<生え抜き>

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 前回のコラムは僕の知人を通じてのコンビニ業界のお話を書きましたが、先週はそのコンビニ業界で興味を引くニュースがありました。ローソンの副社長に玉塚元一氏が就任したという記事です。この名前に見覚えのある方は小売業・流通業に精通している方です。
 玉塚氏の前職はリヴァンプという企業再生事業会社の共同CEOでした。そして、さらにその前は、近年では最も成長著しいと言われているユニクロのCEOを務めていた方です。玉塚氏がユニクロのCEOに就任したときも当時の大きなニュースでした。ユニクロの創業者である柳井氏の厳しい選抜眼を勝ち取っての就任でしたから、マスコミの注目を集めても不思議ではありませんでした。
 このような玉塚氏のビジネスマンとしての経歴ですが、僕は今回のローソン副社長への就任に疑問を感じています。その理由は、玉塚氏がユニクロCEOを退任するときにすっきりとした形ではなかったことと関係しています。
 玉塚氏は柳井氏から解任されたような形で退陣に追い込まれています。当時の柳井氏のインタビューを読みますと、玉塚氏に対して「スピードが遅い」「成長を目指す気構えが弱い」などと評価していましたが、つまるところは、柳井氏の目から見て玉塚氏の経営のやり方が満足のできる内容ではなかったことに尽きます。また、柳井氏の言葉から、僕には言外に「玉塚氏に対して経営者として失格の烙印を押した」ように受け取れました。しかし、僕のような凡人からしますと玉塚氏のユニクロでの業績はさほど悪い結果ではなかったように思います。ですが、柳井氏のような、一代で数千億円もの企業を築き上げた創業者からすると物足りなかったのかもしれません。
 それはともかく、僕が玉塚氏のローソン副社長就任に疑問を感じるのは、玉塚氏がローソンCEOの新浪氏と同じ大学の同窓生で親しい関係だからです。しかも、この二人はほぼ同時期に新浪氏はローソンの、玉塚氏はユニクロのCEOに就任しています。当時、ある経済誌で二人は対談までしています。こうした経緯を見ていましたので、今回の報道に驚きはありませんでしたが、それよりも「それでいいのか?」という疑問を感じたわけです。僕には仲間内の情実人事と映ってしまいました。
 「情実」という言葉はもちろん玉塚氏に対するです。柳井氏から「経営者失格」の烙印を押された玉塚氏に新浪氏がリベンジのチャンスを与えたように感じてしまうのです。真相はわかりませんが、起きている出来事から考えますとあながち的外れでもないのではないでしょうか。どちらにしましても、今回の人事はローソンの生え抜き社員の士気を下げたのは間違いないと思います。
 玉塚氏がユニクロを去り企業再生事業会社を設立した時期は、僕が注目していた流通業関係の有名人が様々な動きをしていたときでもあります。僕はそうした人たちの動きを見ていて、今週のテーマでもある「生え抜き」について考えをめぐらせていました。では、僕が注目していた方々の動きを簡単にご紹介しましょう。
 まず、伊勢丹でカリスマバイヤーと言われていた藤巻幸男氏が靴下メーカー福助の社長に就任しました。福助という企業は、足袋で有名な老舗と言われる企業ですが、時代の流れには抗えず業績が悪化していました。そこに再建社長として送り込まれたのが藤巻氏だったわけです。
 藤巻氏が福助を再建する様子をドキュメント番組で見ましたが、外部からやってきた社長に反発する社員の様子ばかりが印象に残りました。結局、藤巻氏は1年あまりで福助から離れてしまったので、再建がうまくいったかどうかは判断のしようがありません。
 その後、藤巻氏は鈴木敏文会長に直談判し、セブンアンドアイ生活デザイン研究所代表取締役社長に就任しました。ですが、こちらも今一つ確たる結果が判明しないままヨーカドーを離れています。そのヨーカドーに昨年末に大久保恒夫氏という方が幹部として入社しています。
 大久保氏は流通業界では再建のプロとして有名な方です。元々はヨーカドーにいたのですが、コンサルタントとして独立したあとユニクロや良品計画の改革に携わったり、(株)ドラッグイレブンの再建に成功して名を馳せました。最近で有名なのは都内でチェーン展開している成城石井というスーパーの再建です。そうした実績が買われて今回ヨーカドーに復帰したわけですが、僕にはやはり「生え抜き」の方々の心情が気になります。
 昔から業績が悪くなった企業に外部から社長が送られるケースは幾つもありました。例えば、大企業を親会社に持つ子会社の場合ですと、親会社から社長が再建のために天下ってきました。親会社を持たない独立した企業の場合ですと、銀行から社長が送り込まれるのが一般的でした。そして、10年ほど前からは投資銀行、いわゆるファンドなどから社長が送り込まれるケースが見られるようになりました。先ほど紹介しました福助の藤巻氏やドラッグイレブンの大久保氏などはこのケースに当てはまります。投資銀行などは企業再建のために有能な経営者を常に探しています。
 このように業績が悪化した企業には、社長にしろCEOにしろ、または役員にしろ外部から人材を登用するケースが多いのが実状です。しかし、僕はその企業にずっと勤めている「生え抜き」社員の気持ちに思いを馳せてしまいます。
 確かに、零細企業や一部の中小企業などでは経営幹部に相応しい人材がいないこともあるかもしれません。経営を行なうにはそれなりに知識や経験が必要です。そのような場合は、外部から社長などのような経営幹部を招き入れることも必要でしょう。ですが、そのようなケースは稀でしかなく、多くの中小企業やそれ以上の規模の企業においては「人材が不足している」とは僕には思えないのです。要は、親会社なり銀行なり、実権を握っている企業が自分たちが納得したいだけのことのように思います。
 例えば、先ほど紹介した藤巻氏がCEOを務めた福助は、わざわざ藤巻氏がCEOに就任する必要があったのか疑問です。僕はドキュメント番組を見ていてそう感じました。
 また、ヨーカドーに復帰した大久保氏の場合、もっと複雑な要素があります。先に書きましたように、大久保氏は元々ヨーカドーで働いていた人間です。僕には「会社を退職すること」は「見捨てた」と同義語だと思えますが、そのような人間が長い期間を経て戻ってきて、しかも経営中枢に入るということに違和感があります。ずっと長い間、浮気をすることもなく勤め続けてきた人たちから見ると、あまり心地よいものではないはずです。勤め続けた人間をないがしろにして会社を去った人間を重用するのは企業で働く人たちに悪影響を与えるように思えて仕方ありません。間違いなく社員の士気は下がるのではないでしょうか。
 今もまだ再建途中のダイエーですが、ダイエーはまさに創業者の中内氏が去ったあと、外部からやってきた社長が目まぐるしく変わったために悪循環に陥ったように感じました。その光景はとても悲しいものがありました。
 例え、最終的に倒産の憂き目に遭おうとも、ヨソの会社に浮気することなく、雨が降ろうと風が吹こうと槍が飛んでこようと、ふてくされることなく、コツコツとひとつの企業に最後まで勤め上げた人たちが報われ、納得し、満足する企業が僕の考える「世界で一番大切にしたい会社」です。生え抜き社員が大事にされる企業が成功する世の中になってほしいものです。
 ところで…。
 僕は、「生え抜き」という言葉には好印象を感じるのですが、その理由は「一途」「素朴」「純真」といった言葉が連想されるからです。昔、河島英五さんという方が「時代おくれ」という唄を歌っていましたが、同じような匂いを発しています。因みに、作詞は亜久悠さんです。
 僕が「生え抜き」にこだわるのは、中高年になり髪の毛が少なくなってきて「生え際」が後退してきたのと無縁ではありません。
 じゃ、また。




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