<プロパー>

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 僕のサイトを訪問してくださる方の検索語に、先日面白い言葉がありました。
「らーめん屋をやって8ヶ月経ったけど、もう限界かも…」
 普通は「ラーメン開業」とか「資金」などといった単語で検索されるのですが、このような文章でも検索されたことが面白かったです。しかも、内容が切実な感じがして、同じような経験のある僕としては同情の気持ちが湧いてきました。脱サラや独立を考えている人の中には「お店を構えること」を目標にするあまりそのあとの運営することに頭が回っていない人がいます。大切なのは開業することではなく、営業を続けることです。
 …てなことを思っていましたら、先週の東京12チャンネルのガイヤの夜明けはとても面白い番組でした。内容は新宿・伊勢丹の改装にまつわるお話でした。
 ご存知の方も多いと思いますが、新宿伊勢丹は単館としては日本一の売上げを誇る百貨店です。その伊勢丹が改装をしたのですが、直接指揮をとったのは森田恭通氏というデザイナーです。森田氏は現在最も注目されているデザイナーですが、その森田氏のやり方を紹介することを中心に番組は構成されていました。
 番組では森田氏が伊勢丹の売り場を歩きながら問題点を見つけ、そうしたことを総合的に判断して改装のコンセプトを決める様子が映し出されていました。しかし、僕はそれが不思議でなりません。どうして改装という百貨店の業績を左右する最も重要なことを外部の人間に委託するのでしょう。もし、仮にこれで売上げが上がり改装が成功だったとしてもそれでは伊勢丹の成功ではなく森田恭通氏の成功に過ぎなくなってしまいます。それに、大切なのは改装ではなく改装後に売上げが上がり続けることです。
 外部の力を借りることで成功させた例としてはdocomoのimodeが思い出されます。元リクルートの松永真里氏を引き抜き、そして現在デジタル分野で超有名になっているあの夏野剛氏を活用し、そしてコンサルタント会社のマッキンゼーと契約し…。松永氏が書いた「i-mode事件」にはそのときの様子が事細かに描かれていますが、これだけ外部の力を借りていたのですから、僕にはdocomoが成功させたとは思えませんでした。それよりなにより優秀な社員の集まりであるはずのdocomoの社員の方々は悔しくそして悲しくなかったのでしょうか。
 同じように天下の伊勢丹にも人材が不足しているとはどうしても思えません。かつて伊勢丹には藤巻幸夫氏というカリスマとまでいわれたバイヤーがいました。このように伊勢丹には百貨店に精通している立派な社員がたくさんいるるはずです。数年前に「伊勢丹な人」というベストセラー本が出ましたが、この本は伊勢丹の社員がいかに優れているかを紹介している本です。伊勢丹はほかの百貨店の道標になるほどの実力を備えているはずです。それなのに外部の人間に改装を依頼する社長の気持ちが僕には理解できません。これでは社員の士気が下がってしまいます。またdocomoと同じように社員の方々は悔しくはないのでしょうか。もし、そうであるなら悔しさを感じない社員がいることが伊勢丹の業績が落ちている問題の根源です。
 実は、僕は学生時代に伊勢丹でずっとアルバイトをしていました。そのときに感じたのは伊勢丹社員が持っている伊勢丹に勤めているというプライドです。当時の伊勢丹の社員はほぼ早慶以上のレベルの学生しか入社できませんでした。ですから早慶出身の社員の方々は全員が全員とも「自分は優秀である、自分は仕事ができる」といういい意味でも悪い意味でも強烈な自尊心を持っていた印象があります。
 そのような社員の集まりである伊勢丹の社長が改装を外部の人間に委託したのが不思議でならないのです。
 伊勢丹で僕が思い浮かぶのはミスター百貨店とか百貨店経営の神様といわれた山中 鏆氏です。山中氏の足跡をたどりますと、伊勢丹の専務から危機に瀕していた松屋に転じ副社長から社長、そして会長までを歴任し再建を果たしました。その後は東武百貨店の根津嘉一郎氏から請われて、最後は東武百貨店にも赴き再建を果たしています。このような山中氏が残した百貨店経営の真髄を延々と受け継いでいるはずの伊勢丹です。そんな伊勢丹に優秀な人材がいないはずがありません。
 百貨店というのは紛れもない販売業であり流通業です。江戸時代に則するならば士農工商の一番下位に位置する職業です。しかし、このように制度上では一番下位であっても経済という力を持ってましたので、社会的実力は決して一番下位ではありませんでした。その証拠に悪代官と密談をしていたのはいつも「越後屋」でした。つまり商(販売業)は代官を操るだけの力があったことになります。
 このような力を持つ背景には接客術という泥臭い熟練した技があったからこそです。その商売の基本である接客術がないがしろにされつつあるのが昨今の販売業の現状です。本来、販売で最も大切なのはお客様に対する接客です。接客とは即ちお客様と直接接しお客様に心配りをしお客様に満足感を与えることが仕事です。しかし、バブル崩壊後の90年代よりそうした泥臭い側面よりももっとかっこよくスマートなイメージがあるマーケッティングとかマーチャンダイジングといった横文字が重視されるようになってきました。
 僕は百貨店の業績がここ10年以上業績が昨年売上げをクリアしていない大元の原因はそこにあるように思っています。
 さて、そのスマートな横文字が闊歩するようになった商の世界を象徴するのがデザイナーによる店舗作りです。その走りはバブル期にはじまっていますが、当時空間プロデューサーという職業がもてはやされました。覚えている方もいらっしゃるでしょうが、松井雅美氏や山本コテツ氏といった方々がマスコミに頻繁に出ていた頃です。
 それと同じ発想上にあるのが百貨店の改装をデザイナーに任せるという発想です。しかし、その発想に僕は批判的です。本当に百貨店のことをわかっているのは外部のデザイナーではなく百貨店の社員でなければいけません。
 実は、この傾向は百貨店に限ったことではありません。あの天下のユニクロでさえ店舗作りを外部の人間に任せています。現在は佐藤可士和氏です。ユニクロは成功した企業の先頭を走っていますが、成功した最も大きな要因は広告のうまさに尽きると私は思っています。常に革新的な広告を作り続けています。それを成し遂げているのは広告専門の外部の人間に任せているからです。それこそマーケッティングで成功している最たる例です。でも、僕には不思議です。なぜ、社員を活用しないのか…。
 マーケティングについて考えるとき思い浮かぶのはソフトバンクの広告です。現在のソフトバンクの広告を一手に担っているのは佐々木宏氏という元電通マンですが、以前日経ビジネスで孫社長を口説き落としたときのようすが紹介されていました。その記事を読みますと、佐々木氏が担当したからこそ今のソフトバンクの成功があるとさえ思ってしまいます。でも、外部の人間に任せて成功していることが僕には不満です。なぜ、プロパーの社員に任せないのでしょう…。
 今、例に上げましたユニクロとソフトバンクですが、この2つの企業には共通点があります。それは創業者の次が育っていないことです。さらにいうなら次の世代を退けているとさえ見えることです。柳井氏はせっかく社長に据えた後継者をほんの数年経ったのちに解任しましたし、孫社長は後継者らしき人の名前さえ上がってきません。孫社長は幹部養成大学なるものを開校しています。この大学の開校は裏を返せばこれまで次の世代を育ててこかなった証です。
 かつて名経営者といわれた人たちは立派な後継者を育てて、または指名して引退しています。松下幸之助氏や本田宗一郎氏、またはソニーの盛田氏井深氏の両名も然りです。そのとき後継者たちはいずれもプロパー社員でした。外部からの登用ではありませんでした。
 企業には親子関係にある企業があります。そうした企業は必ずといっていいほど子会社の社長や幹部には親会社からの天下りが就任しています。また、そうした企業に限って業績が芳しくないのも実状です。その理由に思いを馳せるとき、自分の会社の社長や幹部が外部からやってくることで士気が高まらないことが原因のように思います。プロパー社員を大切にしない会社に成長は望めません。
 ところで…。
 実は、先週娘の結婚式があったのですが、僕は生まれて初めてバージンロードを歩きました。裾がバカみたいに長い着慣れないドレスを纏った娘と手を組みながら歩いたので歩きづらいったらありゃしない…。
 その様が自分自身でおかしくておかして笑ってばかりいたのですが、あとから「今までで、一番笑っているバージンロードを歩いている花嫁の父を見た」と言われてしまいました。
 じゃ、また。




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