米国大統領選は「大接戦」と言われていたにもかかわらず、蓋を開けてみればトランプ氏の圧勝でした。圧勝は言い過ぎかもしれませんが、「大接戦」でなかったことは確かです。多くのマスコミが「大接戦」と報じていた中で「トランプ氏圧勝」の可能性に言及していたのがジャーナリストの木村太郎さんでした。木村さんについては以前書いたことがありますが、たまたま見ていた3日(日)夜の情報番組の中でそのように解説していました。なんと素晴らしい先見の明でしょう。
実は、木村さんは8年前、前回のトランプ大統領の誕生も言い当てていました。当時は、多くのマスコミが民主党ヒラリー・クリントン氏の勝利を予想していたのですが、僕が知っている限りで唯一、木村さんだけがトランプ大統領の可能性を話していました。そのときも木村さんの予想が正しかったことになりますが、日本も含めてマスコミの予想がいかに当てにならないか、を示しています。
常識的と言っていいのか難しいところですが、普通の感覚とはかけ離れた発言を繰り返していたトランプ氏でした。テレビの娯楽番組内であったなら笑って流せますが、一国の舵とりを担う大統領としてはあまりに軽率です。陰謀論や人種差別的な発言を幾度もしており、やはり常軌を逸しているとしか思えないのですが、それでも大統領に選ばれてしまいました。僕は米国民が不思議です。
ある番組で米国民にインタビューをしていたのですが、そこで話していたトランプ氏支持者の発言が的を射ているかもしれません。その方はトランプ氏を評して「人間的には問題があるかもしれないが、米国をいい方向に導いてくれる」と話していました。この発言でわかるように、「人間的に問題がある」ことはきちんと理解しているようです。それでも、「なにかしらよくしてくれる」ことを期待しています。
トランプ氏が1期めの大統領になったときもそうですが、今回もいわゆる岩盤支持者の存在が大きな力になっています。Qアノンとかキリスト教福音派と言われる人たちですが、国民全体からみますとそれほど大きな割合ではないようです。前回トランプ大統領が誕生した際もそうですが、最も大きい要因は「ラストベルト」といわれる地域に住んでいる人たちです。報道によりますと、「ラストベルト」とは「さびついた工業地帯」という意味だそうで、中西部地域と大西洋岸中部地域の一部を指し、かつて栄えていたが今はさびれている地域を指しています。
当然、さびれた地域に住んでいる人は苦しい生活を強いられますが、日本でいいますと「シャッター通り」といったところでしょうか。そうした地域では経済も活性化していませんので仕事も少ないでしょうから、働く人たちが苦しい生活に追い込まれていることは容易に想像がつきます。トランプ氏はそうした状況・環境にいる人たちから絶大な人気を博しています。
僕はそれが不思議でなりません。なぜなら、トランプ氏はセレブ階級に属する人で貧しい人たちから搾取することで豪華な生活を送っている人です。どうして、「ラストベルト」の人たちがトランプ氏を熱狂的に支持するのか。言い換えるなら、労働者階級の人々が口が達者な経営者を熱狂的に支持しているようなものです。僕は、それが不思議でなりません。
そもそも論でいいますと、本来、社会的弱者が支持する政党は民主党のはずです。日本貿易振興機関(ジェトロ)のサイトによりますと、民主党の支持基盤は「リベラル、中低所得層、マイノリティ層、労働組合、環境団体、人権団体」となっています。対する共和党は「保守、富裕層、白人層、高齢層、大企業・経営者層、化石燃料産業」です。これに照らしますと、「ラストベルト」の人たちが支持する政党は民主党です。しかし、実際にはトランプ氏を支持しています。
米国から遠く離れたなんの権力も持っていないタダのオジサンが言うのもなんですが、民主党はいつの間にかセレブとは言いませんが、そこそこのお金持ちが支持する政党になったのかもしれません。「ラストベルト」の人たちの窮状に目が行き届いていませんでした。国際関係とか地球環境のことには気が向いていても、米国の「忘れ去られた人々」には関心を持たない政党になっていたのです。そう考えますと辻褄が合います。
トランプ氏はその民主党が気配りを怠っていた「ラストベルト」の票を掘り起こすことに成功しました。その際に力を発揮したのがスピーチ力です。テレビ業界で培ったスピーチ力が遺憾なく発揮されました。過激な言葉は聞いている人の気持ちをすっきりさせます。溜まりに溜まった鬱憤を代わりに晴らしてくれます。過激で刺激的な言葉ほど人々を酔わせます。
過激で刺激的な言葉がエンタメ業界で使われることは昔からありました。ですが、政治の世界では一定の歯止めがあったように思います。政治はエンタメではなく現実社会をよりよくするためのものです。利害関係のある人たちが意見や考えを擦り合わせ、みんなが暮らしやすい社会をつくるためのものです。当然そこで発せられる言葉には一定の歯止めがあって然るべきです。そうでなければ社会は分断し争いが絶えない社会となります。言うまでもなく、争いが絶えない社会が暮らしやすい社会であるはずがありません。
僕が米国の政治で、最初に聞いた刺激的な言葉はヒラリー・クリントン氏の「バラク・オバマよ、恥を知れ」です。これは2008年の大統領選挙での民主党予備選のときにヒラリー氏から発せられた言葉です。ヒラリー氏は予備選でオバマ氏と戦っていたのですが、不利な状況を打開すべく焦ったヒラリー氏の口から発せられました。僕からしますと、一線を越えた印象を持ちました。大衆を意識したあまりに過激な言葉と感じたからですが、この言葉は「政策論議」ではなく「人格攻撃」です。実は、このあとオバマ氏もヒラリー氏に対して同様の発言しているのですが、歯止めがなくなった印象です。
結局、2008年の大統領選は民主党がバラク・オバマ氏、共和党はマケイン・ペイリン氏が候補者だったのですが、このときのマケイン氏は政治家の鑑ともいえる言動をとっています。自らの支持者集会である女性が、黒人のオバマ氏を「アラブ人だから信用できない」と語ったとき、マケイン氏は「いえ、彼はとても立派な米国市民だ。たまたま私とは基本的な政策で意見が異なるだけだ」と説いたそうです。古き良き時代のアメリカといえそうです。
翻って日本の選挙を思い返してみますと、記憶に新しいところでは今年4月に行われた衆議院・東京15区の補欠選挙です。「つばさの党」がライバル候補の演説を邪魔するべくライバル候補者の間近で大音量を流し演説を妨害していました。過激な発言どころかライバルの演説を邪魔する行為は民主国家であってはならない暴挙です。昔ですと、演説カー同士が近くを通るときはお互いに「健闘を称えあう」のが慣例でした。民主主義の曲がり角を思わずにはいられない昨今の選挙状況です。
それにしてもトランプ氏の勝利はやはり脅威です。トランプ支持者でさえ「人間性に問題がある」と認識しているのですから民主主義にとって脅威です。そのような人物を米国民が大統領に選んだ要因を考えますと、「ガラスの天井」とか「インフレ」などいろいろとありますが、つまるところはバイデン政権の4年間に対する評価だったように思います。バイデン政治に「NO」を突き付けた、これに尽きます。
1期目のトランプ大統領誕生の際には「隠れトランプ」の存在が指摘されました。「人間的・人格的には大統領にふさわしくない」ので、表立っては「トランプ氏支持」とは言えなかった人のことです。問題のある人物を支持しては自らの評判を貶めることになるからです。ですので「隠れ」てトランプ氏に投票したのですが、今回は「表ハリス」が多かったのではないか、と勝手に推測しています。
ハリス氏の主張は米国人の一般的な人からしますと当然の内容です。「中絶の容認」とか「女性の社会進出」など人権を重んじる内容ですので普通の米国人なら支持して当然と思われる内容です。しかし、本心では「女性が指導的立場になる」ことを快く思っていない男性がそれなりにいたことを示しています。しかし、本心をあからさまにしてしまっては自らの評判を貶めかねません。表立ってはハリス氏を支持しながら、実際にはトランプ氏に投票をしていたことになります。
「隠れトランプ」は「隠れてトランプ氏に投票すること」です。「表ハリス」も結果的には「隠れトランプ」と同じ投票行動をしますが、「自分は人権を重視している」と積極的に表明している点が異なります。「本心を隠して」トランプ氏に投票するので「隠しトランプ」とでも言いましょうか。どちらにしても、トランプ大統領誕生に力を貸したのは間違いないのですから、今後の世界情勢を思いますと責任はあります。
「隠れトランプ」にしても「表ハリス」にしても、そうした人がかなりの数でいることは間違いない結果となりました。こうした状況では、マスコミが予想をはずすのもある程度仕方ないことかもしれません。本心を隠している人の投票行動を当てるのは至難の業です。なにしろ「こころ」の中ですから。
じゃ、また。