大谷選手の評価が急上昇しています。成績だけが理由ではありません。デッドボールを受けたあとの「振る舞い」に対してです。ご存じの方も多いでしょうが、先週のパドレスとの試合は、デッドボールによる報復が繰り返され、「これは本当に野球の試合か?」と思わせるような荒れた展開でした。乱闘寸前にまでなったそのとき、その「寸前」で事態を収めたのが、大谷選手の振る舞いでした。
相手投手の故意とも思える背中への死球にも、大谷選手は怒ることなく冷静に対応し、むしろ興奮してベンチを飛び出そうとするチームメートの動きを制止していました。実は、大谷選手はその前の試合でもデッドボールを受けていたのですが、それでも感情を荒らげることはありませんでした。それだけではありません。デッドボールで出塁したあと、試合が再開するまでの間に、一塁側の相手チームのベンチ前に行き、元エンゼルスでチームメートだった選手と笑顔で言葉を交わしていたのです。
そのとき、大谷選手が話しかけていた元同僚の隣には、パドレスの選手たちが並んでいましたが、彼らのあっけに取られた表情が、その気持ちを物語っていました。遺恨試合の真っ最中に、相手選手が自分たちのチームの選手と笑顔で談笑している。おそらく、これまでのメジャーリーグでは見たことのない光景だったでしょう。
この大谷選手の振る舞いは、アメリカのメディアでも大きく取り上げられ、称賛されていました。「真のスポーツマンだ」と。また、かつて好戦的な言動で知られていたパドレスのある選手も、試合後にマスコミに対して語っています。「あの光景を見て、自分を見つめ直すことになった」と。さらに、一塁上で大谷選手と握手を交わした選手は、「あの瞬間、パドレスのダッグアウト内の雰囲気ががらりと変わった」と話しています。そしてこう続けました。「彼は、野球は戦争ではなくゲームであることを思い出させてくれた」と。
年を重ねると涙もろくなるのでしょうか。この大谷選手の一連の振る舞いを動画で観たり、記事で読んだりしているだけで、思わず涙が出そうになります。私は大谷選手がメジャーで活躍し始めてからメジャーの動画を観るようになったのですが、彼がヒットで出塁したとき、対戦相手の選手が話しかけてくるシーンを多く目にします。私がそういう動画を好んで観ているからか、YouTubeのおすすめに出てくるからか、わかりませんが、そうした動画がたくさんあります。時には2塁上で、対戦チームのほとんどの内野手が大谷選手の周囲に集まり、話しかけている映像あります。
「人徳」という言葉は、大谷選手のためにあるのではないでしょうか。そう思わせる彼ですが、そんな彼にも物議を醸したシーンがありました。試合中にダッグアウトの手すりに顔を横にして、居眠りをしていた映像が話題になったのです。「試合中に寝るとは何ごとか!」という批判の声も上がりました。
しかし、私はこの姿にも大谷選手の人柄の良さがにじみ出ているように感じました。もちろん、普通の選手なら非難の嵐でしょう。実際、アンチ大谷の間では「プロ失格」と炎上していたようです。ところが、その声を封じたのは、なんとライバルの存在でした。
ヤンキースのスター選手・ジャッジに、ある記者が「試合中に居眠りをしていた大谷」についてコメントを求めたところ、アンチの批判を踏まえたうえで、彼はこう一蹴しました。「あれだけ活躍しているのだから、何の問題もない」と。この一言で、批判の声はぴたりと止まりました。大谷選手のすごさは、実力のある選手たちに「認められ、そして好かれている」ことにあります。
とはいえ、そうした評価を得られたのは、ひとえに結果を出し続けているからです。メジャーリーグで、ベーブ・ルース以降誰も達成していない「二刀流」を成し遂げていることが、何よりの証明でしょう。そもそも、二刀流については日本国内でも当初は懐疑的でした。過去に華々しい実績のある選手や監督ほど、否定的というよりも、批判的だったように思います。
大谷選手はもともと、日本のプロ野球を経ずに、直接メジャーリーグを目指していました。その意志を翻させたのが、日本ハムの栗山監督でした。おそらく、栗山監督の説得力がなければ、大谷選手が日本のプロ野球でプレーすることはなかったでしょう。
結果論かもしれませんが、大谷選手にとって、直接メジャーに行くよりも、日本で二刀流の実績を積んでから海を渡ったことは、正解だったように思えます。メジャーは日本以上に実力主義の世界です。仮に日本での実績がなければ、メジャーの球団が「二刀流」を本気で受け入れるには、相当な時間がかかったことでしょう。つまり、日本という「レベルが低い」と見なされがちなリーグであっても、結果を出していたからこそ、メジャーで「二刀流」が認められたのです。
このように考えますと、栗山監督との出会いは大谷選手にとって極めて重要な意味を持ちます。繰り返しになりますが、もし実績のある監督のもとでプレーしていたなら、「二刀流」は潰されていたかもしれません。
昔の話ですが、日本人メジャーリーガーの先駆けとなった野茂英雄投手も、入団当初は仰木彬監督のもとで自由な環境にありましたが、その後任となった鈴木啓示監督とは折り合いが悪く、メジャー挑戦へと向かうきっかけになりました。実績ある監督であっても、選手との相性次第では、可能性を摘んでしまうことがあるのです。
栗山監督は、選手としては目立った実績を残していませんでした。つまり、プレーヤーとしては「成功者」ではありませんでした。しかし、だからこそ型にとらわれず、大谷選手の可能性を信じて任せていたのかもしれません。コーチ経験もなかった人物を監督に抜擢した日本ハムの「眼力」には驚かされます。
話は逸れますが、読売新聞の渡辺恒雄氏がかつて「たかが選手が」と発言して批判されたことがありました。また、第1期の原監督退任時にも「人事の問題」と述べて物議を醸しました。しかし、球団が監督を選ぶのは紛れもなく「人事」の問題です。
先週まで放送されていたフジテレビのドラマ「人事の人見」は、私は見ていませんが、パワハラや多様性など、今の時代を映したテーマが多かったようです。もっと話題になってもよかったのではないでしょうか。
話を戻しますと、日本ハムは今シーズン、上位に食い込んでいます。これは、新庄監督の手腕が少しずつ実を結びつつある証拠です。まだ6月なので結論を出すには早いですが、チーム全体のレベルが上がっていることは間違いありません。本塁打数も増加し、伊藤大海投手や北山亘基投手の活躍など投手陣の安定さも目を見張るものがあります。
現在の日本ハムを築いたのは新庄監督です。しかし、新庄氏は選手の引退後、長らく表舞台から離れていました。多くの選手は、引退後はテレビの解説者になったり、新聞にコラムを書いたりしますが、新庄氏はそうしたマスコミの世界とは距離を置いていました。
調べてみますと、新庄氏は引退後、バリ島で生活していたそうです。つまり、コーチ経験もないどころか野球界とは無縁の状態からの監督就任でした。そんな人物を監督に据えた日本ハムの「決断力」には本当に驚かされます。
実績のある著名人を監督に迎えるのは、ある意味リスクが少なく、無難な選択です。新庄氏も著名ではありますが、球界から長く離れていた人を起用するのは、また別の勇気が必要です。ある意味、「リスク増大」とも言える起用だったでしょう。それでも新庄氏を監督に迎えた日本ハムの「人を見る目」は、もっと評価されていいはずです。なぜそれを称賛する記事があまり出てこないのか、不思議でなりません。
ところで、先ほどニュースでトランプ前大統領が「イランに攻撃を加えた」と報じられていました。トランプ大統領は大谷選手の「振る舞い」を知っているのでしょうか。
報復は、報復しか生みません。トランプ大統領を選んだ米国民の人事力はどうなんでしょう。
じゃ、また。