<稲田元防衛大臣>

pressココロ上




先週のニュースで僕が一番印象に残っているのは、自民党の稲田朋美元防衛相がある会議で大声を上げて訴えている映像です。その会議は「自民党の法務部会と司法制度調査会の合同会議」でしたが、稲田氏はそこで示された「まとめ案」に反発していました。テレビニュースでも取り上げられていましたので、ご覧になった方も多いでしょう。法務部会とは法律や制度を事前に議論する場ですが、その会議で「多くの議員が訴えていた意見」がまったく反映されていないことに怒っていたのです。

怒っていた内容を簡単に説明しますと、再審制度の改正問題で、「検察の不抗告」が「まとめ案」に盛り込まれていないことです。「検察の不抗告」とは、再審が決まったときに検察が「反対(抗告)しない」ことですが、稲田氏の言によりますと、多くの議員が「検察の不抗告」を盛り込むべきと訴えていたにもかかわらず、それが無視されていたそうです。

袴田事件をご存じの方は多いでしょう。袴田さんは無実の罪で48年間も死刑囚として拘置所で過ごしていました。こんな理不尽なことがあるでしょうか。これほど長期間拘束された原因は、再審制度が不公平なものになっているからです。新しい証拠が出てきて、裁判所が「再審開始」を決めたとしても、検察は「不服申し立て(抗告)」をすることができます。検察に「不服申し立て(抗告)」をされてしまうと、実際に審理が始まるのがさらに遅れるわけです。実際、袴田事件の再審が始まったのは、再審開始が決まってから9年後でした。

僕は、この制度はだれが考えても不公平だと思います。検察は、本当に自信があるのなら裁判で主張すればいいだけです。それにもかかわらず、「裁判を行わせない」というのは自信がないのか、それともエリートのつまらないプライドがそうさせているとしか思えません。

そもそも日本の裁判制度は不公平です。これも何度もこのコラムで書いていますが、検察有利がまかり通りすぎています。これで公平な裁判などできるはずがありません。「人質司法」が最たる例ですが、それに関連したニュースが先日ありました。

それは大川原化工機事件ですが、この事件は警視庁公安部が起こした冤罪です。裁判の中で検察の証拠に問題があったことが明らかになり、無罪が確定した事件でした。この事件では、会社の70代の幹部の方ががんを患い、体調が思わしくなかったため治療を行うべく保釈を何度も請求していました。しかし、保釈が認められず、結局治療が手遅れとなり、お亡くなりになっています。

先日のニュースは、遺族の方が検察だけではなく、保釈請求を却下した裁判所の責任も追及する裁判を起こしたというものでした。僕は素人なので正確なことはわかりませんが、「裁判所の責任を問う」裁判は初めてではないでしょうか。「検察」の責任を問う裁判は何度か耳にしたことがありますが、犯罪を裁く「裁判所」を相手に訴訟するのは初めて聞きました。

しかし、よくよく考えますと、これはあってもおかしくない裁判です。裁判官も人間ですので、絶対に間違えないということはありません。ですので、緊張感を持ってもらうためにも、この訴訟は意義があるように思います。僕は常々思っているのですが、不公平な司法制度がどうして改められないのか不思議です。これも何度も書いてきていますが、「それでもボクはやってない」という冤罪をテーマにした映画を作った周防正行監督や、郵政不正事件で冤罪の被害者となった村木厚子さんなどが、さまざまな場面で司法改革を訴えています。それらを読むと、いかに司法制度が不公平であるかを痛感させられるのですが、一向に改善される気配がありません。

その理由が、今回の稲田元防衛大臣が訴えている映像でわかったような気がします。稲田氏が大声で「ここにいるほとんどの議員が『検察の不抗告』を求めているのに、このまとめ案はまったく反映していない!」と怒りの声を上げたとき、「あなただけだろ!」というヤジが飛んでいました。これなんです。権力側の人間が自分たちの都合の悪い方向へ流れないように画策している光景が思い浮びました。得てして、こういう議員の意見を聞く場というのは「ガス抜き」のために開かれていることが多いのです。つまり、権力者にとって都合のよい「結論ありき」の会議です。

おそらくこうしたことが法務部会だけではなく、税制や農政など、さまざまな会議で行われているのではないでしょうか。そうでなければ、これほど国民の考えと異なる政策が決められていくはずがありません。何度も書いていますのでしつこいと思われるかもしれませんが、大多数の人が選択的夫婦別姓制度を求めているのに、なかなかその法律が成立しません。これは、もう、間違いなく「結論ありき」で議論が行われているからに違いありません。

「検察の不抗告」問題でも、最終的には法曹界におけるエリートの方々が望む方向へ進む構図になっていました。その流れに抗ったのが今回の稲田氏でした。しかも、かなり入念な作戦を練ったあとがうかがわれます。まず、着ているスーツの色です。テレビで印象に残るように真っ赤なスーツを着ていました。また、座っている席です。この席については、僕はこういう会議を知らないので意図したのか偶然かは正直わからないのですが、「意図的」とさせてください。真ん中の最前列に座っていました。さらに発言するタイミングです。撮影のためのテレビカメラが退出するギリギリのタイミングで立ち上がって発言していました。

結局、稲田さんの奮闘でエリートの方々が決めた「まとめ案」の提出は見送られることになりました。ですが、まだ結論は出ていません。僕はこの「まとめ案」を「エリートの方々が決めたい内容」と書きましたが、マスコミなどでは「政府案」とも書いています。この「政府案」という言葉を見ると、僕はまだまだ「官僚支配は続いているんだなぁ」と思わずにはいられません。

これも何度も書いていますが、政治家は政策の素人であることが多いです。特に新人の場合はそれが顕著です。それに比べ、官僚はその道でずっと仕事をしているわけですから、知識・経験ではかないません。なので、官僚の方々は「政治家よりも自分たちのほうが正しい判断ができる」と思っています。だからこそ、「結論ありき」の会合が開かれるのです。

そうなりますと、官僚がやることは政治家を自分たちの考える結論の方に洗脳することです。洗脳が言い過ぎなら、誘導です。官僚の世界では、官僚の主な仕事は「政治家の説得」と言われるそうです。稲田氏の一件では、官僚は説得に失敗したことになります。

それにしても最近の稲田氏は国民の側に立っている印象があります。稲田氏が頭角を現したのは安倍元首相の引きがあったからだと言われていますが、その安倍元首相はどちらかというと保守派でした。そのもとで出世階段を上っていきましたので、当時は保守派と思われていたのですが、最近はリベラル寄りに転じた印象があります。その際たる例が、選択的夫婦別姓制度への対応で、自民党内でその実現に向けて先頭に立って奮闘していました。

あと一人、安倍元首相の引きで出世していた女性が高市首相です。とうとう首相にまで上りつめましたが、今の高市首相を見ていますと、安倍元首相よりも保守色が強い印象があります。一般的には、高市首相は安倍元首相の政策を継いでいると言われていますが、僕は「安倍氏以上に保守派」と思っています。

高市首相が総裁を務めている自民党内で、稲田氏は高市首相と反対側に立って活動しているのですが、自らの信念を貫いているようでとても好感が持てます。しかも冷静に物事を見ているようにも感じます。冒頭で書きましたように、マスコミ対策をしっかりととったうえでの振る舞いも、僕には政治家として「酸いも甘いも知っている」ようにも思えます。強く出るところと、引くところ、穏やかにするところなど、場所に合わせて使い分けているように思えて仕方ありません。

実際のところはわかりませんが、リベラル寄りの活動をしているのは間違いなく、そうした姿勢を「出世よりも信念を貫いた」と言ったら言い過ぎでしょうか。でも、稲田さん。ガンバレ!

じゃ、また。




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