の邪魔をして手を前に出すことができなくなってしまった。しかも、両手とも」
 妻の話から想像しますと、妻は両手を縛られたまま顔から地面に落ちたのと同じ状態だったわけです。これで、顔がなんともないはずがありません。実際、今の妻の顔はKO負けをしたボクサーのような顔になっています。
 理由はわかりませんが、妻の顔の腫れは日にちが過ぎるに従って範囲が広がっていきました。また、色も紫が濃くなってきました。不思議です。擦り傷のあとから考えて、ぶつけた箇所はおでこと鼻だけのはずなんですけど、腫れはそれ以外の両目の周りにも及んでいます。人間の筋肉の作りってホントわからないものですねぇ。
 それにしても、まさかここまで腫れがひどくなるとは、当日は想像もしませんでした。ですから、僕は当初、笑いがこみ上げてきて仕方ありませんでした。実は、今もこうして思い出しながら書いていて、笑いがこみ上げてきています。う~ん、僕って妻がいつも言っているように「冷たい男」なのかなぁ。
 じゃ、また。
追伸:1年間、ご愛読くださいましてありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。




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