<成功自叙伝のタイミング>

pressココロ上




先週は、再審制度を検討する会議での稲田元防衛大臣の奮闘ぶりを書きました。しかし、これまでの例では、そうした反対の声が上がっても「少しの修正」で済まされ、全体としては元々の「まとめ案」に沿ったものになるのが常でした。ところが、今回は違っています。先ほど「少しの修正」と書きましたが、そこにはこの問題の核心である「検察の抗告の禁止」は盛り込まれていなかったのです。繰り返しますが、これまではその「少しの修正」で終わっていたのですが、今回は稲田氏たちはそれでは納得しませんでした。

そのときの会議の模様もテレビニュースで少し流れていましたが、ある議員が「自民党は法務省のためにあるのではない!」と声を荒らげていました。正直に言いますと、この発言をした議員はテレビ映りを意識したパフォーマンスのようにも思えましたが、今はそれも許せる状況です。何しろ法務省のエリートの方々を相手にしているのですから。

実は、僕の心の中では「最終的には“少しの修正”でお茶を濁すのだろうなぁ」と思っていました。ですが、今回の稲田氏たちの対応は僕の予想を超えていました。先週、「稲田元防衛大臣ガンバレ!」と書きましたが、引き続き頑張ってほしいですし、マスコミも僕たち国民も強い関心を持って注視していく必要があります。おそらく法務省側は、世間が「落ち着く」「興味を失う」のを待っているはずですから。

世の中ではいろいろなことが次々に起こりますので、同じことに関心を持ち続けるのは難しい面があります。あってはいけないことかもしれませんが、「飽きる」という感情があるのも事実です。僕にしても、結婚する前は「妻とずっと一緒に時間を過ごしていたい」と思っていたのですが、実際にずっと一緒にいると「飽きて」きました。こればかりは人間の性(さが)ということで、仕方がないように思います。

そうした性を持つ人間ですので、昨今の転職ブームはある意味当然かもしれません。「転職」を別の側面から捉えるなら「退職」です。「転職」するには、その前に今の職場を辞める必要があるのですから、必ずそうなります。その「退職」ですが、よく言われるのが「新卒は3人に1人が3年以内に退職する」ということです。しかし、この数字は昔(僕が新卒だった40年以上前)から変わっていないそうです。

僕がラーメン店を営んでいたときに最初に働いてくれたアルバイトの学生さんとは、今でも年賀状のやり取りをしています。A君としますが、A君が新卒で入社したときの話を聞いたことがあります。A君は肝が据わっていて、しかも根性のある人だったのですが、入社して1年ほどで転職を考えるようになったそうです。そこで、今でいう転職エージェントに登録したところ、面接で「まだ転職しないほうがいい」と諭されたそうです。

担当者に「もっと実力を上げて実績を残してから転職を考えたほうがいい」と言われたらしく、それから本気で働くようになり、実際に成績を上げたそうです。ここからがA君のすごいところで、その実績を引っ提げて前回と同じ担当者のもとを訪ねたところ、努力を認めてもらい、これまでよりも待遇のよい企業への転職に成功しました。

僕はA君に「成績が上がった理由」を尋ねました。A君が新卒で入った企業はピアノの製造販売会社だったのですが、「ある大学教授と親しくなり、その教え子を次々に紹介してもらえた」と話していました。その大学教授に気に入られたのはA君の人間性の賜物ですが、そうした運を手繰り寄せられたことも大きな要因です。それも含めてA君の人間性だと思います。

その後、A君は転勤で各地を転々としていましたが、最終的には学生時代を過ごした鉄道沿線に落ち着き、役職定年を迎えて現在に至っています。役職定年についてもいろいろ思うところはあったようですが、そのときは時間がなくて詳しくは聞けませんでした。いつか聞いてみたいものです。

それにしても、途中で辞めることもなく、しっかりと出世階段を昇っていったのは、本人の努力によるものであることは間違いありません。人の評価は短期間ではなく、長期間で見なければ正しくできないものです。

株式会社「刀」CEO・森岡毅氏という方をご存じでしょうか。最強のマーケッターなどと評されている方です。森岡氏が有名になったのは「USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)を、わずか数年で世界第四位のテーマパークにした」ことですが、同時に『苦しかったときの話をしようか ビジネスマンの父が我が子のために書きためた「働くことの本質」』という本がベストセラーになったこともあります。

「苦しかったときの話をしようか」というタイトルが秀逸ですが、僕の想像ではこれは編集者が付けたものでしょう。「売れ線」狙いがひしひしと伝わってくるタイトルです。それこそ先ほどの若い頃のA君が読むにふさわしいビジネス書ですが、そんな素晴らしいビジネス書を書いた森岡氏が、今、苦境に陥っているようです。

今年に入ったあたりからそうしたニュースを目にすることが増えたのですが、そのきっかけは森岡氏が沖縄に開業したテーマパーク「ジャングリア沖縄」の苦戦でした。来場者が計画の半分ほどしかいないそうです。実は、「ジャングリア沖縄」は開業前から苦戦を予想する記事が多かったのですが、それが現実のものとなっています。

また、評価を大きく落としたきっかけは、最近伝えられた東京・お台場の「イマーシブ・フォート東京」の閉業です。僕は経営は生き物だと思っていますが、だからこそ経営手腕の評価は、すべてを終えて引退したときにこそなされるべきものです。「棺を蓋いて毀誉定まる」ということわざのとおりです。

最近、ニデックという電子部品大手の企業が不正会計で揺れていることが報じられています。この企業の創業者は永守重信氏という方ですが、永守氏は一代で2兆円規模の企業を築いた経営者として賞賛されていました。この会社が知られてきたのは、僕がラーメン店を営んでいた頃で、ちょうど経営というものに興味を持ち始めた頃でした。当時、本屋のビジネス書の棚で永守氏を取り上げた本をよく目にしていたことを思うと、感慨深いものがあります。

永守氏の祖業は「小さなモーター」だったと記憶していますが、自動車の窓の電動開閉などに使われるという解説がやけに印象に残っています。その成功を足がかりに、「M&A」で規模を短期間で大きくしていきました。永守氏の経営手法は、買収した企業を徹底的に管理するやり方でした。その管理の厳しさを記事で読み、「そんな会社、僕なら辞めるな」と思ったことを憶えています。

永守氏は京都で起業しましたが、京都にはもう一人、稲盛和夫氏という著名な経営者がいます。稲盛氏は「京セラ」や「KDDI」といった名だたる企業を育て上げた名経営者として知られる起業家です。本屋に行くと「稲盛と永守」というタイトルの本もあります。どちらも起業家として成功者でしたが、今思うと、亡くなられてからも成功者として評価されている稲盛氏に対して、永守氏は晩年を汚した形になっています。

今回「ニデック」は不正会計を犯しましたが、その背景には永守氏の部下に対する厳しい数字の追及があったと言われています。「期限までに数字を上げろ!」というプレッシャーが不正の理由とされていますが、そのような心境に追い詰めた責任は大きいものがあります。

本には自叙伝というカテゴリーがありますが、自叙伝は自分の体験をつづったものです。僕も自叙伝というほど大げさなものではありませんが、「ラーメン店の体験談」を公開しています。そもそものきっかけは「体験談で一儲けしよう」という不埒な考えからですが、簡単に「一儲け」できないことがわかりました。

「一儲け」はともかく、自分の体験を文章にして公開することの裏には「承認欲求」があるのも事実です。ですが、そこには大切な心構えがあると思っていて、「自慢話」にならないことです。言うまでもありませんが、自慢話ほど他人が読んでいてつまらないものはありません。それと同じくらい、「教える姿勢」で書くことにも問題があります。「教える」という行為は、一つ間違えると「マウントをとる」ことにもなりかねません。それに対して、失敗談はほかの人の蔑みの対象になることはあっても、不快な思いをさせることはありません。笑いのネタにはなっても……。

じゃ、また。




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