最近はあまり耳にしませんが、一時期「オーバーツーリズム」がマスコミで盛んに報じられていました。しかし、世界的なインフレや米国によるイラン攻撃などもあり、「オーバーツーリズム」という言葉はあまり聞かれなくなりました。とはいえ、問題自体は今でも解消していないようです。先日読んだ記事では、アニメ「SLAM DUNK」の舞台となっている神奈川県鎌倉市の踏切は、今でも「聖地」として訪れる人が多いことが報じられていました。
「多い」だけなら問題はないのですが、マナーを守らない人たちがいることで問題が起きています。昔から「旅の恥はかき捨て」と言われますが、まさにその状態のようです。踏切近くに住んでいる方々の敷地内にゴミが投げ捨てられていたり、ひどいときは小用を足す人もいるそうで、この“ことわざ”が国や地域を問わず当てはまることを示しています。
そうした問題が起きるほど「聖地」を訪れる人が多いのは、漫画そのものの面白さもあるのでしょうが、同時に歌のヒットもあるように思います。実は、僕は「SLAM DUNK」という漫画もアニメも詳しくないというか、見ていませんので、本当の面白さは知りません。ですが、世界的に人気があることや、特に「中国で若者の心を掴んでいる」ことは、ドキュメント番組などを通じて知っていました。
そうしたこととは関係なく、「世界が終るまでは…」という歌は聴いていて、ずっと好きでした。なので、この歌がアニメ「SLAM DUNK」の主題歌だということはあとから知りました。歌の魅力には、アニメやドラマなどの映像が大きな影響を与えることがあります。しかし、僕がこの歌を好きになったのは映像の影響ではありません。純粋にこの歌のメロディーと歌詞が心に響いて好きになったのです。
どうして突然こんなことを書いたかと言いますと、実は今、僕は毎日午後7時過ぎにこの歌を聴いているからです。
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僕は嗅覚障害を患っていて、治療のために毎日点鼻薬を数滴さしています。これが結構面倒で、仰向けに寝て二つ折りにした座布団を首の下に当て、首をできるだけ後ろに傾けた状態にしなければいけません。しかも、その状態を4~5分保っている必要があります。その間、ボケーっとしているのもつまらないので音楽を聴くことにしたのですが、それが午後7時頃で、そのときに聴いている歌が「世界が終るまでは…」なのです。
点鼻薬をさすのは、かれこれ2~3年続いていますので、その間いろいろな歌を聴いてきました。1970年代後半から2000年代くらいまでの楽曲が中心で、適当に選んで聴いているのですが、数週間前から「世界が終るまでは…」に“はまっている”というわけです。これを聴いていると4~5分も苦になりません。気持ちが盛り上がるのです。これまで何度か書いていますように、僕は好きな歌のときには自然に右手で拳を作って強く握りしめ、天に突き上げます。この歌はそれにふさわしいメロディーと歌詞になっています。
「メロディーと歌詞が素晴らしい」と書きましたが、あと一つ重要なことがあります。それはボーカルの「少し鼻にかかった甘い歌声」です。この歌声が、この歌の魅力を倍増させているとまで思っています。ですが、先ほど書きましたように、好きだったのは歌だけでしたので、バンドやボーカルの方についてはほとんど知りませんでした。
そんなある日、ある雑誌のネット版(https://dot.asahi.com/)にボーカルの方の記事がありました。「あの天才のいま」という特集記事で、その中に「上杉 昇(元WANDS)」と書いてあったのです。「WANDS」というバンド名は知っていました。一昨年12月に亡くなられた中山美穂さんと一緒に歌ったバンドという認識だったのですが、そのボーカルの名前が「上杉 昇」さんだとは知りませんでした。その記事を読んでから、上杉さんおよび「WANDS」というバンドのエンタメ業界における立ち位置も少しわかりました。
先ほど中山さんと「一緒に歌った」と書きましたが、実はこの表現は実に微妙で、「デュエット」と書くか「バックバンド」と書くか迷ったのです。なぜかと言いますと、当時の歌番組を見た記憶では、中山さんを前面に出して、「WANDS」の二人は後ろに並んでいたからです。これではどう見ても、バックバンドというか「添え物」のような立ち位置です。
素人目にも、中山さんを利用して「これから売り出そう」という事務所の魂胆が透けて見える映像でした。その手法が功を奏したのか、このあと「WANDS」はビッグなバンドになっていくわけですが、僕自身はあまり興味を持ちませんでした。当時は、今ダンスグループがたくさんデビューしているのと同じように、バンドが雨後の筍のように誕生していた時代だったからです。なので、どの歌がどのバンドの歌なのかをきちんと理解していたわけではありませんでした。それくらいの認識でした。
中山さんとのデビューから数年後、気になる記事が目に留まりました。
「元WANDSのボーカルを務めていた人」が、ヘビメタというかロングヘアーで太って黒系の衣装を着て、ピアスをして歌っている。
という記事でした。その記事には写真も載っていましたが、かつての面影はまったくありませんでした。本人曰く「本当はこれがやりたかった」ということでした。
よく聞くじゃないですか。「自分のやりたい音楽と売れる音楽のジレンマ」という台詞。上杉さんはまさにそのジレンマに陥っていたようです。そして、「売れる音楽」を捨てて「やりたい音楽」に進んだのです。「売れても」気持ちが満足、納得しなければ「やった」ことにはならないのです。
僕は「ラーメン店」と「コロッケ店」を営みましたが、いつも考えていました。当時は今のようにSNSなどありませんでしたので、「マスコミに取り上げられれば売れる」という風潮がありました。僕はそれが納得できないというか、心情的に反発していました。大げさに言うなら、怒りさえ覚えていました。僕は純粋に「そこにお店があって、そのお店を気に入った人が食べに来る・買いに来る」、そういう商売をしたかったのです。ですが、体験記に書いているように失敗しています。やはり「売れる」方向を目指さなければ、ビジネスの世界では生き残っていけません。
「あの天才のいま」という特集記事で、上杉さんは「ヒットした」ことに対して、とても感謝の気持ちを話していました。俗な言い方をするなら、「丸くなった」というのでしょうか。突っ張っていた気持ちがなくなっているように感じました。「売れることを目指す世界」も認めるというか、受け入れているのです。先日、プロ野球の試合開始前にグラウンドでぬいぐるみと並んで歌っている映像を見ました。昔なら、そんな仕事は絶対受けなかったでしょう。「丸くなった」証です。
YouTubeには「世界が終るまでは…」を作曲した織田哲郎さんと、大きな会場でコンサートを行っている映像があります。それを見ると、当時の「売れ線の歌」を心から受け入れていることが伝わってきます。その映像を見ていて感心するのは、おそらく「世界が終るまでは…」は何百回、あるいは何千回と歌っているでしょうが、それでも崩すことなく楽譜どおりに歌っていることです。
アーティストの中には、最初の頃のメロディーとまったく違うメロディーにして歌っている人もいます。何百回も歌っているので飽きるからでしょうが、メロディーが変わっては「その歌」ではなくなってしまいます。今の上杉さんは、そのこともしっかりとわかっているのです。
「あの天才のいま」の最後は、「WANDS時代の自分も、今の自分も本当」で締めくくられています。「あがいていた頃の自分がいたからこそ、今の自分がある」ということですが、「答えは出せないですね」で終わっています。
誰しも生きている間は、答えなんて出せないですよねぇ。僕だって、点鼻薬の治療がいつ終わるのかわからないし…。
じゃ、また。