先週に引き続き、世の中的にはまだまだサッカーワールドカップが花盛りですが、日本が決勝トーナメントに進出できて本当によかったです。これだけ盛り上がっているのに、決勝トーナメントに進めなかったなら、スポンサー的にも世の中的にもかなりの損失だったはずです。そうした意味でも本当によかったです。
やはり初戦のオランダと引き分けることができたのは大きかったのではないでしょうか。後半44分に小川選手、鎌田選手で同点弾を決めたのですが、あれがなければグループステージで終わっていた可能性もあります。そう考えますと、あの同点弾は本当に大きな意味を持っています。人間、粘りが大切ですよね。
第3戦のスウェーデン戦は、前評判では「楽勝」のような雰囲気があったのですが、実際は決して楽な相手ではありませんでした。確かに世界ランキングでは38位と日本の18位よりも低かったですが、強豪であったことは間違いありません。それにもかかわらず、僕が見ていたテレビ解説では「3×1」とか「2×1」で勝利を予想している人が多かったのです。僕は、そうした「容易に勝てる雰囲気」が不安だったのですが、なんとか引き分けにこぎつけられて、「よかった~」と思っています。
それにしても、スウェーデン戦での先制点の取り方は本当にきれいでした。一つの流れの中できれいなパスがつながっての得点でしたので、偶然ではなく、みんなが意図した動きということがわかります。それがうれしいですね。日本の実力が上がっていることが証明された1点です。
その6分後にスウェーデンに同点弾を決められるのですが、あれは蹴った選手がうまかったと思います。ディフェンスの間を通して、ゴールのサイドネットに突き刺さったのですから、仕方ありません。ゴールキーパーの鈴木彩艶選手の反応が遅かった感じはありますが、おそらくディフェンスの選手と重なっていて見えていなかったのではないでしょうか。そうでなければ、あれほど反射神経の鋭い鈴木選手の反応が遅くなるはずがありません。
終盤はスウェーデンに押し込まれる展開でしたが、鈴木選手はそれらの攻撃をことごとく防いでいました。特にサイドからのクロスにヘディングで合わせられたボールを手のひらで押し返したシーンは、スローモーションで見ますと感激ものです。あの手のひらが届かなかったなら、日本は敗戦していました。世界で活躍している鈴木選手の真骨頂と言えます。
しかし、決勝トーナメントでは、なんとサッカーの王国ブラジルと対戦します。昨年の親善試合で初めて勝利したとはいえ、それまでは「2分11敗」と1勝もできなかった相手です。サッカーファンに怒られることを覚悟で言いますと、おそらく無理でしょう。だって、まだ実力の差がありますよ。
今朝のサンデーモーニングに出演していた元日本代表で「野人」と称されていた岡野さんは、優勝国を問われて「に、ほ、ん」と言いながら、そのあと「かっこフランス」と話していました。岡野さんのセンスに爆笑です。
それにしても日本はケガ人が多いです。久保建英選手は第1戦での離脱でしたが、それ以前に三笘薫選手、南野拓実選手、遠藤航選手も出場がかないませんでした。ファンもですが、本人たちが一番悔しい思いをしているはずです。なにしろ4年に一度しかチャンスがないのですから。
思い起こせば、前回は「三笘の1ミリ」で日本中が盛り上がりました。マスコミを盛り上げるのに、あれほどふさわしいシーンはありませんでした。あのシーンで海外で活躍している選手たちにも注目がさらに集まったのではないでしょうか。CMで見る機会が増えたことで実感します。
僕は熱心なファンではありませんが、そこそこはサッカーファンです。先週のコラムでも書きましたように、小学生時代からサッカーに親しんでいました。僕はなぜか球技は全体的に身体にフィットするようで、だいたいの球技スポーツはそこそこ こなします。野球、サッカー、バスケット、バレーボール、卓球、バドミントン……。小学校時代、よくいたでしょ。身体は小さいけど、すばしっこいやつ。僕、それだったんです。ただ、難点がありまして、基礎体力が弱いんです。
高校時代は身長を伸ばそう(当時はバレーをやると身長が伸びると言われていました)とバレーボール部に入ったのですが、そこは校内で一番練習が厳しいクラブでした。なので、走ったり飛んだりという基礎練習が多かったのですが、それが辛かったです。しかし、ボール扱いが得意だったことが、僕がクラブに残ることができた唯一の理由です。30人近くいた新入部員が夏過ぎには6人くらいしか残っていませんでした。理由は練習が厳しかったからです。公立高校だったのですが、たまたま顧問の先生が日体大出身の筋肉モリモリの先生だったことが関係しています。
僕の想い出話はさておき、今回のような4年に1度のワールドカップですので、テレビ各局は解説者でもいろいろと工夫をしています。Jリーグ勃興期からサッカーを見ていた僕からしますと、当時活躍していた選手たちはもう過去の人になっています。解説者としても昔の人となり、テレビに出演することもあまりありません。どんな競技でもそうですが、解説者の椅子は未来永劫あるわけではありません。常に新しい現役卒業生が生まれ、解説者の新陳代謝が行われます。
そうした中、今回のワールドカップで「やけに見かける」と思ったのが、元日本代表の柿谷曜一朗さんでした。柿谷さんが「元日本代表」ということは知っていましたが、僕の記憶では日本代表としてはあまり活躍していなかったはずです。それにもかかわらず、解説者としてやけに起用されていることが気になったのです。
そうした中、柿谷さんが「しくじり先生」という動画に出演しているのを見つけました。その動画では、サッカー選手としての栄光と挫折を自ら解説していたのですが、当人が言うには「現役時代はかなりヤバかった」ようです。なにしろ「自分は天才!」と思い込んでいたようで、その分だけ周りとの軋轢も余計に激しかったようです。しかし、今では人間的にも丸くなっていて、そうした自らの挫折を面白おかしく笑顔で話していたのが好感でした。
僕の記憶の中でも、柿谷選手はテクニシャンというイメージがありました。柿谷選手を紹介する動画の中には、柿谷さんを「ドリブルの天才!」などと評しているものもたくさん出てきますが、それほどの実力があっても日本代表で活躍することは難しかったようです。「しくじり先生」の中で柿谷さんが話していた言葉で、最も印象に残っているのは「気持ちのコントロール」でした。
「しくじり先生」を見て知ったのですが、柿谷さんは「セレッソ大阪」というチームの中では重要な立ち位置にいたそうですが、同年代の香川真司さん(柿谷さんより1歳上)の存在には心穏やかでいられなかったそうです。ライバル心もいい方向に向かえば自らの糧になりますが、悪い方向に行きますと、自らの力を停滞させることになります。柿谷さんが話していましたが、世界へ羽ばたいていった香川さんと、どんどん差が開いていったことを実感していたそうです。
それにしても全盛期の柿谷さんの動画を見ますと、「次にどんな展開をさせるのか」とか「どんなパスを出すのか」など、ボールを持っただけで見ている人をワクワクさせるものがあります。「見ているだけでワクワクさせる」といって、僕がすぐに思い出すのがイタリアのロベルト・バッジョ選手です。バッジョ選手は1990年代に「ファンタジスタ」と呼ばれていた名選手です。
「ファンタジスタ」と呼ばれていたのは、「相手の裏をかくスルーパス」や「意表を突くヒールパス」など、「誰も思いつかないようなパス」を生み出していたからです。柿谷選手も同じくらいの才能を持っていたのですが、それほどの能力を持っていても、チーム内とのコミュニケーションが取れていないなら、それは絵に描いた餅と同じです。柿谷選手はまさにその状態だったそうです。優れた能力も使えなければ「ない」のと同じです。
柿谷さんのファンタスティックな動画を見ていたところ、ふいにある選手が頭に思い浮かんできました。中島翔哉選手です。中島選手もまた、柿谷選手と同様にファンタジスタな選手でした。また、ボールを扱う能力もずば抜けたものがありました。ボールを扱う天才と言いますと小野伸二選手が思い浮かびますが、テクニックだけでいうなら中島選手も引けを取りません。一時は日本代表で背番号10番をつけていたこともあるほどの選手です。
そのことを思い出したので、中島選手が「いつの年代の選手か」と調べたところ、なんと驚きです。現在31歳。現在の日本代表チームの要になっている堂安選手、南野選手たちと同年代でした。しかも第一期森保ジャパン(2018年)では、初期に背番号10をつけていたのです。繰り返しになりますが、驚きでした。もっと前の年代の選手だと思っていたからです。段々と日本代表から遠ざかっていった一番の理由はケガだそうですが、所属チームで活躍できていなかったことも大きかったようです。
こうしてスポーツの世界を見ていますと、ある意味残酷です。成績を残せなかったなら、それがすぐに自分の将来に影響するのです。残酷だからこそ、人々はそれを見て感動するのかもしれません。
人間って、そもそも残酷な生き物なのかもしれません。
先週6月23日は沖縄「慰霊の日」でした。
じゃ、また。