<人気度>

pressココロ上




僕は普段、テレビ、特にバラエティ関連の番組は見ないのですが、たまに面白そうなドラマは見ることがあります。どれを見るかに特段決まった基準とか目安のようなものはなく、本当に偶然に決まっています。NHKの朝ドラは毎回見ています(NHKプラスで)が、それ以外で最後に見たドラマは「海のはじまり」(2024年7月1日から9月23日までフジテレビ)という番組です。この番組も、どうして見るようになったのか、記憶は定かではないのですが、毎週欠かさず「TVer」で見ていました。

毎週見るほど楽しみにしていたのですから、たぶんなにかしらきっかけはあったと思います。きっかけがなければ見るようにはならないはずです。そこで考えたところ、「ヤフトピなどのようなポータルサイトで紹介されていたから」だと思います。世の中の様々な情報を得るには、ヤフトピなどのポータルサイトは本当に貴重です。自分があまり知らない、もしくは関心のない世界・業界のことを知らせてくれます。

その意味で言いますと、ネットは本当に有意義です。たまに、ネットに没入すると「狭い世界にはまり込んで視野、考え方が偏る」という意見を見かけますが、僕は正反対のように思っています。ネットがない時代のほうが、自分の狭い世界に浸り込んでいたのではないでしょうか。紙の媒体しかなかった時代は、その媒体の中にしか目が行きませんが、ネットの場合はそのほかのことも情報が入ってきます。そうやって、他の世界・業界の情報に触れる機会が生まれます。

ポータルサイトもそうですし、YouTubeなど動画の世界も同様です。今、世界的にSNSの若者の利用制限が広がっていますが、確かに子どもは夢中になると、それだけに没頭してしまう傾向がありますので危険です。しかし、そうした子どもの性向はSNSに限ったことではありません。これまでのすべての遊び道具やゲーム類がそうでした。ですので、問題はSNSにあるのではなく、「自制心」が育っていないことにあるのです。ですので、僕は利用制限ではなく、時間制限をするのが妥当だと思っています。

それはさておき、ドラマの話に戻りますが、僕はヤフトピなどで紹介されているドラマをすべて見るわけではありません。その証拠に「silent」(2022年10月6日から12月22日までフジテレビ)というドラマは評判は高かったですが、最初の2~3話を見ただけで離脱しました。要は共感できなかったからです。もっと俗な言い方をするなら、「つまらなかった」からです。

そんな僕が今ハマっているのが「Tシャツが乾くまで」(7月10日からTBS系)というドラマです。このドラマも評判の高さがヤフトピで紹介されていて、見るようになりました。実は、このドラマには先ほど紹介した「海のはじまり」「silent」と共通点があります。それは、脚本家が同じということです。生方美久さんという方ですが、フジテレビの公募で大賞を獲得して脚本家になった方です。

生方さんの何がいいって、それは「台詞」です。ストーリー展開はもちろんですが、登場人物たちの「言葉のやりとり」がたまらなくいいんです。以前、ある番組でフジテレビのプロデューサーが生方さんを選んだときのことを話していました。あるドラマの面接が終わったあと、生方さんを追いかけていって、「いつか一緒に仕事をしたい」と伝えた話が印象的でした。

生方さんが脚本家として誕生するきっかけは、生方さんを選ぶ立場にいた人の「先見の明があったからこそ」ということになります。実は、最近似たような話を読みました。ジェーン・スーさんというラジオパーソナリティの方がいるのですが、現在TBSラジオのお昼帯の番組を担当している方です。

この方は様々な人生経験を積んでいる方で、話を聞いているだけで面白く、勉強になる方ですが、元々はラジオ業界とは無縁の人だったそうです。当時、TBSでは新たなパーソナリティを探していたそうで、その人選を考えていた方が、たまたまラジオにゲスト出演していたスーさんのやりとりを聴いていて、「この人!」と決めたそうです。

当時、スーさんはレコード会社でアーティストのサポートをしていて、その宣伝でラジオに出演していたそうです。もしその発掘した人がいなかったなら、現在のラジオパーソナリティとしてのスーさんは誕生していなかったことになります。スーさんを抜擢した人が「運がよかった」と話していたのですが、それは担当する番組のスポンサーが「新人でも構わない」と承諾していたことを指しています。もし、スポンサーが「名前の知れた人」と条件をつけていたなら、ラジオパーソナリティのスーさんは誕生していなかった、とスーさんを抜擢していた人が話していました。

それはともかく、話をドラマに戻します。生方さんの作品はすべて人気があるのですが、僕は作品のすべてを好きだったわけではありません。これまでにも書いていますように、確率的に言うなら、僕が好きなものは世間的には人気がないことのほうが多いのです。僕の感性はほかの人とは違うようで、これまでの人生経験上、それを実感しています。

冒頭で朝ドラ「風、薫る」を毎回楽しみに見ていると書きましたが、実はネットでの評判は惨憺たるものなのです。視聴率は最低の次の低さだそうです。日本で初めて看護婦になった方のお話で、毎回感動している僕としてはとても信じられないのですが、どうして世の中の皆さんは見ないのでしょう。こんなに面白いのに。

素人の僕がいうのもなんですが、主演の見上愛さんも上坂樹里さんも演技が素晴らしいですし、ほかの出演陣も同様です。もしかしたら、僕が「好き」と思っていることが原因なのでしょうか。そうとしか思えない「人気のなさ」です。残りあと1ヶ月半ですが、なんとか挽回してほしいと願っています。見ていない人は、見てね。

さて、昨日は終戦記念日でした。僕のコラムをずっと読んでくださっている方はご存じでしょうが、僕はある時期、終戦記念日近くになると、このコラムで「さとうきび畑の唄」(TBSで2003年9月28日に放送されたドラマ)について書いていました。このドラマは普通に平凡に暮らしている一市民が戦争という渦に巻き込まれていく様を描いているのですが、最後のシーンで、主人公・平山幸一(明石家さんま)が叫ぶ言葉が忘れられません。

上官から捕虜になった米兵を殺すように命令され、その場所へ連れていかれる平山が最後に叫ぶのです。

「わいは、人を殺すために生まれてきたんじゃないんじゃー」
*記憶違いだったら、すみません。正確な言葉ではないかもしれませんが、このような内容の言葉を発していました。

このドラマの脚本は遊川和彦さんなのですが、戦争の核心をついた素晴らしい台詞だと思っていいます。戦争って、「人を殺さなくてはいけなくなる状況」なのです。よく思い起こしてください。ナチスが誕生するまでの経緯を。ナチスは強制的に誕生したのではありません。選挙で選ばれたのです。そのことを忘れてはいけません。

主人公・平山幸一の叫びは、戦争がはじまったあとの言葉ですが、今週の最後は久しぶりに(これもかつて紹介しています)、ナチスが台頭してきたときに、止められなかったことを後悔した牧師さんの言葉を紹介します。

【マルティン・ニーメラー】ドイツの牧師

ナチスがコミュニスト(共産主義者)を弾圧した時、私は不安に駆られたが、自分はコミュニストではなかったので、何の行動も起こさなかった。

その次、ナチスはソーシャリスト(社会主義者、労働組合員)を弾圧した。私はさらに不安を感じたが、自分はソーシャリストではないので、何の抗議もしなかった。

それからナチスは学生、新聞人、ユダヤ人と、順次弾圧の輪を広げていき、そのたびに私の不安は増大したが、それでも私は行動に出なかった。

ある日ついにナチスは教会を弾圧してきた。
そして私は牧師だった。
だから行動に立ち上がったが、その時は、すべてがあまりに遅過ぎた。

ナチスって当初は人気が抜群だったんです。だから政権をとることができたんですね。「遅過ぎた」とならないように、「『人気があるから正しい』とは限らない」と肝に銘じておきましょう。

じゃ、また。




シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする