<お米>

pressココロ上




昨年来より、お米の高騰がマスコミを賑わせていますが、5キロで4,000円超えはあまりに高すぎます。以前でしたら10キロを購入できる価格です。自慢ではありませんが、我が家は5キロ1,111円で買ったことも度々ありました。いつも行くスーパーは隣に超有名なディスカウント店がありますので、競争上ほかの店舗よりも価格を抑えています。ですので、出していた価格ですが、消費者としては競争は大歓迎です。

米の価格が高くなる中で僕が不思議に思うのは、政治家の口から農協批判の声がまったく出てこないことです。経済紙などでは専門家が農協を批判している記事を目にすることはありますが、政治家が批判しているのを見聞きしたことがありません。農業票が減ることを恐れているからだと思いますが、農業票だけを考えるのではなく国家や国民にとっての視点から考えてほしいと思います。

安全保障の面から「お米の輸入は控えるべき」という主張は理解できます。ですが、だからと言って消費者の負担増を正当化する理由にはなりません。先日は全国農業協同組合中央会(以下:JA全中)の山野徹会長が会見で「適正価格になるように努める」としつつも、現状の価格について「決して高いとは思っておりません」とも話していました。要は、今の水準が適正と考えていることになります。

僕が新卒で社会人になった頃、世は流通改革の真っ只中でした。ちょうどスーパーが快進撃をしていた頃で、それまで小売業で君臨していた三越百貨店が売上げでダイエーに追い抜かれた頃です。スーパーが出てくるまで、消費者は個人商店のお店で晩御飯の食品などを買うのが一般的でした。その意味で商店街は消費者から重宝されていました。

しかし、そこには競争はほとんどありませんでした。競争が起きてない状況というのは売る側にとってはとても好都合です。価格や品質に気を配る必要がないからです。ですので、スーパーが各地にできた当初、近隣の商店街は強く抗議や抵抗をしました。当然です。価格も品質も商店街よりも消費者が喜ぶ商品を販売していたのですから。現在よく見聞きする「シャッター通り商店街」はそうやって増えていきました。

このように日本ではスーパーが登場することによって小売業・流通業が進化したわけですが、当時の流通業・小売業を解説している書籍を読みますと必ず出てくるのが「ペガサスクラブ」というセミナーです。今の時代は「セミナー」と聞きますと怪しげなイメージを抱きますが、このセミナーは渥美俊一氏という経営コンサルタントの方が戦後の日本でチェーンストア理論を普及させるべく開いていたセミナーでした。

僕はラーメン店を開業してから経営の本を読むようになったのですが、そのときに渥美氏の名前を知りました。当時有名なスーパーとしてはダイエーやヨーカドー、今のイーオンの前身であるジャスコなどがありましたが、まだ若手経営者だったダイエーの中内功さんやヨーカドーの伊藤雅俊さん、ジャスコの岡田卓也さんなどのちに日本の流通業の大改革を成し遂げる人たち面々が渥美氏のチェーン理論の薫陶を受けています。当時の若手経営者すべての人たちは、皆さん声をそろえて「米国に行ってチェーン店の素晴らしさを知った」と話している記事を幾度も読んだことがあります。

どんなことでもそうですが、光があれば影が生まれます。小売業・流通業の革新は個人商店および商店街の衰退につながりました。もちろん、個人商店・商店街を守るべくスーパーなど大規模な小売店の出店を規制する法律も作られましたが、時代の流れには逆らえませんでした。

皮肉なもので、今ではその大型スーパーが各地で閉店の憂き目に遭っています。そうした大型スーパーが閉店に追い込まれるのとは対照的に伸張しているのは食品に特化したスーパーです。最近、マスコミなどでイトーヨーカドーの閉店が報じられることが多いですが、食品だけに限るなら好業績を残しているそうです。ですので、大型スーパーを食品に特化した店舗に転換しています。問題は衣料品と雑貨です。

スーパーの衣料品が売れなくなったのはユニクロなどを筆頭にした専門店が台頭してきたからです。昔はスーパーに食品を買いに行き、ついでに衣料品なども買っていましたが、今スーパーで衣料品を買う人はあまりいません。しかし、スーパーにしてもただ指をくわえて見ていただけではありません。もちろん改善はしていました。

例えば、ヨーカドーはカリスマバイヤーとして名を馳せていた藤巻幸夫氏を衣料品のトップに据えたりもしていました。ですが、思うような結果が出ずに終わっています。僕は今、毎週妻と一緒にヨーカドーに行っているのですが、半年くらい前から「FOUND GOOD」というブランドを展開していました。大々的に宣伝していたのですが、肝心の業績は芳しくなかったようで、最近売り場が縮小さていました。もうスーパーでの衣料品は使命が終わったのではないでしょうか。

これを書いていましたら、学生時代のことを思い出しました。僕は学生時代に大手百貨店でアルバイトをしていたのですが、当時は時計の専門店「ヨドバシカメラ」や「ビッグカメラ」が躍進していた時代です。そのときに百貨店の社員の人から聞いたのが百貨店から「時計売り場がなくなる」という話です。言うまでもなく専門店にお客を奪われた結果です。特定の分野(カテゴリ)の商品のみを豊富に品揃えし、低価格で販売する小売店業態を「カテゴリーキラー」というのですが、百貨店はそこにお客を奪われていったのでした。

衣料品も同様です。もう日本ではスーパーでの衣料品は売れなくなっていくでしょう。「でしょう」というよりもう「売れなくなって」います。読者の中でスーパーで衣料品を買った経験のある人はほぼいないのではないでしょうか。やはり店舗の一部門で販売している商品と専門で販売している商品では魅力に差が出るのは当然です。

消費者からしますと、品ぞろえの面でも価格の面でも魅力のあるほうを購入したくなるのは当然です。本来はお米もそうあるべきです。国が管理して魅力あるコメ市場になるとは思えません。先ほどJA全中の会長が今の価格を「高いとは思わない」と発言していた話を書きましたが、この発想は売る側だけの発想です。小売業・流通業が発展したのは購入する側の発想を取り入れたからです。売る側だけの発想で発展する産業はありません。緊張感が生まれない分、工夫・改良する発想をする必要性を感じないからです。

先日見たテレビでは、ある農家さんが「5キロ2,000円」で販売しても余裕で利益が出していけるという話をしていました。この方の話を聞いていますと、そこには工夫と改良の塊がありました。具体的には、ITを利用して省力化を実現させていたのですが、少ない人数で多くの米を生産できるのですから利益も余裕で確保できます。今の農業政策での一番の問題点は、兼業農家でもやっていけるような政策になっていることです。

小売業に例えて言うなら、家族商店でも経営が成り立つように政府がサポートしている状態です。これで消費者が納得、満足できるお米の提供ができるはずがありません。普通のおコメを安く提供できるコメ業界にすることが食料安保の面でも理にかなっています。「特別においしいお米」を求める人は価格が高くても納得して高級米を買うでしょう。大切なことは消費者が選択できる市場にすることです。そうした市場こそが健全な発展をします。

早くお米が安くならないかなぁ。

じゃ、また。




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