ここ最近「再審制度」について書くことが多くなっていて、先週も書きましたし、なので、読者の中には辟易している人もいるでしょうが、今週も出だしは「再審制度」の話からです。
(^_^;) 何卒お許しくださいませませ。
だって、だって、聞いてくださいよ。そこをお通りの旦那さん。酷いんですよ、法務省。現在国会で審議されている内容は「検察の抗告は原則禁止」、ただし「十分な根拠がある場合」や「十分な理由がある場合」は「抗告できる」となっています。これに対して、「十分な根拠や理由は誰が判断するのか」という質問に、法務省刑事局長は「検察です」と答えたそうです。これだと、「結局今までと変わらないことになりませんか?」と自民党の鈴木貴子議員が疑問を呈していますが、僕も同感です。
ただし、検察が抗告をしたとしても、裁判所が認めるかどうかという過程があるそうなので、少しは「一定の歯止め」にはなっているような気がしないでもありません。しかし、正直なところ、このあたりは僕もはっきりしないんですよね。僕の記憶も正確さに欠けている可能性がありますので、読者の皆さんは僕の話を鵜呑みにせず、気になる方はご自身でも確認してください。
というところで、今週はセブンイレブンの生みの親・鈴木敏文氏のお話です。ニュースで報じられていましたので、ご存じの方も多いでしょうが、鈴木氏がお亡くなりになりました。日本で初めてコンビニを作った方ですので、日本経済に大きな貢献をしたことは間違いありません。そもそも二十数年前、僕がこのコラムを書くようになったきっかけは、フランチャイズチェーン(以下:FC)に対する疑問でした。
僕がFCに加盟したのは今から約40年前のことです。当時30歳目前だった僕は独立開業を考えていました。紆余曲折を経て、当時「体力的には大変だけど高収入」と言われていたタクシードライバーでお金をため、FCでラーメン店を開業しました。詳しくは体験談を読んでいただくとして、なんの資格も特技もない僕ができるのは、それくらいしか思い浮かばなかったのです。なにしろ社会についても経済についても、なんの経験も知識もなかったのですから、それしかありませんでした。
FCの一番のメリットは、短期間の準備・修業で開業できることです。今考えれば恐ろしいことですが、大した研修もしないまま開業することになってしまいました。僕の場合は運よく13年くらい営業でき、そこそこ儲かっていたからよかったのですが、大半の人たちは3年ほどで廃業に追い込まれていました。なので、僕はFCに対して批判的なのです。
そのFCの生みの親が鈴木氏ですので、僕は鈴木氏に対してもあまりよい感情は持っていません。FCの、というか「日本の」と限定されるのですが、本部があまりにも有利な契約になっています。僕からしますと、リスクのほとんどを加盟店に押しつけてお店を運営させているのですから、FC本部は儲かるに決まっています。
先ほど「日本の」と限定されると書きましたが、FCの発祥の地は米国です。米国では日本より加盟店の独立性が担保されています。日本のように加盟店が本部にがんじがらめに縛られる関係ではありません。日本でも最近でこそ24時間営業ではなく時短営業が認められてきましたが、以前はどんなにお客さんが来ない深夜でも、お店を開けていなければいけませんでした。
僕はこの点が「最も加盟店にリスクを押しつけている」と思っています。お店を開くということは、誰かが店頭にいなければいけないということです。もし従業員がいない場合は、おのずと加盟店主がやることになります。これは一見当然のことのように思えますが、お店を運営するうえで最も大きな要因です。単純な話で、人がいなければお店を開くことはできません。
仮に本部が直接運営しているお店であったなら、本部は店長や従業員の手配もしなければいけません。仮に店長や従業員が確保できたとしても、24時間営業であったなら人件費が収益を圧迫するはずです。直営店であったなら、容易に利益など出ないでしょう。これが僕が「FCだからこそ成功した」と考える理由です。
アルバイトやパートさんは急に休むことがあります。また、勤務中に身体の調子が悪くなることもあります。しかし、お店を閉めるわけにはいきません(本部との契約があるからです)。ですので、加盟店主が「いつでも店舗に駆け付けられる」ように駐車場内の車の中で待機していたとか、人件費を浮かせるために夫婦が交代で店頭に出ていたという話は、よく見聞きしていました。そのような生活が悲惨であることは想像に難くありません。コンビニの運営・経営は、加盟店主の生活の犠牲のうえに成り立っているように見えます。
営業時間のほかに「値引きの問題」もありました。例えば、おにぎりが売れ残って廃棄することになりますと、その損失分は加盟店が負担することになります。ですので、加盟店からしますと「値引き」をしてでも売り切りたいのですが、本部は「値引き販売」を禁止していました。本部は「値引き」を認めない理由として、いろいろな理屈を並べていますが、要は本部が儲からないからです。しかしそれは、加盟店に損失を与えていることでもありました。
そうした加盟店が被る問題点も、少しずつではありますが改善されてきています。24時間営業でなくなったお店もありますし、「値引き」をしている店舗もあります。そもそも「セブンイレブン」とは、営業時間が「午前7時から午後11時」であることから来たものです。それが次第に24時間営業になったのですが、その根底には利益重視があります。しかし、そこには加盟店の大変さは考えられていませんでした。
少し前に、経済同友会代表幹事の要職に就いていた新浪剛史氏が「麻薬取締法違反容疑で捜査を受けた」とのニュースがありましたが、その新浪氏は元ローソンの社長でした。三菱商事から転じてきたのですが、ローソン社長就任時には24時間営業の大変さを加盟店主の人たちから聞き、「24時間営業を見直す」と発言していました。しかし、結局見直されることはなかったのですが、その当時、鈴木氏が批判めいたことを語っていたのを思い出します。
鈴木氏は「24時間営業こそコンビニの存在意義」という考えを持っていたからですが、今のコンビニの状況を鈴木氏はどのような目で見ていたのでしょう。時代に敏感だった鈴木氏のことですので、もしかしたなら「24時間営業の見直し」に舵を切っていた可能性もあります。
鈴木氏は晩年、セブン&アイ・ホールディングス内の「権力闘争に敗れた」ように、僕には見えていました。ですが、当時から鈴木氏は「今後は店舗が地域物流の拠点になる」と語っていました。僕は今、週に1度ヨーカドーに行っているのですが、店舗内を「OniGO」と背中に書かれたジャケットを着た従業員が品物を集めています。「OniGO」とは、「ネットで注文を受け付け、直接配送する」システムです。やはり鈴木氏には「先見の明」があったようです。
鈴木氏を見ていますと、経営者としての能力が高いことがわかりますが、どれほど優れた能力を持っていても全能ではないことも教えてくれています。鈴木氏はセブンイレブンの業績の大きさにより「セブン&アイ・ホールディングス」のトップにまで上りつめたのですが、業績がよかったのはコンビニだけでした。スーパー事業であるヨーカドーの業績は、最後まで今ひとつだったのです。
本当に経営者として全能であったなら、ヨーカドーの業績も上げていたでしょう。僕は新卒でスーパーに入社しましたので、流通業には人一倍関心を持っていました。ですので、ちょっと余計ですが、イトーヨーカドーの歴史を簡単に振り返らせてください。
イトーヨーカドーは元々東京下町の洋服店だったのですが、2代目の伊藤雅俊氏が当時のチェーン理論を学んでイトーヨーカドーを設立しました。当時、「ペガサスクラブ」という経営者の塾のような組織がありました。この組織は渥美俊一氏という経営コンサルタントの方が設立した組織なのですが、ここには後に日本の流通業を発展させる錚々たる若手経営者が集っていました。ダイエーの中内功氏もそうですし、ジャスコ(後のイオン)の岡田卓也氏もそうです。
そのイトーヨーカドーで役員を務めていた鈴木敏文氏がアメリカに出張したときにセブンイレブンを見つけ、イトーヨーカドーの伊藤氏に直談判して日本に持ち込んだのがセブンイレブンです。有名な話なのですが、実はセブンイレブンの話は最初、ダイエーの中内さんに持ち込まれたのですが、中内氏が断ったという経緯があります。ご存じのように、中内氏は後にローソンを立ち上げています。
先ほど「ペガサスクラブ」について書きましたが、そこに集った若手経営者たちは確かに後の日本の流通業を発展させたのですが、現在残っているのはイオンくらいでしょうか。ほとんどの経営者は消えていきました。ダイエー然り、そごう然り、西武然り、です。こうした歴史を見ていますと、いかに経営が大変であるかがわかります。
そんな中、「経営の神様」と評される人がいますが、僕からしますと、「神様」を作るのは周りの人間なんです。周りの人がいかにして当人を祭り上げるか、これに尽きると思っています。人間は所詮人間で、神様にはなれないと思っています。そして、人間は必ず失敗をします。だから、「検察の不抗告」は絶対に譲れないんですね。
えへへ、最後も「検察の不抗告」でした。
じゃ、また。