<感情>

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先日、恐妻とのいつもの買い物を終えて帰る途中のことです。駅のロータリーからつながっている交差点の赤信号で停まったので、なにげに周りを見渡しますと角にあった小さなパン屋さんが新しい看板に変わっていました。このパン屋さんは僕がラーメン屋をやっていたときからありましたのでかなり長く営業していたことになります。
このパン屋さんが記憶に残っていた理由は、駅が再開発されたときにほかの場所から移転してきたからです。元々は僕のラーメン屋から西の方向に数百メートル行ったところで営業をしていたのですが、再開発を機に移転したのでした。また、店主の方がたまに僕のお店に食べに来てもいたので顔を知っていたことも理由です。
ラーメン店のテキストでも書いていますが、お客様の中にはお店の人と顔なじみになることを狙って来店する人がいます。理由は様々で「常連になって優遇されたい」という人や「第三者にお店の人と親しいことを自慢したい」などですが、もちろんお店側にしてみますとそのような理由で親しげにする人は迷惑どころか嫌な気持ちになります。
自営業でお店を構えている人は、お店側の気持ちをわかっていますので自分がお客さんになったときは余計な会話はしないものです。ですから、小さなパン屋さんの店主の方も僕のお店に食べには来ていましたが会話をしたことはありませんでした。年齢は僕よりも5才くらい年長に思える外見で、雰囲気も穏やかでおとなしい感じの人でした。
僕は結局約13年で廃業しましたが、そのパン屋さんはそのあともずっと続けていましたので30年以上続けていたことになります。売り場の広さは2坪くらいで奥にパンを作る作業場がありましたが、全部を合わせてもそれほど大きなお店ではありませんでした。そのくらいの規模だったからこそ長い間続けていられたのかもしれません。廃業した理由も売上げによるものではなく、体力的なものだと想像しています。
僕が脱サラでラーメン店を開業したのは今から31年前です。その頃と現在では社会状況も変わっていますのでラーメン店のやり方も変わってきています。僕は「ラーメン店を手っ取り早く開業する講座」というテキストを公開していますが、その中で「お店の前は車が駐車できるくらいの道路幅が必要」と書いています。当時は、それがとても重要だったのですが、今では通用しないマニュアルです。一時期、書き換えようかと思ったこともありましたが、時代の移り変わりを感じてもらうには「換えないほうがよい」と思い、そのままにしています。
僕はその小さなパン屋さんがなくなったのを見て感慨深い気持ちになりました。その理由は「ああ、これで僕が知っている個人商売のお店は全部なくなったなぁ」と思ったからです。やはり会話をしたことはなくとも、店主の顔を知っているお店は勝手に親近感を持つものです。ですので、僕が廃業したあとも続けているお店を見ますと、「頑張ってるなぁ」とか「すごいなぁ」などと心の中で思っていました。そうした思いがこの小さなパン屋さんがなくなったことで終了することになります。
僕が廃業した5年後くらいに廃業した中華料理店も僕より5才くらい年長の方が開業したお店でした。この中華料理店は僕のような飲食業の経験が全くない素人が開業したのとは違い、本格的に修行を積んだ人が開業したお店でした。お店の広さも僕のお店よりも広く、テーブル席にもテーブルクロスが敷いてあるようなフォーマルな感じがするお店でした。
この中華料理店の場所は僕がたまに利用する銀行の駐車場の正面にありましたので、駐車場に停めるたびに営業の様子を見ていました。このお店はバイクでの配達も行っていましたが、配達をしていたのは店主の方でした。こうした状況を見ていますと、店舗の売上げだけでは厳しかったことが想像できます。個人商売の厳しさが伝わってきました。
僕が住んでいる地域を見渡しますと、30年前とは街の雰囲気は様変わりしています。それに伴って個人商店もほとんどなくなっています。それを最も表しているのがお米屋さんと酒屋さんです。この両方の業種に共通しているのは何代も続く地主の方が営業していることです。ですので、駅前など好立地な場所に土地を持っていますので貸しビル業などに転業しています。ですから、生活に困ることはありません。
それに対して資産などを持っていない人が脱サラで個人商売を始めたときは大変です。僕はそのパターンでしたが、廃業したあとはやはり大変で僕は今も大変が続いています。個人商売は余程大きく成功をしないと年を取ったとき廃業しなければいけなくなります。人間の体力は永遠に続くわけではありません。そのことを頭の中に入れて開業することが肝要です。
脱サラをすることは嫌な上司や同僚を気にすることなく働けることです。これはメリットですが、会社員のような退職金もありませんし、老後にもらえる年金の金額に大きな違いがあります。厚生年金は会社が半分負担してくれますので年金額が倍くらいは違ってきます。そのことを頭の中に入れておくことも大切です。
今、「働き方改革」という言葉がマスコミを賑わせていますが、最終的にはお客様の立場にいる消費者の考え方にかかっていると思っています。「自分は得をしたい」という気持ちが「とにかく自分だけは得をしたい」になってしまうことに問題があります。共産主義が崩壊したのは「人間の感情を考慮していなかったから」と僕は思っていますが、人間は「意識や計算だけで動くのではなく感情によっても動く生き物」です。
「得をしたい」という気持ちも突き詰めますと「感情」に行き当たります。少しくらいなら得を他人に譲ることも許せますが、「少し」が積み重なっていきますと感情で我慢できなくなります。ですから、お客様というのは「得をしたい」という気持ちがあることを前提にして「働き方改革」を考える必要があります。そうでなければ、声が大きい人だけが得をする社会にになってしまいます。
上司や同僚に気兼ねなく働けることは脱サラのメリットですが、その先にはお客様という存在があります。お客様に満足を与えることなしに自営業を続けることはできません。自営業を続けるためには会社員以上に働く必要があります。結局、働き方はお客様の考え方次第でしか変えることはできません。電通が正常な働き方をするには取引先の考え方が影響しますし、電通を取引先にしている子会社は電通の考え方次第で働き方がいかようにも変わってきます。
先日、仕事で高級住宅街に行きましたが、そこには大きな家と高級外車が並んでいました。そこに住んでいる人たちは「得をしたい」と思った人たちであることは間違いありません。「得をしたい」という気持ちは経済を成長させるために重要な動機になりますが、違う側面ではお客様としてほかの人の働き方に無理をさせている可能性もあります。
そのバランスが難しい…。
じゃ、また。




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