<感知力>

pressココロ上




ここ10年ばかりは、今の時期になりますと3月11日について書いているように思います。言うまでもなく、東日本大震災が起きた日だからですが、僕の場合はそればかりではありません。僕のコラムをずっと読んでくださっている方はご存じでしょうが、3月11日は僕が商売を廃業した日だからです。そして、さらに僕たち夫婦の結婚記念日でもあるからです。

偶然にも、これら僕の節目といえる出来事が重なった日が、3月11日ですのでほかの人よりも感慨深いものがあります。僕は無宗教の人間ですが、神の思し召しかと思ってしまいます。マスコミでは大震災からの区切りという意味で「10年」という数字を強調していますが、個人的には「商売をやめてから、もう10年も経つんだ」という思いを感じています。本当に月日の流れるのは早いものです。

先日、車を運転しているときに人生で2度目の経験をしました。僕は免許を取得して45年くらい経ちますが、その間で2度目ですので「稀有」という言葉を使うにふさわしい経験といえます。

ある日、大通りから中に入った片道1車線の道を走っていました。その道は仕事の関係で月に1度の割合で通る道で、少しクネクネはしていますが、まっすぐと言っても差し支えないほどの曲がり具合です。その道を進んでいきますと正面が突き当りになっており信号があります。突き当りの道も僕が走っている道と同程度の幅で、左からも右からも車が往来していました。

いつものように、信号のところに近づきますと、右手の6階建てほどのマンションから僕と同年代と思しき男性がちょうど出てくるところとでした。その男性に視線が向いたのは靴の色が目立っていたからです。上は厚手のジャケットで下はジーパン、そして靴は赤色のジョギングシューズでした。やはり「赤色」は遠めからでも注意をひきます。

僕が信号のところに着いたタイミングで男性はタバコに火をつけました。どうもタバコを吸うために外に出てきたようです。その男性の靴が気になったからではないのですが、なんとなく停止線よりも少し前で停まりました。突き当りの道路から左折してくる車が運転しやすくなるようにという配慮の気持ちもありました。

そうして僕は信号が変わるのを待っていたのですが、その間ずっと、タバコを吸っている男性が視線の端に入っていました。もちろん凝視などしますと失礼に当たりますので、男性の方に顔を向けることはしませんでしたが、視線の端には入れていました。

そうしますと、「気のせい?」かどうか微妙なのですが、男性が僕の車を気にしているように感じないこともありませんでした。二重否定の文章にしたのは、その雰囲気が「微妙」だったからです。

それでもやはり、わざわざ男性のほうを見るわけにもいきません。男性を視線の端に捉えたまま、ルームミラーで後方を見ますと、僕のほかに車はいませんでした。そうした状況でしばらく信号を待っていたのですが、中々変わりません。繰り返しますが、この道は月に1度走っていますので、信号の下を走ったことは幾度もあります。それなのに、一向に信号が変わる気配がしません。

そうなりますと、余計にタバコを吸っている男性の動きが気になります。車を止めて以来ずっと感じている「微妙な雰囲気」、僕になにか言いたげな感じが強くなっているように思えなくもありませんでした。もし、僕が孫悟空のように武術の修練を積んだ人が身につけているズバ抜けた感性の持ち主であったなら、男性から発せられる雰囲気をもっと敏感に気づけたかもしれません。しかし、僕は武術などやったことはない、ただの凡人です。

そうした状況のまましばらく待っていましたが、やはり一向に信号が変わりません。もちろん僕としては、いろいろ考えました。僕の知らない間に、この信号が「押しボタン式」に変わったのではないか…。しかし、信号の周りを見渡しても「ボタンが設置されていそうな器具」が見当たりません。後方を見ますと、やはりほかに車はいませんでした。

僕はついに、勇気を振り絞ってタバコを吸っている男性に話しかける決意を固めました。そして、運転席のガラスを下げはじめますと、それに合わせるかのように男性が声をかけてきました。

「この信号、感知式だよ、もう少し前に行かないと」

一瞬、「?」、、、。そして、思い出しました。「感知式」…。これは車が止まったことを感知して信号が変わるシステムのことです。おそらく男性は僕が停止した位置がシステムに感知されない位置とわかっていたのでしょう。それを僕に教えようかどうか、迷っていたのです。

初めて「感知式信号」に出会ったのは今から17~18年くらい前でしょうか。(…そういえば、そのときの顛末もこのコラムで書いたような気がしないでもない…)。今回と同じように、住宅街の道路を走っているときに遭遇しました。そのときも、全く信号が変わる気配がしなかったのですが、辛抱強く待っていると僕の後ろについた車のドライバーがわざわざ降りてきて教えてくれたのです。もし、その車が来なかったなら僕は今でもあそこにとまったままだったかもしれません。(^_^;)

話を戻しますと、男性に教えてもらったあと前に進みますとすぐに信号が青に変わりました。僕は男性にお礼を言いながら、走っていきました。

感知式信号は、通行する側が行動を起こさないと感知しないシステムです。よく考えますと、これは人間社会にも当てはまりそうです。ここ数年、セクハラ・パワハラや「#me to 運動」、Black Lives Matter運動などが注目されています。日本においても、オリンピック組織委員長の女性蔑視発言に端を発して女性の社会参画に関心が高まっています。

これらに共通するのは強い立場にいる人間の鈍感さです。強者が意図的に弱者を無視したり迫害するのがいけないのは当然ですが、問題の根が深いのは「無意識に弱者を無視したり迫害している」人がいることです。それをわかってもらうには、弱者が声を上げるしか方法はありません。

弱者が声を上げて初めて、強者の感知力は高まります。以前、amazonプライで「女性の投票する権利」を勝ち取った女性を描いた映画を見ました。今の日本では投票率の低さが問題視されていますが、投票権は最初から全国民に与えられていたのではありません。民衆が戦った末に手に入れた権利です。

ニュースを見ていますと、ミャンマーでは国軍の独裁政権と対決する民衆や香港では民主主義の後退に抵抗するようすなどが報じられています。そうしたニュースを見るたびに「民衆ガンバレ!」と思わずにはいられません。

じゃ、また。







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