<助けびと>

pressココロ上




 現在マスコミでは川崎市の中学1年生殺害事件の報道が大きくなっていますが、実は先週の段階でコラムで取り上げようか迷っていました。しかし、まだ情報が少なく確かなこともわかりませんでしたので見送ることにしました。やはり、事件の詳細がわかるにつれ大きな反響があります。
 普通の感覚からしますと、もっと早く容疑者が逮捕されてもおかしくない状況でした。なにしろ昨年まで小学生だった少年が高校生とつるんで遊んでいてしかも顔にあざを作っていたのですから、犯人はすぐに予想がつきます。しかし、実際には1週間ほども遅れての逮捕となっています。その理由は、容疑者が少年であるということを考慮したのだと思います。
 僕は見ていませんが、ネットではもっと早く容疑者の個人情報が流れていたようで顔写真まで出ていたそうです。このような状況で慎まなければいけないのは感情の趣くままに不確かな情報を発信することと、そして受け手としてははそうした情報を鵜呑みにすることです。ネットによる情報社会になっているからこそ警察は慎重に捜査を進めてほしいと思いますし、世の中の流れに影響を受けないような捜査になってほしいと思っています。
 こうしたことを踏まえたうえで僕の個人的気持ちを書きますと、上村君がかわいそうでかわいそうでなりません。冒頭にも書きましたが、中学1年生とはいえまだ小学生の面影が残っている少年でした。そのような子供が不良グループと付き合わなければいけない状況になり、抜け出せずに苦しんでいたことを思うと悲しくてなりません。誰か大人の人が手を差し伸べることができなかったのでしょうか。
 僕がこのような事件に接するたびに思うのが学校関係者の姿勢です。責任感に欠けているように思えてなりません。責任感とは仕事に対する責任感です。担任する子供が不登校になったなら心の底から登校を願うのが先生の責任感というものです。事件後に不登校の状況が報じられるとすぐに学校関係者は会見を開いています。
 家庭訪問を5回以上行っていることを強調していましたが、僕には真剣みに欠けていたように思えてなりません。なぜなら1回も直接会ってないからです。単に呼び鈴を押しにいっただけにしか過ぎないように感じます。悪い言葉を使うならアリバイづくりをしただけのように思っています。
 昨年までは登校していて年が開けてから不登校になり、しかも昨年の秋あたりから不良グループと一緒に遊んでいる姿も目撃されています。こうした状況を考えたときに、ただ家庭訪問をしただけで終わらせていることに納得できません。
 もちろん一番の責任は親にあります。中学1年生の子供が顔にあざを作っている状況でなにも対処しなかったのでしょうか。僕にはそれが疑問です。報道ではお母様ひとりで育てていたようですが、それでも子供の危機に際しては死ぬ気で助けてあげるのが親の務めのはずです。
 このような事件が起きるたびに僕には思い出す出来事があります。あれは僕が高校2年のときです。(実は、この出来事は7~8年前にこのコラムで書いていますがお許しを…)
 僕はバレー部に所属していましたが、このクラブは校内でも厳しい練習をすることで一目置かれていたクラブでした。顧問の先生が日本体育大学出身の若く筋肉隆々のガタイの持ち主だったことも厳しさを感じさせる要因でした。新入生が入ってきても夏前には8割くらいが退部するのがいつものパターンでした。顧問の方針として夏の合宿が厳しいのでやる気のない部員は夏前に辞めるのがちょうどよいと思っているようでした。
 ですので部員は少なく僕たちの学年も5人しか残っていませんでした。練習もほとんど毎日行われていてしかもいつも一番遅くまで学校に残っているのが常でした。
 僕たちの楽しみは練習の帰りに校門の近くの駄菓子屋さんでジュースなどを飲みながらおしゃべりをすることでした。
 ある日、いつものように駄菓子屋さんで話をしていますと、お店の外に僕たちと同年代に見える男たち10人くらいがやってきました。彼らの風貌は全員がいわゆるツッパリでした。お店の入り口を取り囲むように立ち並ぶと、先頭にいたひとりが僕たちの仲間のひとりを指差して
「おまえちょっと来い!」
 と呼びつけてきました。呼びつけられたのは僕たちの学年のキャプテンを務めていたサトウでした。サトウはキャプテンを務めるくらいですから体格も一番ガッシリしており、気の強さも一品でした。つまり、見ようによってはツッパリと同じような雰囲気を出していることになります。
 お店には僕たちの学年と3年の先輩たちも数人いましたが、お店の外を取り囲まれサトウが呼びつけられた瞬間に店内に緊張が走りました。これもあとでわかったことですが、サトウ自身はこのような展開になることをある程度予想していたそうです。理由は、練習後に校門を出てからお店に来る前に「ガンの飛ばしあい」をしていたからでした。彼らは定時制に通う生徒でした。
 サトウは相手を見るだけで反応はしていませんでしたが、再度
「おまえだよ!ちょっと来い!」
 といわれると「仕方ないな」といった感じで表へ出ようとしました。その瞬間です。ヒロセ先輩がサトウの腕を掴み「行くな!」と引き戻しました。
 ヒロセ先輩は僕たちの学年の1学年上の部長でした。身体は大きくはありませんが、しっかり者のタイプで性格的には穏やかで人望がある先輩でした。そのヒロセ先輩がサトウを引きとめたのです。サトウはヒロセ先輩の顔を見て困ったような顔をしていました。
 するとお店の外からまた「早く来い!って言ってんだろ」と大きめの声がしました。すると、ヒロセ先輩はその声に負けないくらいの声でサトウの腕を両手で引っ張りながら「絶対に行くな!」と引き止めました。
 そのようなやり取りを何回か繰り返していましたが、最後には彼らはあきらめてそのまま帰って行きました。
 僕がヒロセ先輩を尊敬したのは言うまでもありません。因みに、ヒロセ先輩は大学を卒業後学校の先生になったと風の噂で聞きました。
 上村君の事件でヒロセ先輩のような人がいなかったのでしょうか。僕はそれが残念でなりません。中学1年生と17~18才の少年です。体格の差は歴然としています。そのような上下関係の中で身動きが取れなくなっていた上村君の心中を思うとやり切れない思いになります。
 もし上村君の周りにひとりでもヒロセ先輩のような人がいたなら事件は防げたのではないでしょうか。だからこそ、親や先生たちの対応に憤りを感じてしまいます。親や先生たちはヒロセ先輩の役割を果たすことが可能だったはずです。なぜ、それができなかったのでしょう…。
 上村君は、どんなにか苦しかったでしょう…。
 ……、じゃぁ、また。
 




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