<一筋(ひとすじ)>

pressココロ上




今、「バレーボールネーションズリーグ」というバレーボールの国際大会が日本で開催されています。テレビでも放映されていますので、ご覧になっている方も多いでしょう。現在、日本の男子チームは「11勝0敗」という驚異的な戦績を残していて、女子も8勝4敗で6位となり、ファイナルラウンド進出を決めています。

僕は基本的に、どんなスポーツもリアルタイムで見ることはほとんどありません。昔は試合が始まる前から期待に胸を躍らせ、ドキドキしながら試合開始を待っていました。ですが、いつからか、試合を見ている数時間を「もったいない」と感じるようになってしまいました。それでも、結果は気になりますので、スポーツニュースやYouTubeなどでハイライトを必ず見ています。

同じように、僕が今、毎晩チェックしているのが大相撲です。大相撲こそ、リアルタイムで見ていられない最たるスポーツです。なぜなら、あの仕切りの時間の長さです。仕切り線と、塩の置いてある角のあたりを何度も行ったり来たりし、塩を撒く光景を見ているのは苦痛です。いくら伝統とはいえ、工夫は必要なのではないでしょうか。

ですので、毎晩「NHKプラス」で「ダイジェスト動画」を見ているのですが、NHKで3時間放映している内容を、わずか数分で見ていることになります。もちろん動画ですので、結果だけを見るのではなく、取組もちゃんと見ることができます。それでも十分、相撲の醍醐味や楽しさを味わうことができています。

僕が今、贔屓にしている力士は「獅司」関です。まだ前頭14枚目と上位ではありませんが、体つきが僕の好きな体形なのです。特に腰から下の足回りが好きで、象さんみたいに思っています。調べたところ、ウクライナ出身ということですが、ウクライナ出身といいますと、先場所まで大関を務めていた安青錦関が有名です。実は、獅司関のほうが先輩だったのですが、知りませんでした。やはり、安青錦関がスピード出世したことでマスコミに取り上げられたことが大きな要因のようです。

相撲の取組を見ていて、最近思うのは、お相撲さんたちの人生です。昔ほどではありませんが、多くのお相撲さんは中学を卒業してから部屋に入ります。ですので、お相撲のことしか知りません。普通の高校生は、学校や友達関係などを通じていろいろな情報に触れることができますが、お相撲さんは朝から晩まで相撲一筋です。僕はそれが気になっています。

前にもコラムに少し書いたことがありますが、お相撲さんたちは相撲界の偉い人たちに反抗することがありません。言われるままに従う風潮になっています。たまに、「部屋から逃げた」などという報道がありますが、ほとんどのお相撲さんは、狭い相撲界の中でしか情報に接することがありません。僕は、それが「健全ではない」と思っています。

例えば、親方から言われることが「いいのか、悪いのか」を判断することができません。先輩からの指導法が「正しいのか、間違っているのか」もわかりません。「わかりません」というよりも、「考えること」ができない発想になっています。「井の中の蛙、大海を知らず」の蛙は、井戸の外に違う世界や考え方があることを知りません。そうした環境にいるのですから、そもそも「外に出よう」という発想になることがありません。

先ほど獅司関が前頭14枚目という話を書きましたが、番付の近い力士に「尊富士」という力士がいます。ご記憶のある方もいるでしょうが、尊富士は新入幕で、なんと優勝をしている力士です。これがどれだけすごいかといいますと、「新入幕で優勝」したのが“110年ぶり”ということでわかろうかと思います。長い相撲の歴史の中でも、2人しかいない快挙なのです。

このように書きますと、僕が「優勝は素晴らしい!」と書くと、読者は思うかもしれませんが、実は僕は疑問に思っています。理由は、最後の優勝が決まる千秋楽の出場が「適切ではなかった」と考えているからです。ちょっと長くなりますが、説明します。尊富士は14日目までトップを走っていました。ですが、14日目に足を負傷し、救急車で病院に搬送されるほどの重傷でした。しかし、当時の親方や先輩力士から「こんな名誉(新入幕で優勝)なチャンスはないのだから、精神力でガンバレ!」と促され、強行出場をした経緯がありました。

結局、千秋楽も強い精神力を発揮して優勝したのですが、のちに尊富士が語ったところによりますと、ほとんど歩けないほどの状態だったそうです。それほどの重傷で強行出場しましたので、結局、尊富士は翌場所を全休し、その次の場所も「2勝1敗12休」となり、その翌場所には十両に落ちています。それから1年ほどは十両で過ごすのですが、これが僕が疑問に思っている点です。

あのとき(千秋楽)無理をせずに休んで、仮に優勝を逃したとしても、そのあとの相撲人生を思うなら、そのほうがよかったのではないかと思っています。今は無事に幕内に戻ってきたからよかったですが、約1年を棒に振ったことになります。無理をしなかったなら、今よりもっと活躍していたのではないでしょうか。そう思えて仕方ありません。

尊富士に無理を押して出場を促したのは、周りの親方や先輩力士です。尊富士は表立っては、(ケガで)休場を考えたときに、「出場するよう背中を押してくれた」と感謝の言葉を話していますが、一つ間違えば、相撲人生を終わらせたかもしれません。相撲の世界も現役時代は短いのですから、1年遠回りをさせたことに、僕は疑問を感じています。もし、相撲一筋の人生を送っていなかったなら、違う判断をしたのではないでしょうか。

土俵上で必死にぶつかり合っている力士の方々を見ていますと、ついそういったことが頭をよぎってしまいます。こういう状況は、相撲界の上層部にいる人たちにとっては都合がいいことです。なぜなら、反抗する気持ちにならないからです。庶民が歯向かう気持ちにならない社会を作ることが、独裁者の要諦です。

相撲の世界に限らないのですが、一般的にスポーツの世界では30歳を超えるとベテランの部類に入ります。サッカー界の三浦知良選手を別にすれば、ほとんどの選手は30代後半には現役を退くことになります。若い選手が次から次に出てくるのですから当然ですが、30歳半ばからベテランと呼ばれるのはスポーツ界だけです。

30代半ばは、一般企業ですと、よほどの出世頭でないなら、係長か課長あたりでしょうか。ベテランとは呼ばれません。中堅です。まだまだ知らないことや、勉強しなければいけないことがたくさんある立ち位置です。ですが、スポーツ界ではベテランとして扱われます。問題は、現役を引退すると、一般社会に入らなければいけないことです。これが問題というか、大変です。

それまでの敬われる立場から、下っ端の立場に行くことになります。俗な言い方をするなら、「威張る立場から、威張られる立場」になることです。しかも、それまでスポーツ一筋だったのですから、簡単に受け入れられるわけでもありません。精神的な葛藤は必ず生まれます。実は、自営業者にも似たような状況が起きます。自営業者が廃業して、どこかの組織で働くようになるとき、戸惑いが生まれます。それまでお山の大将でいましたので、他人から指図をされることに、少なからず抵抗感がにじみ出てくるのです。

自営業者の話はともかくとして、スポーツ一筋で生きてきた人は、よほどの実績を残している人でなければ、若いうちに次の世界に移行することになります。そのときに、本当の意味での「一筋(ひとすじ)」が露わになってきます。スポーツ一筋も、人によって意味するところはそれぞれです。

例えば、バレーボール一筋で生きてきた人にも、2種類の人がいます。練習をしながら、「どうすればチーム内の連携をうまく図れるか」とか、「どうすれば相手のブロックを抜くことができるか」など、日々、常々考えながら練習している人と、ただ肉体的にバレーボールの練習だけをこなしている人です。

言うまでもなく、「ただ肉体的にバレーボールの練習だけをこなしていた人」だけが、パチンコ店に大麻が入ったバッグを置き忘れて逮捕されます。

じゃ、また。




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