<感動話>

pressココロ上




 フィギュアスケートの浅田真央さんのフリープログラムでの演技に感動した人は多いようです。口さがない人は「開き直り」と表現しているようですが、演技を終えたあとの感極まった表情から想像しますと、「開き直り」以上の気持ちが込められていたように感じました。
 本当にフリーの演技は圧巻でした。「滑りたい」という純粋な気持ちだけで滑っていたように見えたのは僕だけではないでしょう。本当のスケート選手というのはこのような気持ちで滑るのが理想的な演技だと想像します。スケートに限らず、すべてのスポーツとは本来、純粋にその競技に没頭した無心の状態で臨むのが理想の心理状態であるはずです。
 そうした、本来あるべき心理というか気持ちが影を潜めて、勝利のみに固執した気持ちになってしまうのは「周りの期待」があるからです。ただの期待ではなく「過度な期待」といってもいいかもしれません。まるで国民のために、または周りの人のために競技をするのであれば当人にとって競技は苦痛以外のなにものでもなくなってしまいます。
 先週も書きましたが、わずか17才で「期待に応えられなかった」ことを詫びていた高梨選手の表情が忘れられません。彼女がジャンプをはじめたとき、最初は周りのためではなかったはずです。最初は、純粋にジャンプが「好きだった」から「楽しかった」から打ち込んでいたはずなのです。そうした気持ちをマインドコントロールしたのは、周りの大人たちです。
 自分の人生は周りの人たちのために生きるのではありません。それではせっかく生まれてきた意味がないことになります。そんな人生は奴隷の人生と同じです。すべての選手が自分のために競技をするような社会環境、世の中になることを願っています。
 では、周りの大人たちは「なぜ周りの期待に応えるためにスポーツをするように」マインドコントロールをするのでしょうか。その理由は「感動話を作り上げたいから」と僕は思っています。単に競技に、またはスポーツに、または練習に打ち込むだけではダメで、そこには必ず感動話が伴っていなければいけないようです。そして、その背景にあるのは商業主義です。感動話にすることで大会を盛り上げ、そしてそれが企業の利益につながるからです。
 今回のオリンピックに関するテレビや新聞の取り上げ方もすべてといっていいほど、なにかしらの感動話ばかりでした。僕などは、そんなに感動することばかりが世の中に溢れていたなら、感動も薄れてしまうと思ってしまいます。
 人間の感情はものごとに対して慣れるようになっていますので、次第に普通の感動ではなにも感じなくなり、より刺激の強いものを求めるようになっていきます。そして、いつしか常識の感覚を越えた感動話にしか感動しなくなります。そうした状況を、僕は恐いとさえ感じています。
 また、感動はものごとの本質を見失わせてしまうことがあります。本来、スポーツは競技の質のみで評価されなければいけません。しかし、感動話が付け加わることで本質から離れたところで競技を評価するようになりがちです。
 『全聾(ろう)の天才作曲家』佐村 河内守氏のゴーストライター問題は世間を驚かせましたが、この事件も感動話が発端になっているように思います。この人が有名になったきっかけはNHKのドキュメンタリーだそうですが、制作をしたディレクターおよびNHKのプロデューサーの人たちが「なぜ、見抜けなかった」のか不思議です。
 このように批判をしますと「後だしジャンケン」のようで気が引けますが、放送に関わる人たちはその道のプロを自認しているはずです。ですから、やり方がいくら巧妙だったとしても責任の一端はあってしかるべきです。
 しかし、今のマスコミ業界を見ていますと、マスコミ業界の本来のあり方とは反対に、「無理やりにでも感動話を作り出そう」としている雰囲気があるように感じます。
 僕は毎年、お正月のテレビ番組の芸能人格付けランキングについてコラムに書いていますが、その理由はこのような番組を作る発想に好感を持つからです。この番組はホンモノとニセモノの区別をつけることができない業界および業界人をお笑いで包みながらあざ笑っているように僕には感じられます。
 それはともかく、佐村氏の音楽の欺瞞性を見抜けなかった要因として、佐村氏の背景に感動話があったことは否めません。というよりも、感動話がなかったなら佐村氏のドキュメンタリー番組もNHKに採用されなかった可能性があります。
 その意味でいいますと、やはりテレビ業界が感動話を咽喉から手が出るほど求めていることがわかります。たぶん、僕と同じように感動話に辟易している一般の人は多いのではないでしょうか。業界人の人はもちろん、一般の人も感動話には注意が必要です。
 え?、僕のコラムに感動したって…。
 注意してください。じゃ、また。




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