今とても気に入っているテレビCMがあります。筆記具メーカー「パイロット」のCMですが、母親が息子の名前「大輔」を連呼しています。兼ねてより、「本当のCMは芸術」と思っている僕ですが、この「大輔CM」はまさに名作の域に達しています。
僕は30秒のCMしか見たことがありませんでしたが、YouTubeで60秒編も見ました。60秒編も悪くはありませんでしたが、僕は基本的に「CMは30秒が最適」と思っていますので30秒編のほうを好感しています。
たった30秒の中に親子の絆、家族模様を描いている妙を天才と言わずなんと言いましょう。息子だけに焦点を合わせるのではなく、親の生活ぶりも描いています。現実の暮らしでは、小さな子供のまわりには必ず若い母と父という存在がなくてはなりませんが、そうしたことも描いている点が素晴らしいです。
母親が食パンをかじりながらテーブルの上でペンを走らせ、その後方で父親がまだ赤ちゃんの息子の世話をしている姿、運動会で転ぶ息子、夜中に小さな息子を病院に連れて行っている両親、28点しかとれていないテスト、そうやって育った息子が大学生になって一人暮らしをしている光景、たった30秒でこの親子の軌跡を見せています。
これを天才と言わずなんと言いましょう。
28点のテストは僕にも思い当たることがあります。小学校4~5年生だったと思いますが、点数の悪いテストをランドセルの底の方にずっと隠していました。なんのきっかけか全く覚えていませんが、ある日お母ちゃんにそれを見つけ出されてしまい、寝る前にお父ちゃんにこっぴどく叱られた記憶があります。
その両親もすでに鬼籍に入っていますが、そんな自分の人生を振り返らせてくれるCMです。たぶん僕と似たような経験をしている人は多いのではないでしょうか。人間なんてやることはほとんど変わらないはずですから。 (^o^)
===休話閑題===
たまたまこのコラムを書くにあたって、「鬼籍」をしらべますと、「鬼籍に入る」は「はいる」とは読まず「いる」と読むことを知りました。人生、知らないことって多いよなぁ、って思った次第です。ちなみに、「休話閑題」は四文字熟語「閑話休題」をもじった造語です。
さらにちなみに、「休話閑題」をネットで検索しますと「閑話休題」という正しい熟語が表示されます。ネットが勝手に、「検索者が間違った言葉を検索した」と推測して正しい熟語を表示していると想像しますが、なんともすごい能力です。これも最近流行りの「AI」のなせる技でしょうか。
それはともかく、実はこの「大輔CM」に強く惹かれた理由は、最近洗練されたCMがあまりにも少なくなってきている、と感じていたからです。ですので、そのギャップの大きさが「大輔CM」の魅力をより際出せているように思います。
最近、見ていて残念なCMはビール会社の各CMです。ほとんどすべてのメーカーのCMが、著名人を登場させ「おいしい」「うまい」を連発させています。これをCMの劣化と言わずなんと言いましょう。もう消費者は見抜いています。どれほど「おいしそうに飲んだ」としても、そうしたCMに踊らされることはありません。それにもかかわらず「連呼CM」しか作れない、もしくは採用しないビールメーカーのセンスのなさには落胆しかありません。
もう大分前ですが、広告についてコラムを書いたことがあります。その中で、僕が最も感動した広告について書いているのですが、その広告に書かれている文字は「白いクラウン」というたった6文字しかありません。ですが、この6文字でこの広告の訴えたいことを見事に表しています。
一応簡単に「白いクラウン」の意味・意図を解説しますと、それまで「クラウン」は営業車で使われるのが基本だったのですが、それを一般の人にまで広げようということを示しています。「白い」とはそれまで営業車の「黒い」とは違うことを表しています。
これを「感動!」と言わずなんと言いましょう。
ついでに僕が感動した広告の第2位は「いつかはクラウン」ですが、この言葉の意味・意図についてはお考えください。(^_^)
あと一ヶ月ちょっとで開幕される東京オリンピックですが、その開閉会式の演出総合統括の責任者を務めていた方は、著名なCMプランナーです。スマホや缶コーヒーなど数多くのヒットCMを作った広告業界の大御所でしたが、蔑視発言などで物議を醸し辞任に至りました。しかし、CMを作る人がオリンピックという大舞台の責任者に就いていたことは大きな意味があります。
2000年代に入ってから、広告関連の人たちが広告分野にとどまらず、産業界のいろいろな分野にまで進出してきています。佐藤可士和氏などはその先頭を行く人ですが、元々は広告代理店・博報堂のグラフィックデザイナーでした。その後、独立しブランドの確立など各方面で活躍しており、ときには経営にかかわることまで手がけています。
本屋さんのビジネスコーナーに行きますと、コピーライターなど広告宣伝にかかわる人の書籍が数多く並んでいるのですが、本来は広告を製作するだけだったクリエイターの方々が文章の書き方やコミュニケーションのとり方などを伝授しています。
そうした光景を見ていますと、経営学者ドラッカー氏の「変化はコントロールできない。できるのは変化の先頭に立つことだけだ」という言葉を思い出さずにはいられません。そもそもコピーライターという職業は1970年代に生まれた新しい職業です。ちょうど現在、YouTuberという新しい職業が生まれたのと同じです。
そうした変化の激しい時代に「うまい」「おいしい」を著名人に連発させているばかりのCMを見させられてしまいますと、CM業界の劣化を感じずにはいられません。新たな分野へ進出している広告業界の方々もいるのですから、旧態依然のCMではなく新たな発想で見ている人たちに感動を与える広告を作っていってほしいと思っています。
ちなみに、最近本屋さんでコピーライターのほかに、よく目にする書籍は編集者が書いた本です。元来編集者とは著者をサポートする役割を担っている職種ですが、そうした人が本を書く方にも進出していきているようです。これも昨今の出版業界の不況が影響しているのかもしれません。
最後になりますが、「大輔CM」を見たときの僕の気持ちを綴りたいと思います。
「僕、だいすけのCM、だいすけ!」
じゃ、また。
追伸:これをオヤジギャグと言わずなんと言いましょう。(^_^;)