<日ハムが優勝を決めた広島球場のファン>

pressココロ上




 日本シリーズは日本ハムの勝利で決着しました。しかし、正直なところ敵地での決定でしたので決まった瞬間は盛り上がりに欠けていたように思います。やはりどんなこともそうですが、あることが盛り上がるにはそのときの周りの状況が大きく影響します。本拠地での決定だったならもっと大きな盛り上がりになったはずです。
 やはり日本一を決めた試合ですので球場全体がフィーバーしているのが理想ですが、めぐり合わせですので仕方ありません。球場が盛り上がらないのは当然ですが、僕は違う意味で広島ファンに対して感銘を受けました。それは、広島ファンがとても礼節をわきまえた対応をしていたからです。本当は悔しくて仕方ないはずですが、それにも関わらず日本ハムの勝利を称える姿勢を見せていました。間違いなく広島が優勝することを願っていたはずで、その広島を撃破した日本ハムに対しては反発の気持ちのほうが強いに違いありません。それでも栗山監督が胴上げされたときには拍手を送っていました。このときほど僕は「日本人に生まれてよかったぁ」と思ったことはありません。
 日本には古来より武士道という精神があります。実のところ正確な意味はわかりませんが、「正々堂々としていて潔い」精神といったイメージでしょうか。広島ファンの姿勢はまさしく武士道に適った対応であり振る舞いでした。悔しい気持ちがあるのにも関わらず相手を罵るのではなく称賛しているのです。これこそスポーツです。スポーツの最も素晴らしいところは最善を尽くした者同士が結果に関係なくお互いを称えあう姿です。
 広島ファンの素晴らしさに感動していましたら、リオデジャネイロ五輪での吉田選手の決勝戦を思い出しました。なにしろ霊長類最強女子である吉田選手が負けたのですから世界の注目を集めました。吉田選手を負かしたのはアメリカ代表のヘレン・マルーリスという選手ですが、彼女は吉田選手に憧れ、目標にしてレスリングを続けてきた選手でした。
 マルーリス選手は吉田選手を研究するために日本で一緒に練習したこともあるそうです。吉田選手を目標にしていたのはもちろんマルーリス選手だけではありません。世界中の女子レスリング選手が目標にしていました。その吉田選手を破ったのですからそのうれしさは想像に難くありません。
 マルーリス選手の戦績を見ますと、これまでに世界選手権やいろいろな世界大会で幾度も吉田選手に跳ね返されています。まさに大きな壁となっていました。その吉田選手に勝つために「人並み以上」という言葉では言い表せないほどの努力をしてきたはずです。ですから、星条旗を掲げ目を真っ赤にしながら笑顔で歩く姿は感動を与えました。
 ですが、僕が最も彼女から感銘を受けたのは試合が終わったあとのマット上での吉田選手に対する優しさでした。マルーリス選手は負けたショックで顔をクシャクシャにして泣きながら近づいてきた吉田選手を暖かく抱き留め一緒に涙したのです。そのときの彼女の涙はうれしさだけの涙ではありませんでした。
 通常、選手は試合が終わったあと、礼をしてそれからマットの中央まで進み握手をしたり、ときには身体を寄せて片方の手を相手の肩や背中に軽く回す姿が見られます。つまり、お互いを称えあう姿です。
 試合終了のブザーが鳴り、勝利が決定した瞬間にマルーリス選手が歓喜している様子がテレビ画面に映し出されていました。うれしさのあまり涙があふれてきたのもわかりました。そのときの涙はそれまでの努力が実ったうれし涙です。しかし、試合後にマット上で吉田選手を抱き留めているときの涙はうれしさの涙ではありませんでした。吉田選手を「いたわる」涙でした。
 吉田選手は金メダルを取ることを最低目標にしていました。ですから決勝戦での負けは想定していなかったはずです。敗戦が決まった瞬間、マットに触れ伏し背中を震わせていた姿がそのショックの大きさを物語っています。
 また、ショックの大きさは試合後に真っ先にお母さまのところに駆け寄り「お父ちゃんに怒られる!」という言葉からも十分伝わってきます。それほどショックを受けた敗戦でしたので試合が終わったあとにマット上でマルーリス選手と抱き合うときも涙が止まりませんでした。
 僕がマルーリス選手に感銘を受けたのはこのときのマルーリス選手の涙です。先に書きました星条旗を掲げての笑顔と一緒の涙はうれし涙です。しかし、吉田選手と抱き合ったときの涙は吉田選手と一緒に悲しんでいる涙でした。
 号泣しながらマルーリス選手に近づき肩に顔をうずめる吉田選手にマルーリス選手は「いたわり」の涙を流したのです。このときのマルーリス選手の涙は自分の勝利よりも吉田選手の悲しみ寄り添う涙でした。これほどやさしい涙があるでしょうか。自分のことよりも負けた相手のことを思い遣る気持ちです。これこそがスポーツの神髄です。
 だから、スポーツは素晴らしいのです。
 広島球場のファンの皆さんも同じです。悔しい気持ちを抑えて勝利した人に称賛の気持ちを表す姿勢が素晴らしいではありませんか。サッカーの本田選手が所属するチームのファンの対応について苦言を呈するニュースがありました。ミスをした選手に対する「ブーイングが目に余る」という内容でした。国民性の違いかもしれませんが、日本ではミスした選手にあからさまな批判や非難はあまりありません。ミスをした選手に対してもどこか寛容なところがあります。僕は、日本に生まれてよかった。
 スポーツに限らず生きている限り、競争や競合は避けて通れません。それが自然界の法則です。毎週日曜夜にNHKで「ダーウィンが来た」という番組を放映していますが、番組は自然界で生きていくことの厳しさを教えてくれます。自然界では競争が当たり前です。弱い者は消えていくしかありません。しかし、人間にはほかの生き物にはない知恵があります。その知恵を生かしてこそ人間の人間たる価値があるはずです。単に、「競争に勝利できるのみが生きる価値がある」というのではなく、「敗けたものでも生きる価値を見出させる世界」にするのが人間です。
 世界を見渡しますと、力の強い者が弱い者を虐げている例がいくつもあります。身近な例でもイジメなど弱い者を標的にした悪質な行為が伝えられています。障がい者施設で殺人事件もありました。そのようなニュースが伝えられることが多くなっているだけに広島のファンの方々のやさしさに心打たれた次第です。
 やっぱり、謙虚で優しい人が僕は好きだな。でも、自分がいつも理想通りに行動するとは限らないのが人間の不思議なところです。妻を見ていてそう気づきました。
 じゃ、また。




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