<ピンハネ>

pressココロ上




 ニュース番組を見ていましたら、福島原発で働いている作業員の方にインタビューしている模様が放映されていました。内容的には、東京電力から発注された作業が元受けからその下の1次から順繰りに下って、最後は5次や6次の下請けまで仕事が回され、最終的には最後の下請け企業の作業員が、過酷な仕事内容にも関わらず、低い賃金しか受け取れない実態を伝えたかったようでした。つまり仕事内容に見合った賃金が支払われていないことを意味します。
 インタビューによりますと、仕事の危険性を正確に伝えられないまま従事していた作業員もいたようですから、その点においては発注者の東京電力の責任は追及されて然るべきです。しかし、危険な仕事内容に見合った賃金になっているかどうかは簡単に結論を下せないように思いました。
 仮に、5次6次下請け企業の作業員の賃金までを発注元の東京電力が保証するのであれば、その賃金支払い構造は資本主義とは呼べなくなってしまいます。確かに、下請け企業に属している従業員の方々の賃金が低い実態は、心情的には同情も禁じ得ませんが、それが現実的であるのも事実です。その現実を受け入れるのを前提として資本主義は成り立っているはずです。ですから、順繰りに下請けに仕事を回す際に自分たちの儲けや取り分を抜くのも一方的に責められるものでもないように思います。
 どんな業種であろうと、モノやサービスを提供する際は自分たちの儲けを取るのが大前提です。販売業であれば、自分たちの儲けを上乗せした販売金額を設定しますし、請負業であれば受注額から自分たちの儲けを抜いた金額を作業員、もしくは下請けに提示します。社会で働いた経験がある人なら誰もが納得している経済システムです。
 そうした経済システムが前提となっている中で、マスコミがある一つの部分を切り取って安易にピンハネと表現することに疑問を感じます。特に、テレビ関係者などの方々が弱者の視点に立つかのような感じで現場の末端で働いている作業員の賃金の低さを批判するのは感じのいいものではありません。本当に、批判する気持ちがあるならば、まずは自分たちが属しているテレビ業界を見渡してほしいものです。
 テレビ業界も電気業界での原発と同様に、テレビ局を頂点とした4次5次といった下請けの製作企業で成り立っています。そのような状況で、テレビ画面に映り正論を振りまくキャスターなどが高額の報酬を得られるのは、テレビ業界の下請け企業に低賃金を強要しているからにほかなりません。テレビ業界の下請け企業の末端現場では、福島原発で作業している方々と大して変わらない労働環境を強いられている人たちがたくさんいるはずです。
 僕は現在、食品関連を問屋さんから仕入れて販売する仕事をしていますが、僕は問屋さんから仕入れた金額に自分の儲けを上乗せして販売しています。この行為も大きな括りで考えるならピンハネと考えることもできます。ですが、僕の行為をピンハネと考える人はいないでしょう。問屋さんも生産者さんから僕に販売する際に自分たちの儲けを上乗せしています。この行為も誰もピンハネとは言いません。
 ピンハネを辞書で調べますと、「取り次いで人に渡すべき金品から、その一部を取って自分のものとすること」、もう少し悪いイメージですと「うわまえをはねること」などと説明してあります。最もわかりやすい例は、派遣会社ではないでしょうか。派遣会社は依頼主企業が支払う報酬から派遣会社の取り分を抜いた残りを現場で仕事に従事する人たちに支払います。因みにネット情報によりますと、今回の原発復旧作業では、東京電力が10万円で発注した仕事が6次7次の実際に現場で働いた人たちにはわずか1万円の賃金になっていたそうです。
 派遣会社に比べますと、僕の仕事を誰もピンハネとは言いませんが、上乗せ額の「適正さ」は誰しも考えるでしょう。その証拠にスーパーや商店での販売価格には多くの人が敏感です。
 今月の初めのことですが、僕が桃を販売していたときです。僕の値づけは、それほど安い設定ではありません。低価格をウリにしているスーパーと価格よりも品質や品揃えをウリにしているスーパーの中間の価格に設定しています。理由は「価格競争の渦に巻き込まれたくない」ことと、昔読んだ本に書いてあった「安く売るのは誰でもできる。高く売ることこそがビジネスだ」というセコム創業者・飯田亮氏の言葉が心の中に刻まれているからです。
 そんな僕の前をたまたま通りがかった中年男性が桃を見ながら声をかけてきました。
「今から、スーパーに行ってくるから、それまで取っておいてよ」
 僕は少し不安でしたが、一応承ることにしました。約30分後、スーパーから戻ってきた男性は僕にこう言いました。
「おじさん、スーパーのほうが安かったよ。約束だから桃は買わずにきたけど、その代わりまけてよ」
 その話しぶりといい、口調といい、あまり感じのよいものではありませんでしたが、消費者の中にはこのような人もたくさんいます。自分の儲けをどれだけ上乗せするかは販売者が決めてよいものですが、お構いなしに自分の意見を押し通そうとする消費者もいます。このような消費者の振る舞いは、福島原発で働いている作業員に低賃金を押しつけることと同じです。
 先日、娘の部屋の蛍光灯が突然消えました。いろいろと調べた結果、壁のスイッチに原因があるようでした。なんでも「自分で修理したがる」僕ですから、ホームセンターに行くなどしていろいろと試行錯誤しましたが、その試行のひとつに「近くの個人電気店に依頼」もありました。そのときのやりとり…。
「すみません。部屋の電気が点かなくなったんですけど、みてもらえないでしょうか?」
 少し思案気の60才過ぎと見える店主は答えました。
「買うときは大型チェーンなんかに行って、修理だけうちみたいな電気屋に来る人多いんだよね」
 僕としましては返事に窮する言葉です。確かに、僕は家電品はいつも大手チェーン店で買っていますので、店主の気持ちもわかります。店主は一応、電気が点かなくなったときの状況や症状などを聞いてくれましたが、そのやりとりの中で僕は「申し訳なく」思い、結局依頼せずに帰宅しました。
 僕が大手チェーンで電気品を買うのは価格が安いからです。しかし、価格で勝負しない個人電気店があっても不思議ではありません。ですから、近所の電気店店主の言い分にも納得できます。ある意味、電気店主の対応は僕が仕事をするときの姿でもあります。
 ここまで考えて僕はある言葉を思い出します。
「責任を負わなくていい立場にいる者ほど、優しくなれる」
 マスコミが大衆受けを狙って、優しい言葉を発するのは無責任です。真の意味で、原発事故現場で働いている人たちの待遇に心配りをするなら、もっと全体を見て責任を負える対策を示すべきです。資本主義の世の中で儲けを追う姿勢を安易にピンハネと呼ぶべきではありません。確かに、ただ右から左へとモノやサービスを流すだけで儲けを得ようとすることはピンハネとして非難されるべきです。
 僕は、ピンハネと判断する基準はリスクの度合いによると考えています。リスクを負わずに儲けを上乗せしたり、報酬から手数料を取ったりする行為がピンハネです。皆さん、自分の従事している仕事がピンハネに当たるかどうかよ~く見極めましょう。
 ところで…。
 僕が桃を売りながら、人通りの少ない自動販売機の前で休憩をしていますと、80才前後のおばあさんが近寄ってきました。
「桃、売ってるの? でも、ここじゃ売れないよ」
 僕が微笑んでいると、右手方向に見えるバス停を指差しながら言葉を続けました。
「あそこがいいよ。あそこならバスから降りる人もいるし、乗る人も集まってくるし…」
「ありがとうございます。あとで、そこに行きます」
 と答えました。すると、今度はおばあさんの左手方向にある2階建て建物を見ながら言いました。その建物には商店や事務所などが幾つか入っていました。
「そうだ。今、あそこを通って来たんだけど、あそこで年寄りばかりを集めて健康食品の販売をやってるよ。もうすぐ、あれが終わるから、そしたら年寄りばかりが出てくるからそれを待ってるといいよ」
 このおばあさんは本当にしっかりした方で、健康食品のいかがわしさを認識していました。また、そこに集まって来るお年寄りの方々についても「人のことだから、どうでもいいけど、私はあんなことにお金を使うなら、きちんとした病院の治療費にするね」と暗に「騙されている」と考えているようでした。
 このおばあさんがこうしたお年寄りを集めたセミナー方式の販売を批判するのは、ご自分も経験したからでした。知人に誘われて参加したセミナーで、「どんな病気でも治す椅子」を講師の男性が紹介していたからでした。おばあさん曰く、
「椅子に座るだけで病気が治るなら医者はいらないよなぁ。しかも、椅子が50万円もするなんて…」
 僕は、おばあさんの帰り際に言いました。
「うちの桃を食べても、なんの病気も治りませんから」
「ワッハッハッハ…、あんた面白いこと言うねぇ」
 じゃ、また。




シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする