<腐ってもテレビ>

pressココロ上




僕はあまりテレビを見ないのですが、妻が見ている番組をたまたま見たときに人気ユーチューバーの「フワちゃん」が出演していました。近年のバラエティー番組で主流になっている「ひな壇」形式の番組でしたが、その中の一人として座っていました。

その「フワちゃん」の出演している光景に、なんとなく違和感を覚えました。どういった違和感かと言いますと、「ユーチューバーとして成功しているフワちゃんが、テレビ出演する意味があるのだろうか」という違和感です。ひな壇の一人にすぎませんので、MCから話を振られるまで黙って座っているだけです。MCに嫌われたなら、いつまでも会話に入っていくこともできません。つまり、ひな壇に座っているほかのタレントの中に埋もれてしまうことになります。

この状況は「フワちゃん」にとってメリットがあるのかな、と疑問に思った次第です。実際に見たことはありませんが、ユーチューバーの第一人者である「ヒカキンさん」もテレビに積極的に出演しているそうです。出演する番組にもよるでしょうが、テレビではユーチューバーとしての魅力を伝えられないような気がします。それでもテレビに出演するということは、そこになにかしらのメリットがあることになります。

今週のコラムはその「なにかしら」について考えたことがきっかけとなっています。数ヶ月前のことですが、ネットニュースに雨上がり決死隊の宮迫さんの記事が載っていました。「宮迫さんはテレビ復帰を目指しているが、それを元所属事務所の吉本興業の社長は快く思っていない」という内容でした。

宮迫さんは闇営業の騒動以来、一時期はタレント生命の危機が伝えられていました。ですが、現在はユーチューバーとして成功を収めています。ある記事では全盛期に劣らない収入を得ているとまで書いてありました。それが大げさだとしても、それなりの収入を得ているのは確かなようです。それにもかかわらず、テレビ復帰を目指しているのが不思議でした。

テレビ業界に限りませんが、それまで活動していた業界に活躍の場がなくなったことでユーチューブをはじめる人はたくさんいます。特にアーティストの方に多いようですが、専門的スキルを世の中にアピールするのに最適なメディアです。しかし、ユーチューバーとして成功できるのはほんの一握りです。

最近で最も成功しているユーチューバーと言いますと、ハラミちゃんでしょうか。ストリートピアニストという言葉まで生まれたのですから、成功の度合いがわかろうというものです。そのハラミちゃんをユーチューバーの道に導いたのは元会社の先輩で現在マネージャーをやっている男性だそうですが、音大を出たあと、ピアノ弾きとは離れていたそうですから、その先輩の先見の明が素晴らしかったことになります。

ハラミちゃんのような専門的なスキルを持っている人は別にして、これといった専門的なスキルを持っていない人でもユーチューバーとして成功している人がいます。そうした方々は芸能界の括りでいいますと、タレントの部類に入ります。演技をするわけでもお笑いのスキルを持っているわけでもありませんが、視聴者から支持を受けることでタレントとして活躍することができています。

芸能界においてタレントの人たちが収入を得る方法としては、テレビ出演か営業くらいしかありません。お笑いの世界では、「一発屋」などという表現がありますが、これは短期間で消えたことを揶揄した言葉です。その裏には「収入がなくなって落ちぶれた」という意味合いもありそうですが、実際は営業の仕事をすることでそれなりの収入は得られているようです。

演歌の世界ではヒット曲が1つあれば、“食いっぱぐれ”はないそうです。そのヒット曲を持って地方を回ればそれなりに収入が得られるからです。演歌の世界でも一発があるなら、営業でそれなりの収入は確保できることになります。つまり、どの業界にいようとも「一発」さえ当たったなら営業で、ある程度は稼げるのが実態です。

そうした営業を可能にしているのは、一発であろうとも認知度が高くなっているからです。ユーチューバーの人たちはすでに認知度は高くなっています。そもそも認知度が高いからユーチューバーになれているわけですが、そうした人がわざわざテレビに出演する意味があるのでしょうか。

テレビ局側からしますと、ユーチューバーを起用するのはメリットがあります。それはまさに認知度が高いからです。もっと具体的に言ってしまいますと、フォロワーの人数が多いからです。ネットの世界にはインフルエンサーという職業と言いますか、立ち位置の人がいますが、ユーチューバーはインフルエンサーでもあります。ですのでテレビ局側からしますと、フォロワーの人数分だけ視聴率を上げることができます。

このようにテレビ局側にはユーチューバーを起用するメリットがありますが、ユーチューバーには今ひとつメリットが見当たりません。そこでいろいろと考えてみましたところ、もしかしたなら、テレビ局の出演料が一般の人が思っているよりも「高い」可能性に思い当たりました。

テレビ番組は放送されている時間の何倍も制作時間がかかっている、と言われますが、それは拘束時間が長いことを意味します。その長い拘束時間でも割に合う出演料が支払われていると考えることもできます。そうとでも考えない限り、ユーチューバーがテレビに出演する理由が見当たりません。

「かまいたち」という漫才の方がいますが、この芸人さんはユーチューブで成功しているうえにテレビでも活躍しています。こうした例は枚挙にいとまがありませんが、そうした方々を見ていますと、「格」というものが影響しているように思います。「格が違う」という表現がありますが、その「格」です。比較をするときに用いる言葉ですが、ユーチューブよりもテレビのほうが「格」が高いという共通認識が世の中全体にあるように感じます。

こうしたことから、ユーチューバーの人たちがテレビに出るのも「箔をつけるため」といえそうです。「テレビに出演する」のとユーチューブをはじめるのでは一般の人の評価が全く違います。同じメディアでも「格が違う」のですから当然です。

毎年の年末行事の一つに紅白歌合戦がありますが、かつては80%を超えていた視聴率も近年では半分の40%前後に落ち着いています。それでも毎年紅白歌合戦の出場者は話題に上ります。民放の番組までもが出場者について報じるのですから、その影響力の高さがわかります。年末の紅白歌合戦はほかの番組とは「格が違う」のです。

それと同じで、ITが社会に浸透しインターネットが進歩しようが、またどれほどテレビの衰退が叫ばれようとも、家の中におけるメディアの中心はテレビのようです。フワちゃんのテレビ出演を見ていてそんな感想を持ちました。

腐ってもテレビ!

じゃ、また。




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