<回答者>

pressココロ上




僕はこのコラムを自サイトで公開しているほか、宣伝の意味も込めて、「note」というサイトにも投稿しています。「note」は誰でも投稿できるサイトですので、資格も実績も必要なく、自由に投稿できるところが魅力です。このように「note」は誰でも投稿できるのですが、有名な人も投稿しています。

例えば、漫画家の佐藤秀峰さんは「Stand by me 描クえもん」という作品を無料公開していました。佐藤さんは「ブラックジャックによろしく」という漫画などヒット作を連発している方ですが、実は僕はあまり知りませんでした。ですので、漫画を読んだこともなかったのですが、「Stand by me 描クえもん」には惹きこまれました。

佐藤さんは「note」で漫画を公開するだけではなく、漫画業界の問題点についても赤裸々に綴っていました。漫画業界の裏話が見えてとても面白かったです。最近では吉本ばななさんという有名な小説家も投稿して人気を集めています。「note」には無料で公開するほかに、「有料」で公開する投稿方法もあります。おそらく知名度のある方は、ここで作品を公開するだけでそれなりの収入になるのではないでしょうか。

また、「note」は作家の方々の登竜門という位置づけもされているようです。ここで人気を集めた作品が出版社や編集者の目に留まり、出版にこぎつけた人もいます。僕が好きだった投稿者で実際に本を出版した人は幾人もいます。そうしたときは、出版に至るまでの過程をその投稿者が公開しているので、出版界の流れを知ることもでき、勉強にもなっています。

「note」の注目を集めた出来事と言いますと、2年前の兵庫県知事選が思い出されます。斎藤元彦知事を支援したPR会社の女性経営者が、選挙後に応援の様子を解説した記事を投稿し、大きな問題となりました。おそらく自らの会社の宣伝という意図もあったのでしょうが、女性経営者の経歴なども詮索され、「キラキラ女子」と揶揄もされていました。

この記事は特殊な例としても、この投稿サイトは自らの経験を綴ったり、告知や宣伝などに使われています。それと同時に、作家やエッセイスト、漫画家などクリエイターを目指している人が集う場所でもあるようです。僕がそうした人の投稿をよく見ているからだと思うのですが、「note」が僕に「お勧め」してくる記事はクリエイター関連の記事がたくさん出てきます。

「note」には「スキ」と「フォロー」という機能があります。「スキ」はその記事が気に入ったときに押すボタンで、「フォロー」はその投稿者の記事を追っかける機能です。僕は気に入った投稿には「スキ」を押しますし、続けて読みたいと思った人には「フォロー」もします。

「note」に投稿しはじめた頃にここに書いたことがあるのですが、「スキ」は「この記事が気に入った」から押すとは限らないことがあります。それは、「スキを返してね」という意図がある場合です。最初はそれに気づかずに無邪気に喜んでいたのですが、その意図がわかってから喜びは消えました。そんな「スキ」は本当の「スキ」ではありません。

同じように「フォロー」にも、「フォロー返し」を期待しての「フォロー」があります。これも言うまでもなく「うれしいフォロー」ではありません。ですので、「フォロー」が多い人は「フォロー返しを期待している」と推測することができます。なのに、僕、「フォロー」が多いんです。ある日、それに気づいて「フォロー」を見直すことにしました。つまり、投稿しなくなった人の「フォロー」を外していくことにしたのですが、あまりに多いので面倒になり、結局そのままにしています。

なぜ僕の「フォロー」が多いかというと、「面白い」と思う投稿者が多いからです。以前から口を酸っぱくするほど書いていますが、僕が「面白い」と思うからといって、世の中の人みんなが「面白い」と思うとは限りません。というか、どちらかといいますと、僕の「面白い」は世の中の人とはずれているようで、全体で見ますと少数派になります(笑)。僕にフォローされている人には申し訳ないのですが、それが実際のところです。

それはともかく、フォロー数が多くなると、現実問題として全員の投稿を読むことは時間的にむずかしくなります。この前確認したところ、僕がフォローしている人数は200人弱でした。これだけの人数となりますと、全員の投稿を読むことなどできるはずがありません。ですので、フォロー数を見ますと、まるで僕が「フォロー返しを期待している」ようですが、そう思われるのは心外です。僕はそういうのは大嫌いです。今現在、実際に読んでいる投稿者は10~20人くらいでしょうか。フォロー数が200人弱で、実際に読んでいるのが10~20人という乖離が生じるのには理由があります。

それは、僕が「フォロー」している投稿者が「投稿しなくなる」からです。忙しくなったり、ネタがなくなったりと、いろいろ理由はあるのでしょうが、時間とともに投稿しなくなっていきます。例えば「しまだあや(島田彩)」さんというエッセイストの方がいるのですが、この方のエッセイはとても面白く、毎回楽しみに読んでいました。ですが、1年くらい前から投稿されなくなりました。

この島田さんと同じころに「note」で人気を集めたのが岸田奈美さんという方です。この二人は知り合いでもあるようで、二人の対談記事なども投稿されていました。岸田さんのほうはその後何冊か出版をしていて、今では立派な作家です。島田さんも同じくらいの実力はあると思うのですが、現在は書籍よりもエッセイや企画など幅広い活動に力を入れているようです。ちなみに、島田さんのサイトは今でもしっかり充実していて、定期的に更新されています。

今回「note」について書こうと思ったのは、このサイトでここ数日やけに「質問箱はじめました」という通知が多く届くからです。僕がフォローしている人数が多いことも影響しているのでしょうが、たくさんの人から「質問箱はじめました」と通知されてきます。調べたところ、「note」というサイトが「質問箱」の機能をはじめたことが理由のようです。ですので、『試しに「質問箱」をはじめた』人が多いのでしょうが、これだけ多くの人がいっせいにはじめて、果たして需要があるのか疑問です。

「質問箱」から連想するのは「相談(室)」です。世の中にはいろいろなメディアがありますが、そのほとんどに「相談コーナー」があります。例えば各新聞、各雑誌にもありますし、テレビではあまり見かけませんが、ラジオにはたくさんあります。僕はTBSラジオの「ジェーン・スー『生活は踊る』」の「お悩み解消コーナー『相談は踊る』」をよく聴いているのですが、スーさんは毎回本当に的確な回答をすると感心しています。スーさんがいろいろな体験をしてきたからこそできる回答で、誰でもができる芸当ではありません。

人はときとして、優越感に浸りたいという願望が芽生えることがあります。違う言葉で言うならマウントでしょうか。「人に教える」という行為は、ある意味マウントをとることでもあります。教える側が教わる側より上であることが明確だからです。「教え魔」という言葉がありますが、例えばゴルフで、それなりに経験のある人が初心者に教えたがることはよく聞く話です。教えたがる人は教えることで優越感に浸ることができます。

スーさんは普通の人ではできないたくさんの経験をしてきた人ですので、的確な回答をしています。回答者にふさわしい人です。しかし、そうとは限らない可能性もある人が「質問箱」をはじめることに少しばかり違和感を持ちます。「note」がはじめた「質問箱はじめました」という機能には、「回答者にふさわしい人物なのか」という視点が抜け落ちているように思います。

回答者であふれた世の中って、どうなの?

じゃ、また。




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