<老人と鈴>

pressココロ上




先日、妻とショッピングセンターに行ったとき、レジでお店の人に大声でクレームを言っている老人を見かけました。よくネット記事などでそうした事例を読むことはありましたが、実際の現場を見たのは初めてでした。

ネット記事や週刊誌の記事というのはどちらかといいますと、大げさに報じる傾向がありますので今回のような「老人の大声クレーム」も実際にはあまりないのではないか、と疑っていました。しかし、本当にいました。

最初、売り場を歩いていたところ、店内が混んでもいないのにレジに列ができているのに気がつきました。不思議に思い、レジ近辺に行ってみますと70才くらいの男性に平謝りをしている女性従業員の姿が目に入りました。2つあるレジのうち1つがその老人のクレームで使えなくなっていたので列ができていた原因でした。

同情の気持ちを抱きながらも、僕はどうすることもできませんのでその場を離れました。それからしばらく売り場を歩いていますと、僕の前を先ほど老人に平謝りをしていた女性が小走りで従業員専用のドアの中に入っていくのが見えました。そして、すぐに50代半ばと思しき男性がその女性従業員と一緒に出てきました。ふたりでレジのほうに急ぎ足で向かっていきました。女性従業員はパートさんだと思いますが、緊張しているのがわかりました。

先ほどの状況から察しますと、パートさんだけでは対処しきれず、上司を呼びにいったものと思われます。このような展開になりますと、僕としても気になります。レジに見に行くことにしました。先ほどはレジの前でしたが、老人を含めた3人はレジ横のサービスカウンターの前に移動していました。相変わらず、老人は大きな声でなにかをまくしたてていましたが、先ほどと違うのは、今回怒鳴っている相手は上司ということです。パートさんは上司の少し後方で頭を垂れているふうでした。

もちろん上司も平謝りをしていましたが、老人は怒りが収まる気配がありませんでした。それどころか声のトーンがますます上がっていくのがわかりました。老人は年齢の割に体格がよく身長も180センチ近くはありそうでした。対して上司の男性は160センチ半ばくらいで痩せていて貧弱といえそうな体格でした。上司が老人に相対するときは、どうしても見上げる態勢になります。

老人の身なりはといいますと、もちろんスーツ姿ではありません。普通のカジュアルな服装というわけでもなく、わかりやすい表現でいいますと、山登りに行きそうな服装です。山登りですから当然リュックを背中に背負っていましたし、靴も山登りに向いていそうな運動靴でした。体格的にも服装的にもお店の人を威嚇するのに十分な外見です。

このように一見強面な感じのする老人でしたが、僕が感心したのは、その一見貧弱な上司が平謝りをしながらも、また丁寧な言葉遣いをしながらも、適度に反論していたことです。お客様に対するクレーム対処法としての良否はともかくとして、言うべきところでははっきりと反論していた姿は好印象でした。

特に印象に残っているのは、その老人が女性従業員を「侮蔑的な言葉を使って非難したとき」です。上司は「お客様、それは言い過ぎではないでしょうか!」と反論していました。老人もさすがに「言い過ぎ」と感じたのでしょうか、上司の反論に少しひるんだ様子が見て取れました。しかし、こうした人の常として、少しでもひるんだ状況になったときは、そのひるんだ分を取り返そうとして、さらに高圧的に振る舞うことがあります。案の定、老人は女性従業員が犯したミス(現場を見ていたわけではありませんので、詳しいことはわかりませんが)に話を戻しているように感じました。

僕はそこまでしか見ていないのですが、あのあと一体どうなったのでしょうか…。事なきを得ていることを願うばかりです。

以前このコラムで書いた記憶がありますが、僕がよく行く書店で老人と怒鳴りあっている店長さんの姿を見たことがあります。老人はお客様の立場ですので、本来ですとお店側の人間が怒鳴ることなどないはずですが、その店長さんはよほど腹に据えかねたのでしょう。きっちりと怒鳴り返していました。

店長さんは40才前後の男性ですが、普段は真面目で穏やかで決して大声を出しそうな感じのしない人です。どのような経緯があったのかはわかりませんが、レジの隅のほうで店長さんとその老人はどちらも険しい表情で話し合っていました。すると、なにかのきっかけに老人が大声で怒鳴りますと、それに負けじと店長も「それはできません!」と大声で返したのです。

老人はしまいにはカウンターを手のひらでたたいてさらに大きな声を出しましたが、店長は動じるようすもなく、やはり「それはできません!」と再度返していました。しばらく押し問答が続いていましたが、老人のほうがあきらめたようで出て行きました。

お客様相手の仕事は本当に大変です。特に今回のコロナ騒動ではお年を召した方の品行が問題視されています。もちろんほとんどのご年配の方は、従業員の立場を思いやってやさしい対応をしているはずですが、一部の方は自分中心に物事を考えているようです。コロナが最初に報じられていた昨年の今頃、マスクが品薄になっていた際は、薬局の従業員が年配の方に詰め寄られ疲弊する事例がニュースで頻繁に報じられていました。

本来、年を重ねるということは世の中の酸いも甘いも経験していることですから、人格的に優れているはずです。しかし、その理想とは反対に、わがままになるばかりの人もいます。年齢が人間の心を硬直させるのです。これを老害といわずなんといいましょう。

権力を持った人間が老害になりますと、世の中が間違った方向に進みます。そうしたことが起きないように、民主国家では権力を持つ者に権力の期限を設けています。米国では大統領は最大2期までと決まっているそうですが、この制限はまさに米国の民主国家としての真骨頂といえそうです。

健全な国家では政治家は選挙によって選ばれますが、経営者の場合はちょっとシステムが違います。ですので、企業のトップが自らの延命を望んだ場合、まかりとおることがあります。創業者がいつまでもトップの座にしがみつくのは仕方ない面があるにしても、サラリーマン経営者がいつまでもトップの座にしがみついている姿は見栄えがいいとはいえません。

実際、人格者といわれる経営者はみな自らの退きどきをわきまえています。その筆頭に思いつくのは、元トヨタ自動車会長・奥田碩氏です。奥田氏はトヨタで会長まで上りつめ、さらに財界の総本山といわれた経団連の会長まで務めましたが、地位や役職に恋々とすることなく、任期の終わりとともに去っていきました。

今回、このコラムを書こうと思ったきっかけは、伊藤忠商事の岡藤 正広CEOの在任期間が長いからです。それまでの社長は6~8年で退いていました。今年に入っての報道によりますと、岡藤氏がCEOを務めながら社長を交代させています。ちょっと違和感を持つのは僕だけではないでしょう。

だれか鈴をつけないと…。

じゃ、また







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