<流れ>

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 大分昔のことですが、「嘘をついていたことを告白して謝罪するという行為は一見相手のことを思い遣っているようだが、本当は自分が楽になりたいから」という文章に出会い、やけに感動した覚えがあります。
 「なるほど!」。言われてみれば確かにそんな場面もありそうです。例えば、不倫をしたことがある奥さんが10年後に「ごめんなさい。実は10年前に…」と旦那さんに謝罪したケースを考えてみましょう。
 告白した奥さんの側にしてみますと「意を決して、勇気を出して真実を旦那さんに伝えた」ことで心がすっきりするかもしれません。それまでの心の重荷を降ろしたのですから心が楽になるのは間違いありません。
 しかし、旦那さんの側にしてみますと、心の中に怒りや憎しみや不信感という邪悪な気持ちが芽生え、もしかすると邪悪な気持ちに支配されそれ以降は普通の気持ちではいられなくなる可能性もあります。
 こうしたことを考えるなら、真実を話すことが必ずしも正しい対応でないこともあります。場合によっては嘘を墓場まで持って行ったほうが世の中のためにはよいこともあるかもしれません。特に政治という特殊な世界ではそのような場面があるのではないでしょうか。
 政治の世界を特殊と表現したのは大衆を相手にする世界だからです。大衆はいろいろな意見を持っている人の集まりですのでひとり残さず全員が納得したり満足する政策をとることは不可能です。しかし、それでも前に進めることが政治家の役割です。ときには真実を伝えないことも選択肢のひとつにすることも必要かもしれません。
 ある選択が正しいかどうかはあとになってからでないとわかりません。民主主義では多数決の原理で物事が決まりますが、多数決が必ず正しい結果を出すとは限らないのはこれまでの歴史が証明しています。
 しかし、真実を伝えない選択をするときはその理由が社会に有用であることが求められます。間違っても自分の利益のために真実を伝えないということがあってはなりません。
 先月は台風が連続で3つも襲来するというあまり経験がないことがありました。テレビでは東北や北海道の台風被害の様子を伝えていますが、車が逆さになっていたり通常では考えられない被害が起きていました。原因は川の氾濫ですが、自然の脅威を感じずにはいられない映像でした。
 被害の中で考えさせられたことは老人ホームなど弱者の方々の被災が多かったことです。逃げ遅れたケースを伝えるニュースでは市長さんが避難勧告を出すのが遅かったことが指摘されていました。市長さん自身もその責任を認めていますが、経緯を聞いていますと市長さんを責めることもできないような気がします。
 常識では想像できない速さで水嵩が増えたようですからそれを予想するのは不可能のように思えるからです。川はひとつの方向に流れが決まると一気にその方向に偏狭するようで人間の想像を越えています。それほど「流れ」は方向を決める大きな要因です。
 ある女優さんの息子さんが事件を起こし謝罪会見が行われました。これまでも謝罪会見というのは幾度も見てきましたが、会見内容について認める人もいれば批判する人もいます。全員が謝罪を受け入れるということはあり得ません。必ず批判、非難、反発する意見が発生します。
 このように必ず批判する人はいるものですが、全体的な流れというものはあります。この全体的な流れがどちらに行くかでその後の展開が全く変わってきます。それほど流れというのは重要です。
 この女優さんの例でいいますと、逃げ隠れをせずきちんと会見を行った時点で全体的な流れはできたように思います。一番よかったのは司会者らしき人が40分を過ぎたあたりで会見を打ち切ろうとしたときに、女優さん本人が「いえまだ続けます」と話したことです。これで一気に記者たちの心を掴み会見の流れが決まったように思います。もちろんこの女優さんは計算で行った行為ではないと思いますが、こうした振る舞いは流れを作る大きな要因となります。
 このような真摯な対応で臨む会見を見ていますと、正反対に残念でならないのが中堅どころの実績のある女性タレントです。彼女も真摯に会見に臨んでいたなら今頃復帰を果たしていたはずです。あのときの不誠実な対応が批判・非難の流れを加速したように思います。
 企業の場合ですと危機管理などという表現を使いますが、謝罪会見をどれだけきれいに捌くかが勝負どころです。リスクマネジメントの専門家などを招き事細かに手順を決める経営者までいますが、三菱自動車はその点でいいますと失敗した例と言えます。会見の重要性を感じていなかったようです。あの会見で三菱自動車に対する全体の流れが決まったと言っても過言ではないでしょう。
 先週は小池知事が築地市場の移転問題で会見を開きました。小池知事は流れの重要性を認識している政治家です。立候補のやり方から戦い方まで「流れの重要性」を熟知しているように感じました。小池知事が完勝した理由はここにあります。
 その小池知事が築地市場の移転延期を決めたのですから用意周到であるのは間違いありません。ある評論家が「どうして今頃になって土壌汚染のこととか、費用のことを言うのか不思議」と話していましたが、「今頃」ではなくずっと言い続けていたのです。それを無視して計画を強引に進めていたからギリギリのタイミングで「立ち止まる」ことになったのです。マスコミでは8割の人が反対していると報じていますが、少なくとも半分以上の人が反対しているのは間違いない中で計画が進められてきたことが問題なのです。
 小池知事が誕生するまでは計画を止める流れが全くできなかったのです。今回の延期決定でようやっと流れを止める段階まで来たのですからこれからが正念場です。いくら現場の人たちが反対しようが、上層部がその意見を力で押しつぶそうという光景はあまりよい気分ではありません。
 実は、僕は築地の今の状況を改善するには「移転しか方法はない」と思っていますので移転賛成派なのです。現場で働いている半分以上の人が移転反対だとしても現実的ではないと思っています。先にも書きましたように、多数決が常に正しい選択をするとは限らないと思っています。しかし、移転を実行に移すやり方には賛成できかねない気持ちでいます。週刊誌ではありませんが、都議会のドンがすべてを仕切っている様はとても反発したくなります。
 それにしても都議会のドンがこのまま引き下がるとは思えません。小池知事はこれからが正念場です。いかにして「流れ」を作るか、見ものです、と言っては失礼でしょうが、見守っていきたいと思います。
 じゃ、また。




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