<回帰>

pressココロ上




 ラーメン店時代、20代半ばのガタイのいい男性がたまに食べに来てきました。いつもぶっきらぼうな雰囲気でテーブルに座ると、しばらくメニューを見てから「味噌ラーメン大盛」を注文していました。夏は決まって「冷やしの大盛」でした。ガタイがいいのですが、筋肉隆々というだけでなく、その筋肉のうえに「筋肉でない肉」がついている感じでした。
 二十年くらい前の話です。ある日の深夜、プロレスラーを取り上げているテレビ番組を見ていました。その番組の中で、プロレスラーが「レスラーの肉体」について解説していました。プロレスラーは筋肉隆々では駄目だそうで、筋肉のうえに贅肉をつける必要があるそうです。理由は、衝撃を和らげるためです。言われてみますと、合点がいきます。プロレスは肉体を激しくマットに打ちつける、または打ちつけられる格闘技ですので、そのときの衝撃をまともに受けていては身体がもたないでしょう。贅肉というクッションがあるからこそ、どんなに強くマットに打ちつけられても大きな怪我をしないで済みます。
 二十年くらい前のさらに前、「プロレスは受けの格闘技である」と雑誌で読んだことがあります。これも合点がいく説明で、だからこそ、レスラーは相手が技をかけるのを待っていますし、相手の技に協力する場面も見られます。プロレスというショーはそのようにして成り立つもののようです。
 さて、当店に来ていたガタイのいい男性はまさしくプロレスラーの体型でした。Tシャツの袖口から出ているはちきれんばかりの二の腕は筋肉のうえに脂肪が被っていました。体型ばかりでなく、風貌もプロレスラーでした。少し伸ばした不精髭、耳を隠すほどの長髪、頭にはいつもキャップをかぶっていました。僕は勝手にその男性をプロレスラーと想像していました。
 お店が休みのある日、僕が自転車に乗っていますと、なんとあの男性がジョギングをしているではありませんか。そのときの出で立ちは、上はいつものようにTシャツで下は膝丈のジャージでした。もちろんキャップもかぶっていました。そしてTシャツの背中には見たことがある格闘技団体のイニシャルが書いてありました。
 当時、格闘技界は団体がいくつも乱立し、解散と合併を繰り返していました。僕は、格闘技は好きでしたが、団体名をそらんじれるほどオタクではありませんでした。ですから、男性が属していた団体については詳しく知りません。ただ、リアル系の格闘技であることはわかりました。先ほど、プロレスはショーと書きましたが、当時、若手レスラーの間ではショーではなく「真剣勝負」の格闘技を目指す人たちがいました。そうした人たちがリアル系の格闘技団体を旗揚げしていたのです。
 それからはしばしば男性がジョギングする姿を目にするようになり、男性が住んでいるアパートもわかりました。しかしその後、そのアパートは建て替えになり取り壊されてしまい、そして男性もいつしかお店に姿を見せなくなりました。たぶん、どこかに引越ししたように思います。また、男性が所属していた団体も消滅してしまいました。男性は今ごろどうしているのでしょう。
 僕はショーとしてのプロレスよりリアル系の格闘技のほうを好みます。やはり、真剣勝負のほうが見ていて迫力があります。そんなリアル系の選手で特に僕が印象に残っているのは船木誠勝選手です。
 僕が初めて船木選手を知ったのは深夜番組でした。当時、夜の12時頃にテレビ朝日で「トゥナイト」という深夜番組を放映しており、その中で紹介していました。冒頭に書きましたテレビ番組はこの番組です。
 話は逸れますが、20年くらい前は夜の12時で「深夜」といっていたのですね。最近の時間感覚からしますと隔世の感があります。
 それはともかく、トゥナイトでは「新しいレスリング団体」を立ち上げた若手レスラーとして船木選手を取り上げていました。当時、船木選手は実力もありなおかつイケメンでしたので、ファッション誌の表紙も飾っていたように記憶しています。それほど、当時からカリスマ性があったようです。このときに番組内で一緒に紹介されていたのが、鈴木みのる選手です。この新しい団体はライバルでもあるこの若い二人で立ち上げた団体のようでした。
 船木選手で一番印象に残っているのは、やはりなんと言っても400勝無敗と言われていたヒクソン・グレーシー選手との一戦です。リングに上がるまで歩いている間、「真剣の刀」を携えていた、とアナウンサーが紹介してましたが、僕はその姿に船木選手のヒクソン戦にかける意気込みを感じました。しかし、試合には負け、その後引退を発表することになるのですが、試合に負けたあと、会場を去る際に深深と一例をした姿から僕には予想できる結末でした。
 この試合はとても見ごたえがありました。決して、プロレスのような派手さはありませんが、息詰まる試合内容はほんの瞬きさえ許されないほど緊張感に溢れたものでした。最後は、ヒクソン選手が船木選手の背後に回り腕で船木選手の首を締めて「落とした」のです。この「落ちる」寸前に船木選手が見せた無念な表情が忘れられません。
 本来なら、腕が首に入った時点でもう逃げられる態勢ではなく、「落ちる」前にギブアップの意思を示すのが普通です。しかし、船木選手は決してギブアップをする合図を表しませんでした。その男気が「落ちた」理由です。そのとき船木選手は顔を苦痛にゆがめながらも必死に手を前に差し伸べていました。その表情に、僕はレスラーとしてさらに言うなら男としての気概を、覚悟を感じました。結局、「落ちた」ところでレフェリーが止めたのですが、ヒクソン選手は腕を解いたあと船木選手の背中を足で蹴ったのです。僕はその行為に不快感を覚えました。なにも負けて気絶してる選手に鞭打つような行為をしなくてもいいではないか…。
 ところが、後日僕は真実を知ることとなります。
 大きな試合などが行われますと、その数日後に、試合内容を振りかえる番組があります。僕はその番組を見て感動しました。
 番組では、ヒクソン選手が勝敗が決まったあとに船木選手の「背中を蹴った」理由を説明していました。解説者の話では、「背中を蹴る行為」は船木選手を助けるための行為だったそうです。つまり、気絶した船木選手の意識を起こすためにした行為でした。あのような状態のとき、できるだけ早く意識を戻させないと危険な状態になるのだそうでした。
 後日、違う番組でヒクソン選手が試合を振り返って話していました。「船木の行為は危険だ」。
 いやぁ、格闘技は奥が深いですなぁ…。
 船木選手は引退したあと、しばしば格闘技大会の解説者としてテレビ出演もしていましたが、僕にはまだ現役に対する未練が残っているように映りました。その後、たまにバラエティ番組にその他大勢のひとりとして出演している姿も見ました。また、ある筋肉系のミュージカルに出演すべく練習している姿も見ました。船木選手のそうした姿を見ていて、僕は思いました。
 船木選手はどこに向かっていけばいいか、迷ってるなぁ…。
 そうこうしてるうちに、かつて船木選手と一緒に団体を立ち上げた鈴木みのる選手がプロレスに復帰している姿をテレビで見かけました。悪役としてしっかりとプロレスをしていました。僕は鈴木選手の戦いぶりを見ながら船木選手の心中に思いを馳せました。
 かつて、ともにリアル格闘技を目指した同志である鈴木選手がプロレスに復帰している姿をどのような気持ちで見ているのだろう…。
 そして一昨年、船木選手はリアル系格闘技で現役に復帰したのですが、マスコミなどで宣伝していましたのでご存知の方も多いでしょう。そのときの船木選手の戦いぶりを見て、正直な感想を言うなら、かつての輝きは失せていました。年月が船木選手から輝きを奪い取ったように思います。
 復帰戦での負け方はギブアップでした。ヒクソン戦ではしなかったギブアップを自らしたのです。勝負が決まったあと、大きくため息をつきマットに座り込んだままうつむいている姿を見て、僕は船木選手が自分自身を見つめているように思えました。僕は、あのときに初めて船木選手はリアル系格闘技に区切りをつけたように感じました。
 なぜ、今週、船木選手について書こうかと思ったかと言いますと、先日、船木選手がリアル系ではなくプロレスに復帰していることを知ったからです。いろいろ遠回りをしながら、最終的に元いた場所に戻った船木選手に「ひとつの人生」を見たからです。
 所詮、人はお釈迦様の手のひらを動き回っているだけかもしれません。そして、最後は元いた場所に舞い戻る…。
 …ということは、普天間米軍基地問題もいろいろ遠回りをしても最後は普天間に舞い戻るしかないのでしょうか。けれど、船木選手のように元に戻れるとは限らない沖縄の状況です。
 ところで…。
 僕は毎年花見の季節には、妻と仲良く(?)お弁当を持ってお花見に出かけます。今年は旬の時期に出かけることができず、4月半ばに出かけました。今年は例年に比べ気温が低かったのでその時期でも桜が残っていました。
 目的地に着き、ベンチに座りお弁当を開いていますと、どこからともなく鳩が1羽近づいてきました。僕たちがお弁当を食べているを見て「もらおう」と思っているようでした。僕たちのそばをしきりに行ったり来たりしています。
 僕には冷たい妻ですが、動植物には優しい妻ですので、鳩を不憫に思いおにぎりを少しばかり放りました。すると、鳩は首を前後に動かしながらご飯粒に近づき、くちばしでつついたあと食べました。それを見て、僕も鳩に優しい人間と思ってもらいたく、卵焼きを一切れあげました。それも鳩は食べました。すると今度は妻がマカロニを投げました。やはり鳩は近づきくちばしを近づけたのですが、そのときはなぜかくちばしにくわえることはせずそのまま離れて行きました。
 僕は妻に言いました。
「鳩ってマカロニ嫌いなのかな…」
 僕たちは、鳩が「マカロニを嫌いなのか」試すことにしました。
 僕たちはお弁当のおかずを全種類与えました。その与え方も2つおきにマカロニを混ぜることにしました。すると、やはり鳩はマカロニだけは絶対に食べませんでした。皆さん、理由はわかりませんが、鳩はマカロニが嫌いです。もし、鳩に餌を与える機会があるときはマカロニには避けましょう。
 それにしても、鳩は偉いです。食べるという行為をする前に「事前に確認をしている」からです。それに比べ、人間の鳩がつく人は、事前に確認もしないで思いつきだけで行動をして…。
 じゃ、また。




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